第16話 謎の光
レティシアがしゃくりを上げ、こんな事をしていてもしようがないと思い始めたころ、複数人の足音に気づき涙を拭う。
どうやら町の外れまで来てしまっていたようで、人通りの少ない裏道はやけに音が響いた。
「ほら、やっぱりこの娘じゃないか?」
なに、と思う間もなく、レティシアは手首を摑まれ無理に振り向かされる。
「そうだ、間違いねえ。長い銀髪の十六、七の娘」
「やった! めちゃくちゃ可愛いじゃねーか!」
言って、レティシアを囲んだのは見知らぬ三人の男。
お世辞にも良いとは言えない身なりで、一人は何本か歯を失くしていた。恐らく裏路地や、通りから外れた場所に屯する類の連中。しかし相手はレティシアの事を探していたようで、言いようのない恐怖に身体が震えだした。
「ど、どちら様ですか。私になにかご用」
「ぎゃはは、すっげー震えちゃってるじゃん。可哀相ーになぁ」
「お前の顔が怖いからだろー」
「あはは、あれー? 泣いてたの? お目々真っ赤だよー」
「触らないでください!」
本気の力ではない男の手を払い後ずさる。足は震えているが走れないほどではなく、まごつきながらも反転し建物の隙間を縫った。
男たちはそれでも楽しそうな笑い声を上げており、とにかく逃げなければと焦るレティシアは、突き当たった袋小路に男たちの余裕を理解した。
「なんであんなトコに居たのか知らねーけど、助かったなぁ」
「なあー」
「女犯して金もらえるとか、俺等まじツイてね! 最高っしょ!」
少し酒も入っているのか、男たちは饒舌に語りながらかなり上機嫌だ。
レティシアを囲むのは窓は見えるが灯りの一つも点いていない高い壁に、一方通行の道。その道は男たちに塞がれ、ろくに月明かりも差し込まない闇は、以前コーニャを追いかけていた男と遭遇した時とは比べ物にならない恐怖をレティシアに纏わせた。
「嫌、こちらに来ないで……誰か、助けて!」
瞬間、ごうっと強い風が吹き、男たちが側面の壁へと叩き付けられた。
吹き抜ける強風に髪を浮かび上がらせ、レティシアは突然の出来事に目を瞬かせた。
「……な、に? お星様が降ってきた?」
「って……」
「!」
なぜ、急に突風が吹き、さらに道の奥へと突き抜けたはずの風が、男たちを真横へと薙ぎ払ったのかは分からない。が、今のうちだとレティシアは駆け出した。
男たちも気をヤるほどの衝撃ではなかったらしく、背中や頭を押さえながらヨロヨロと起き上がる。
男たちの間を抜けるレティシアの髪を男の手が掠めるも、震える足を叱咤しながら、レティシアは後ろを振り返らずにとにかく走った。
淡い光がレティシアの周りを旋回し、踊るように消え去った。まるで空からこぼれ落ちた星のような小さな光。
それが何なのかを考える余裕はなく、ただその光のおかげで自分は助かったのだという事だけは分かった。
「待て!」
「追うぞ! 大通りまで出られたら厄介だ!」
遅れて届いた怒声に、ただただ足を動かした。
ここがどこかなんて分からない。来たくて訪れた場所ではない。だが、僅かに漏れ出る建物の灯りが、あちらの方角だと示してくれてそれに縋った。
何度も足がもつれそうになり、その度に心臓がすくみ上がった。地面がむき出しの土くれから、舗装されたタイルに代わり、一つ角を曲がった向こうに明るい光が見えた。
「だ――」
声を上げようとし髪を掴まれた。
光と人の波はもう建物一つ分ほどの距離なのに、届かなければ果てしなく遠い。力任せに髪を引かれ、曲がった角へ引き戻される。
レティシアの顔が恐怖に引きつり、男の顔が悦楽に歪んだ。
「捕まえ――へ?」
ガッ!! と激しい音がし、男が吹き飛んだ。正確には、レティシアの背後から現れた人物に殴り飛ばされたのだ。
「な、なんだお前!」
「ひぃっ、ぎゃあ!!」
息を押し殺すほどの殺気が、レティシアを後ろへ隠し男たちへと振り下ろされる。
「レティー!!」
明かりが見える方向から届いたコーニャの声と、すぐ目の前で肉のついた骨を殴る音が重なり、レティシアは我に返る。
「ガレンさん、駄目! 死んでしまいます!! もう止めて!!」
ガレンの服は黒く、まるで暗闇に混ざり落ちてしまいそうで、レティシアは目の前の大きな背中にしがみついた。
僅かに香る血の匂いと、ガレンの乱れた呼吸で上下する背に、追いついたコーニャがそっとレティシアを抱きしめてくれた。
レティシアはガレンの背を離れ、コーニャへと身を寄せる。コーニャが好んでつける香水の匂いと、届く街の灯りにレティシアはようやく身体の力を抜いた。
「大丈夫か! なにかされて」
「団長。後にして」
「っ――……」
「レティー。先に宿に戻ろ? 下のお風呂借りてさ、アタシが髪洗ってあげるー」
「……コーニャさ」
「うん。もう大丈夫だからね」
「っ……はい」
優しく頭を撫でられ、レティシアはコーニャの肩に頭を埋める。
その後ろでガレンは上がった呼吸を整え、拳に付着した血を乱暴に払い落とした。
「はい、温めたミルク。ハチミツ入り~」
「ありがとうございます」
少し熱いくらいのちょうどよい温度で、レティシアは自分のベッドの端に座りコーニャがその隣に腰掛ける。
一緒にお風呂に入って、コーニャが魔法石から温かい風を流し髪を乾かしてくれた。そうしていると部屋をノックする音が響き、コーニャがすっと自分の上着を差し出してきた。
「入るぞ」
「まだいいって言って無いでしょー。せっかちな男は嫌われるよ、団長ー」
「は? 俺は……あ、」
「レティー。それ着ていいから。早く羽織っちゃいな」
「あ、はい」
「……すまん」
すまんと横を向きながらも、ガレンはちらりとレティシアを盗み見て、扉を開けようと立ち上がっていたコーニャに足を蹴られる。通常の服二セットと、夜着を一着しか持っていないレティシアの夜着は、首元が大きく開いていて細い首がよく見えた。
流石に夜着は恥ずかしかったのか、レティシアは僅かに頬を赤くしながら、急いで上着に袖を通した。
待てないと言うようにガレンが足を踏み出し、コーニャが呆れたように眉を寄せる。コーニャの咎める視線を無視して、ガレンはベッド端に座るレティシアの前にしゃがみ込むと下から顔を覗き込んだ。
ガレンが腫れた目元に指を伸ばし、レティシアは逃げるように身を引いた。おそらく泣きはらした目元の理由を誤解させてしまい、ガレンが痛ましそうに眉を寄せ手を下ろした。
ガレンはなぜかコーニャへ問うような視線を寄越し、コーニャはふんぞり返って軽く頷いて見せ、安心したように息を吐いた。
「何も無かったようだな。良かった……」
「……」
「いや、良くはないな。すまない、本当に、今余裕がなくて」
「ガレンさん?」
「無事で、本当に良かった」
ガレンは自身の胸元を強く握りしめ、深く項垂れた。
どうやらとても心配をかけてしまったのだと、レティシアは困ったような笑みを浮かべ目を伏せた。
「ご心配をおかけして、すみませんでした」
「君が謝ることじゃない! ……そんな顔をするな」
顔を上げたガレンにそんな顔と言われて、いったいどんな顔をしているのだろうとレティシアは思う。きっと酷いものなんだろう。
「レティー、顔色悪いよ。団長、休ませてあげて」
「……ああ、そうなんだが……まだ話が」
「団長ー」
「わかった」
コーニャに睨まれせっつかれ、ガレンは渋々と言った様子で立ち上がる。
とてもとても不本意だと眉をひそめて、口を尖らせていると再度コーニャに足を蹴られ、そこでようやく扉へと向かう。
「ゆっくり休むんだぞ」
「ありがとうございます」
「コーニャも。今日はこのまま休め」
「言われなくても、そのつもりでーす」
「おやすみ、レティシア」
「おやすみなさい」
まだ就寝には早い時間だが、コーニャは残ってくれるようだ。
押されるように扉を潜ろうとしたガレンだったが、あるものに気が付き、くわっと目玉を見開いた。
「レティシア!? その、財ふ」
「はいはーい。気の利かない団長ー。さっさと出てってくださーい」
「だって、あれ、男物」
「いいから! 明日にして!!」
「コ」
バタン!!!!!!
コーニャは無理やりガレンを押し出すと、光の速さで扉を閉め、何らかの魔法石を発動させた。魔法石は扉の前で光を放ちながらくるくると回転し、室内はシンと静かになった。
「レティー。明日は一日休んでいいから、ゆっくり寝てな」
「え? でも、明日はショーの前日で……ぁ」
言いながら、そうだもう此処に居てはいけなかったのだと思い出す。
「いいのー。準備もあらかた終わってるし、前日なんて予備日みたいなもんだしー? レティーが心配することなんて、なぁーんもないからねぇー」
「……はい」
「だから、今日は何も考えずにゆっくり眠りな」
優しい言葉に涙がこみ上げそうになり、逃げるようにベッドへと潜る。
いつも夜遅いコーニャなんて絶対眠くないはずなのに、部屋の灯りはすぐに消された。レティシアはコーニャに背を向ける形でシーツを握り込み、小さな声でおやすみなさいと言った。




