第14話 レティシア考える
「最近ガレンさんの姿を見ない気がするのですが、いったいどちらに?」
「ん、えーと。団長は色々ちょっと忙しくなったというか、一人で先走って馬鹿なんじゃねーのつーか……」
「?」
もう少しだけ待ってて! とトマに謎の言葉を授かったのは昼のこと。
この数日、そう、ちょうどレティシアがコーニャとトマの口論に巻き込まれた日から、なぜかガレンの姿を見なくなった。
今までも空き地に姿がないことは多かったが、丸一日見かけないなんてことは無かった。少なくとも夕食時には顔を出していたし、それすらしない日が続くなど、なにかあったのかとレティシアが心配するのも当然である。
「なぁにぃー。レティー団長のこと気になっちゃう~?」
「コーニャさん。……そうですね、ちょっと心配です」
「心配だけ?」
「だけとは?」
「姐さん、変に突くのよくないっすよ」
「?」
「だからー、レティーは団長のこと、恋愛的な意味で好きなのってことぉー」
「姐さん!!」
「れっ……!」
「もう、おれ知りませんからね! 用事あるんで抜けますけど、ちゃんとフォローしといてくださいよ!!」
「はいはーい」
「れんあ……、好……」
「あはー。レティーがおかしくなったぁー」
驚いた顔をしたまま動かなくなったレティシアに、コーニャが楽しそうに笑う。
「で、どうなのー?」
「どう、と言われましても……」
「あれー? もしかして違ったー?」
どうなんだろう、とレティシア自身そう思った。
「私、ガレンさんのことは素敵な方で、お世話にもなっているし好きだと思います。けど、恋愛的な意味かと聞かれると……よく分かりません」
「分からない?」
「……私も自由に、誰かを好きになって良いんでしょうか?」
レティシアは、政略結婚の為にフルーヘルト男爵家に引き取られた。
母親は元は男爵家のメイドで、父親のことを母親はハッキリとは言わなかったが、レティシアを身ごもってすぐメイドをクビになり放り出されたそうだ。
それでも母親は愛情深くレティシアを育ててくれたが心労がたたり、レティシアが男爵家に引き取られてしばらくして息を引き取った。
幼いながらも自分が貴族の娘になれば、母親の薬代になる。生活が楽になると言う男爵の言葉を信じていたが、その口約束が守られたのかは知らない。
レティシアが否と言わなければ母は無事なのだと、実母の死を聞かされないまま十二になるまで信じていた。
「いいに決まってるじゃなーい」
ぐりぐりと頭に頬ずりされ、優しい声が降ってきた。
そうか、いいのか。レティシアはほんわりと口元を緩ませると、もう少し考えてみます。と明るい声で返した。
それからすぐコーニャは別の団員に呼ばれ、そこで別れた。レティシアは午後は半休をもらっていたのに、宿に戻って料理の手伝いでもしようかとトマを探した。
しかしトマの姿はなく、そう言えば用事があると言っていた事を思い出す。
「あ、レティシア。手が空いてるなら手紙を出して来てくれないかしら?」
「良いですよ」
「お願いね」
数少ないショーに参加する女団員にお使いを頼まれ、ついでにこの数日で調べたいくつかの次の町候補の地図でも探してみようかと空き地を出る。
まだ働いた分の賃金を貰っていないため、レティシアは初日に残った二十レニンしか持ち合わせがない。しかし、なんだかんだとガレンを筆頭に団員達が自分のついでだと、お菓子やら屋台の食べ物やらを買ってくれるので、必要だと感じたことが無かったのだ。
「地図もそうだけど、最低限必要なものも揃えておかないと。……頂けるお給料は、共同馬車に乗れるだけの金額になるのかしら?」
手紙を出し終え、通りかかった服屋の前で足を止める。そう言えば服ももう一着欲しいと思いながら、その日の手洗いでなんとかなっていたため忘れていた。そもそも、準備するものとは何が必要なんだと首を傾げ、入り口からちらりと覗き込む。
手前には可愛らしい夏物のワンピースが飾られており、少し布地が薄いのではと凝視してしまった。清楚なホワイトベースの洋服は、先日ガレンがプレゼントしてくれた靴に似合うだろうかと考える。
「可愛いって言ってくださるかしら……」
そうしたら嬉しい。しかしお値段が可愛くない。
レティシアは残念そうに肩を落とし、とりあえず宿に戻ろうと踵を返したが、思いがけなかった人物に身体が強張った。
「あ、」
そこに居たのは数日前コーニャをストーカーしていた男で、男は隣の建物で働いていたのか制服姿にバケツのような物を持っていた。ちょうど建物の間から出てきたという感じで、男も顔を青ざめさせ言葉にならない弁明を早口に垂れ流し始めた。
「すいま、あの、違う! 違います。ぼく、ここで働いてて、仕事で、あれからコーニャさんのことは諦めたし、その、偶然で!!」
「……」
「え……と、……あの時は、本当にすいませんでした」
男はペコリと頭を下げると、建物の奥へと引っ込んでいく。レティシアはなぜか男の後を追い、建物の影には入らず男に声をかける。
「あの、少しお話出来ないでしょうか!」
「………………、え?」
レティシアは自身が発した言葉に驚き、男は間の抜けた声をこぼした。
「すみません、お仕事中に」
「大丈夫、です。ちょうど休憩に出たついでだったので」
場所は変わらず建物の正面と、少し離れた建物の影。レティシアは通りを向くように建物に背を預け、男は角を曲がった少し奥に居る。
「これ以上は近づかないから、あの時は、本当にごめんなさい」
「はい。謝罪はもう結構ですので」
「……うん」
会話が途切れ、奇妙な沈黙が流れる。レティシア自身、なぜ引き止めたのだろうと先程から変な汗が止まらなくなり、男からも催促するような視線が送られる。
「えーと、あの、コーニャさんのことなのですが、……コーニャさんは貴方のことを存じてないようでしたが、貴方はどうしてコーニャさんを?」
「…………すいません」
「責めている訳では、あの、不思議だったのでっ」
「?」
「知り合いでもない間柄で、どうして好きだと分かったのですか?」
「………………それは、気持ち悪いとかそういう?」
「え?」
「分かってるんです。ぼく自身、自分がそういう奴だって」
じゃりと、男が壁に靴裏をすりつける音がした。
「コーニャさんは、お店に来てくれたお客さんで、その時、ニコって笑ってくれて。それが、すっごく綺麗で、素敵で、もう一回見たいなって。もしかしたら、ぼくにだけ特別に笑ってくれたのかなって……もちろん、最初はちょっとした妄想で、そうだったら嬉しいなってぐらいで、でも、ずっと考えちゃって」
どんどん小さくなっていく男の声に、レティシアは思わず振り返る。
「いつの間にか、あの人の特別になりたくなってしまった」
「特別……」
「! あ、いや、その……本当に何しに来たの。もしかして、コーニャさんまだ怒って」
「コーニャさんは関係ないんです」
「…………そう」
「……すみません」
男の声が寂しそうで、思わず謝罪が口から出ていた。
まだ、コーニャの事が好きなんだろうか。そう思うも、言葉にはせず黙り込む。
店の裏口から男を呼ぶ声が聞こえ、男はもう行かなきゃとレティシアに言い、レティシアも呼び止めて悪かったと礼と共に頭を下げた。
バタンと影の向こうの扉が閉まり、ふうと一つ息を吐く。
「特別に、なりたい……か」
特別とはなんだろう。
先程の男は、コーニャの特別にはなれなかった。寂しそうに、未だ熱を帯びる声音でコーニャの事を話してくれた。
「私は……」
ガレンの特別になりたいのだろうか、と言葉が脳裏をよぎった時。
「レティシア」
「え? ――っ!」
呼ばれ振り向きざまに、強い力で腕を取られる。
「なぜここに居る、レティシア」
「……ノ、ルマン」
立っていたのは、フード付きのコートで顔を隠すようにした元婚約者。キツイ眼差しで自身を睨みつけるその男に、レティシアは頭の中が真っ白になった。




