第13話 まさかの不意打ち
「コーニャから聞いた。痛めたところは大丈夫なのか?」
コーニャのストーカー? 事件から戻ってすぐ。レティシアがテント前で夕食の配膳を手伝っていると、ガレンが話しかけてきた。辺りはすでに薄暗いというのに、目ざとい視線はすぐに掴まれた手首のあとを発見する。
「少し掴まれただけで、コーニャさんがすぐ助けて下さいました」
「そうか」
魔法石を使うほどでもない程度なのに、他の団員達からも何度か心配の声をかけられ、長袖に着替えたほうが良かっただろうかとむず痒くなる。
「中で食べるだろ。あっちで」
「駄目でーす。レティーはー、アタシ達と一緒に向こうで食べるんですー」
「そうですよ。今日くらいは我慢してください、団長」
「コーニャさん!? ヴィラさん!?」
「行こ。レティシアの分も先に用意しておいたわよ」
「そうそう。女の子だけでー、楽しーくおしゃべりしよー」
背後からコーニャとヴィラが顔を出し、レティシアの背を押す。もしかしなくとも、昼間にあんな事があったせいだろう。二人に囲まれたレティシアが、あんまり嬉しそうにするもんだから、ガレンは苦笑を浮かべるだけでなにも言わなかった。
「じゃあ、おれもこっちに混ーざろうっと♪」
「は? トマ!?」
「いやー。やっぱり美しい女性達と一緒だと、メシも美味くなりますよね! って事で邪魔しないでくださいね」
「なにー。トマもこっち来たいのー」
「今だけアタイ、トマエンナになりますわよ」
「きっしょ」
「若い割にはしっかりした後輩だと思ってたのに、がっかり」
「レティーちゃん、お姉様がたがいじめるー」
「演るなら最後までやってよねー」
するりと女の輪に入り込むトマに、周囲からもブーイングが飛んだ。しかし、ガレンの時の様にコーニャやヴィラが止めなかったので、レティシアも気にしないことにした。
テント内に入ると、すでに何人かの団員達が適当な場所に座っている。箱やら何やらを椅子に使っている者もいれば、直に尻を付けている者と様々だ。最初は地面で食事をすることに驚いたレティシアだったが、次第に慣れ今では気にならなくなった。
入り口から少し進んだところに、いつもは奥に置いてある丸太が引っ張り出されており、そこに二人の女団員が腰掛け手を振っている。二人はトマの姿に気づいたが、特に反応することなくスルーした。
「おれ、レティーちゃんの隣ぃ」
「ちょっとー? 勝手なことしないでよー。レティーの隣はアタシー」
レティシアが三人が並べるくらいの丸太の端に座ろうとすると、トマが丸太を跨ぎコーニャが否を唱えた。ならレティーちゃん真ん中ね、と言われたのでレティシアは素直にそれに従った。
向かい合うように置いてあるもう一本の丸太にヴィラも腰掛け、レティシアは心の中でお祈りを済ませると、周りを見渡して嬉しそうに言った。
「ふふ。皆さんと一緒にお夕食。楽しいです」
特に今日はガレンも同じテント内にいて、レティシアからは少し離れているが同じ空間に居られるだけで心が弾む。
レティシアはモニモニとパンをちぎって口いっぱいに頬張り、とてもご満悦そうだ。
「ふ、くく。元気そうで、良かったわ」
「ね」
向かいに座っているヴィラ達が、ほっとしたように表情を綻ばせた。
トマも無理やり付いてきた風を装っているが、レティシアと肩が触れない程度には距離を保ってくれている。
しばらく何気ない会話を交わしていたが、会話がショーの話になった時、トマがレティシアへと振り返った。
「そう言えば、レティーちゃん次の仕事決まったの?」
「いえ、別の町に行こうと思っているので、まだ……です」
先延ばしにしていた問題に、レティシアが苦い顔をする。
「別の町?」
「なにか特別な仕事でも見つけたの?」
「そういう訳ではないのですが、ここに定住するつもりはないので」
「どうして? この辺りだったら一番まともよ? あ、それとももっと都会までいくつもりなの?」
「いえ! ……ただ、ちょっと居づらい理由がありまして」
「あれ~。もしかして、昔の男! とかじゃないの?」
「そっ!!」
「え! まさか当たってた!?」
レティシアの肩がビクリと跳ねたので、言ったヴィラもまさかと目を丸める。後ろのほうで別の団員たちが「団長がスプーンを折った!」「スプーンが折れるわけないだろ!」と叫んでいたが、レティシアの耳には届かなかった。
「うそ、マジ? レティシア恋人いたの!」
「ヴィラさん、声が大きっ……」
「どんな人? この町に住んでるんだよね!?」
「そ、その……うぅ……」
ヴィラの猛攻にレティシアは縮こまり、身を固くする。ヴィラも流石に様子がおかしい事に気がついたのか、はたと声を潜めレティシアの様子を窺った。
「レティシア?」
「すみません。その方には、沢山迷惑をかけて傷つけてしまったので……」
恋人と呼べるほど親しい間柄ではなかった。実際に会った回数だって両手で足りるほどであったし、デートと言うより家のための行事に近かった。
それでも二つ年上のノルマンは優しく、レティシアにも紳士的に接してくれた。ノルマンがレティシアのことをどう思っていたかは知らないが、少なくともレティシアは彼に悪い感情は持っていなかった。
「ただ……、私には勿体ないくらいの素晴らしい方でした」
眉を下げ笑うレティシアに、ヴィラが申し訳なさそうに謝った。
レティシアは気にしないで欲しいと首を横に振り、場の雰囲気を変えるように明るい調子を作った。
「それより皆さんは? 好い人がいらっしゃったりするのですか?」
レティシアの問いに、近くに居たカリエの耳が大きくなる。
「私は……特にはいないかな」
「えー。ヴィラったらまたー」
「なによ」
「ちなみに私は婚約者がいるわ」
「私は遠恋中」
向かい側のかしましい三人組に、そうだったのかとレティシアは頷く。次にコーニャが「アタシはー」とのんびり口を開き、出てきた言葉にレティシアの息が止まった。
「団長ー」
「のぉ、おねーさん」
おねーさん?
「おにーさんではなく?」
「そー。団長のおねーさん」
おねーさん!!!!
「おれの兄さんと、コーニャ姐さんは団長のお姉さんと幼馴染で、姐さんはずっと片想いしてるんすよね?」
「トマうざー。強調して片想いとか言わなくてもいいしー」
「いてて、物を投げないで下さい。レティーちゃんにも当たりますよ」
「そんなヘマしないしー」
「トマはいつも一言多いのよね」
追加の説明をしてくれたトマに非難が集まる中、レティシアはそうだったんですねと目を丸めたままだった。
「びっくりしたー?」
「はい。びっくりしました」
「なら、部屋変えるー?」
「部屋?」
「アタシと一緒の部屋ぁ。嫌じゃない?」
最初は意味が分からずキョトンとしたレティシアだが、いつもの表情でそう言ったコーニャに、いつもの調子でいいえと答えた。
「コーニャさんは意地悪したりしないので一緒がいいです」
「あは。レティーだーい好き」
「私もコーニャさん好きです」
横から抱きしめられ、頬ずりされる。いい加減慣れたその行為に、レティシアは一度も不快なものを感じたことはなかった。
「レティーちゃんて、意外と肝が据わってるよね」
「そーいうトマは見習えばー」
「何をですか?」
「男のくせに女々しいとことかぁー。うざって感じだしー」
「は?」
和やかな空気が戻ったと思ったのに、今度はコーニャがトマに突っかかり、途端空気が張り詰める。
「だってあんた、会うと分かりやすく嫌な顔するじゃんー」
「……してません」
「してるしー。無自覚とかさらにタチわるーい。団長本人は気にしてないのにー。うっとーしーのよねー」
「………………」
間に挟まれているレティシアは、なんの話だろうと縮こまる。が、向かい側のヴィラ達がまた始まったと言うように肩を竦めたので、よくあることなのかも知れない。
ただ、話の内容があまりにも見当がつかず、なのにガレン関係であるということだけは分かり、気になるのに触れ難いったらなかった。
コーニャは意地悪く鼻を鳴らすと、レティシアを引き寄せトマに聞かせるように言った。
「トマはねー、団長じゃなくて、お姉さんがお父さんの後を継いだからスネてんの」
いきなりコーニャがガレンの家の事情を話しだし、レティシアがいいのかと慌てふためく。
「違う。おれはただ、普通に考えた時に」
「普通ってなにー? 女が男を押しのけて権力握っちゃ駄目ってことー? 能力だけで言えば、あの人のほうが上じゃない。トマの言う普通で考えればー、優れてるほうを選ぶでしょー。なのに何が駄目なのー? 性別?」
「違います! そうじゃなくてっ……、あんたの方こそ、もっと団長の立場になって考えろよ!」
「それこそ余計なお世話じゃないのー?」
「もっと気を遣えって言ってんですよ!」
なるほど、と思いながら周囲を見渡せば、目があったヴィラが二人は放ってこっちに来いと手招きしてくれた。しかし肩にはコーニャの腕が回っているし、そもそもガレンの家庭の事情でなぜそこまでトマがうるさく言うのか、レティシアには理解出来ない。出来ないが――。
「とりあえず、トマさんがガレンさんのことが大好きだという事は伝わりました」
ピタリと頭上の口論が止まり、トマがなんとも言えない複雑な表情を浮かべていた。
「……いや、好きとか嫌いとかの話じゃなくてね」
「ただの感想なので気にしないでください」
「うん……?」
「だって、お二人共私が間にいることを忘れて言い合いをなさるんですもの。少しくらい感想を述べたって構わないのでは?」
「う、ん?」
「あはは、レティーはやっぱ面白ーい」
「詳しい事情は知りませんし、なによりトマさんがなぜそこまで怒っているのか私には分かりません。でも、ガレンさんは困っている人は放っておけない人ですので」
「え? 団長が? そうかな?」
「そうです! あと、自分のやりたいことは我慢しない方だとも思います。じゃないと私はここで雇って頂けていませんし、何度か恥ずかしい思いもしてなかったと思います!」
う……、と僅かにガレンが呻いたのを、近くにいた団員だけが聞き取った。
そんなガレンには気づかず、レティシアはコーニャに抱き寄せられたまま、トマに向かってにへらと笑った。
「だからきっと、誰も困っていないし我慢しているわけでもなく――。トマさんがそんなふうに眉をひそめるような事柄では、ないのだと思います」
ね。とレティシアはコーニャを振り返り、コーニャが面白くってたまらないと言うようにレティシアを強く抱きしめた。
「レティー最高ー! んふふ、そうね。そうなの。別に悪いことじゃないのに、いつまでもうっとーしかったのー。ありがとー」
「? どういたしまして?」
「んふふふー。あー気分いー♪ ね、だーんちょ」
言ってコーニャが後ろを振り返ったので、レティシアもつられて背後へと視線を巡らす。
「ガレンさん、どうしたんですか!」
そうすれば両手で顔を覆い、丸まる勢いでしゃがみ込んでいるガレンがそこに居り、周囲の団員たちが挙ってガレンを茶化し始めた。




