第12話 恐怖体験
レティシアは最近、ついガレンの事を探している自分に気がついた。
それは食事の時であったり、何気ない雑用の途中であったり、近い背格好の男や姿は見えないが声が聞こえた時など、反射で顔を上げてしまうのだ。
意地悪されるのは困るけど、止めて欲しいとまでは思っていない。むしろ構ってもらえているようで照れくさいが嬉しくもあった。
(なにかしら……ノルマンの時とは違う)
ふと、止まっていた作業の手に大きく頭を振り、倍のスピードを心がける。
今レティシアがやっているのはポスター作り。公演日まで今日を入れてあと十日。三日間の公演日と撤収作業を含めたとしても十数日ほど。
ガレンの旅芸団がこの町を去る時、自分はどうしたらいいのかしらと、レティシアはいまさらの事に眉根を寄せた。
(一緒には行けませんよね。ショーで出来るようなことが何もないし)
この町で仕事を見つける気にはなれず、そうなれば別の町に移るしかなくなる。頼めば次の行き先まで連れて行ってくれるかも知れないが、そんな図々しことを言うのは気が引けてとてもじゃないが無理だろう。
(いつまでもお世話になるわけにはいかない! 自立しないと!!)
そのためにも余裕を持って残り十日のうちに、次の目的地と旅路の目処を立てておかなくては。レティシアはそう自分に言い聞かせ、まずは目先の仕事からとポスター制作に戻る。
ポスターは簡単な説明と日時などの文字がメインだったため、比較的スムーズに完成させることが出来た。
完成したポスターをトマに見せると、すでに町の主要箇所にある店に貼らせて欲しいと頼んでおり、コーニャと二人で持って行ってくれと言われた。
「では、いってきます」
「いってきまーす」
トマに大きく手を振り、コーニャと一緒に出かける。
ポスターを持っていく店は五箇所で、そのうちの二店舗はレティシアも行ったことがあった。
「どうします? 手分けしたほうが速いでしょうか?」
「だめだめー。なんのために一緒に来たと思ってるのぉー? レティーみたいなかーいー子一人にしたら、すぐ悪い人にさらわれてぇー、どこかに売られちゃうよー?」
「皆さん私のこと子供扱いしすぎではないですか? 私もう十七なのに」
「知ってるよー」
納得いかないと口を尖らせると、コーニャは楽しそうにけらけらと笑い出す。
「あ、レティー。あそこから甘い匂いがするー。ちょっと寄っていこぉー」
「駄目ですよ。まだお仕事中なのに」
「ちょっとぐらい良いでしょー」
「駄目です。せめて帰りにしましょう? そのほうが何の気兼ねもなく寄り道出来ますよ」
「わはー。うん、寄り道しよー。約束ねぇ」
普段は可愛らしい印象が強いコーニャであるが、たまに大人の色気が漂う笑みを浮かべる。レティシアはそれを間近で受け、同性だというのにもじもじと顔を赤らめてしまう。
よく見れば近くを通りすがる殿方達にも被弾しており、ぼうっとした集団を作り上げていた。
コーニャはそれを気にはせず、レティシアは単純に気づかず、手を絡めて歩き出す。どこからともなく今日も良いものが見れた、と聞こえ何人かの通行人がそれに頷いていた。
「じゃあ、ここからは大人の世界ー。レティーはちょぉっとだけ、入り口で待っててねー」
「はい。お酒屋さんは匂いがキツイので、それだけで酔っちゃいそうです」
酒屋ではなく酒場なのだが、レティシアの中では似たようなものらしい。中に入っていくコーニャを見送り、大人しく外の入り口から少し避けた場所で待つことにした。
ほんの少し前にもこんな風に通りを眺めたな、と靴を買いに出かけた日のことを思いだし小さく笑む。
時間は昼と夕方のちょうど真ん中ぐらい。そこまで多くない人通りを目で追っていた時、ふいに左手首を摑まれ引っ張られた。
「っ!! !?」
「あ、あの、少し静かに」
若い男の声だった。
後ろに引っぱられ、口を塞がれながら建物の陰へと引きずり込まれる。ガシャンと積んであった酒瓶に足を引っ掛けるが、男は気にせず奥の暗がりへと進んで行く。
男は何事かをぶつぶつと呟いており、二つ目の角を曲がった時だ。
「うぐっ!!」
鈍い殴打の音と男のうめき声が上がり、どかりと前方へと吹き飛んだ。逆にレティシアは距離を取るように男を殴った人物の背に隠され、ようやく自分の足が震えていたことを感じた。
「コ……」
「レティー。だいじょーぶ?」
変わらないコーニャの声に、思わず涙が溢れる。
先程までちゃんと歩けていたのに、急に震えが強くなりコーニャの背に力任せにすがりついてしまった。
「ぁ、コーニャさ」
男は意識があったようで、鼻血を流しながら上体を起こした。コーニャがそれにピクリと反応したが、つい離れるのが怖いとレティシアの手に力が入り、コーニャは進むのを止め男を見下ろした。
「あんたなに? なんでアタシの名前知ってんの?」
「ぼ、ぼく……あ、いや、あの、前に、ぁ……」
「前にどこかで会ったっけ?」
冷たい声だった。
なのに男は何も気づいていないのか、長ったらしい前髪に隠れた頬を赤くし、言いよどみながら口を開く。
「ぼぼく、コーニャさんに、お、お伝えしたい、ことがっ」
「なら、なんでレティシアにこんなことしたの?」
「へ……?」
「手首。強く掴みすぎ。あとになってる。足だって」
「あ」
「で? なんでアタシへの用で、レティシアがこんな事になってんの?」
そこで男はようやくコーニャの様子に気がついたのか、一気に青ざめ早口に何かを言い募り始めた。
「違うんです。ぼくは、ただ、彼女に、あ貴女の予定を訊きたくて、それで、ぼく、あ、貴女に、コーニャさんに、告は」
「聞きたくない」
男の話に被せるように、コーニャは冷え切った声音で言う。
「聞きたくない。気持ち悪い」
「そ……」
「関係ない人間巻き込んで、自分勝手な理由で女の子に怖い思いさせた挙げ句、怪我させて泣かせた。そんなクズの話なんか聞く気もない。時間の無駄」
「あ……ぼくは、ただ……」
「それにアタシあんたのこと知らないし、たった今知りたくなくなった。興味持たれるのも嫌。だから今から言う言葉聞いたら、すぐにどっか行って」
アンタみたいな奴はごめんよ。さようなら。
男は、一瞬呆けた顔をしたあと、大粒の涙を流し走り去っていった。
それまでコーニャの背中から一歩も出られなかったレティシアは、困惑の表情を浮かべコーニャを見た。
「コーニャさ」
「ごめんねレティー。どうやらアタシのお客だったみたいー」
「お知り合いではないんですよね?」
「うん。どっかで会ったのかもだけどー、覚えがないなー」
「…………」
「巻き込んでごめんね」
コーニャがレティシアの頭を撫で、レティシアは違うと頭を横に振る。
どくどくと心臓は脈打ち、上手く頭が回らない。しばらくレティシアは俯いたまま泣いてばかりいたが、少ししてからようやく顔を上げた。
ぐっと唇を真横に引き結び、目に涙の膜を張り深く頭を下げた。
「こーにゃさ、ごべ、んなざいぃ~」
「なに? どうしたの? なんでレティーが謝るのよぉ?」
少し焦った声が頭上から聞こえた。
「だっで、わたじ、なにもじまぜんでした。怖くて、べも、もしあのジトが、刃物とか、まほーせき、どか持っでだら、なのに……ひっく」
「・・・」
「ごんどは、ぢゃんど頑張りまず!! わたじも、コーニャざんを、守れるように」
「ぶっは! レティーが? アタシを! そんな細っこい身体で」
「でぎるもん!!」
「やーん、怒んないでー。かーいーい♪」
「本当にっ」
ベロンと涙を掬うように頬を舐められて、レティシアの動きが止まる。涙なんて今の一瞬で引っ込み、コーニャはレティシアの肩に両腕を回し首の後ろで指を組んだ。
コツンと額がくっつき、コーニャの吐息が分かる位の距離で視線が交わった。
「レティーは、レティーの出来ることをやりな。今回のは、たまたまアタシの得意分野だっただけで、怖くもないし全然大丈夫。だから気にしないで。アタシ、ごめんなさいより、ありがとうのほうが嬉しいなぁ」
「ぁ、あぅ……!!」
「ほら、あーりーがーとーうー。早く言わないとこのままちゅーしちゃうよ」
「ありがとうございます!!」
「あはは、レティーてっば真っ赤っかー」
かーいーいー。いつもの調子で頬ずりされ、別の意味で身体に力が入らなくなる。
「コーニャさんは、凄いです……」
「アタシに勝とうなんて、十年早いわよ♪」
「はい……」
立ち上がったレティシアの足は、もう少しも震えていなかった。




