第11話 跡地のちセクハラ
なだらかな坂道を少し登ったさらに奥。居住区を抜け、大きな建物があったとわかる場所。
青々とした草花が生い茂り僅かに残っている壁は、高いところでもレティシアのふくらはぎくらいまでで見通しも良い。その建物で一番広い部屋にあったのであろう半分以上が砕け、そこに何があったのか事前に知っていなければ判らないような石像の残骸が、土に埋もれ苔を生やしていた。
レティシアはその埋もれた石像の前にしゃがみ込むと、両手を合わせて目を閉じた。
「それは何をしているんだ?」
「特に意味はありません。”オジゾウサマ”のようなものかと思って、お祈りをしておりました」
「オジゾウサマ?」
「なんでしょう? 神様みたいなものらしいです」
「らしいってなんだ。なにかしらの宗教か?」
「私にもよく分かりません。お祖母様が仰るには、とにかく有り難く、粗末にするとバチがあたると言われました」
ガレンは納得していない表情で、とりあえずといったように頷いた。
周りに高い建物が無いせいか通る風が気持ちいい。
「なぜ此処へ?」
「そうですね……。以前に遠くから見かけることがあって、その時に昔ここには精霊殿があったと聞いて、一度行ってみたいなと思いまして」
言いながらレティシアは丘の上の屋敷を見上げていた。
婚約者だったノルマンがいる屋敷。まだ、二人の婚約が結ばれて間もない頃、屋敷を案内すると連れられたバルコニーから見た景色。
ザーフィアスの町を一望でき、ノルマンはこの景色が好きなのだと表情を和らげながら話してくれた。
「精霊殿ねぇ」
レティシアがぼうっと思考を飛ばしていると、いつの間にか隣に立っていたガレンがまじまじと石の残骸を見ていた。
「魔法石のこの時代に精霊の話を聞くとはな。なんだ、お前の家系は精霊術師の末裔かなにかか?」
「精霊じゅつし? ――いいえ。違います」
「なら、なおさら訳が分からないな。精霊なんておとぎ話くらいでしか聞かないだろう? 昔に精霊術師が行ってきたことは、今では魔法石で全て賄える。むしろ、今この時代に生きているやつで、精霊なんて単語を口にする奴のほうが少ないと思うが」
「……なにを、仰っしゃりたいのでしょう?」
レティシアは立ち上がり、不安げにガレンの横顔を見る。
ガレンは割れた石像に片手で触れながら、ゆっくりとレティシアと視線を合わせた。ガレンはしばらく黙ったままで、レティシアはいたたまれない気持ちでスカートを握る。しかし、なぜだか目を逸らしてはいけない気がして、少しの間奇妙な沈黙が流れた。
そして、先にそれを破ったのはガレンだった。
「ザーフィアスへ入る前。お前と初めてあった時だ」
「?」
「ぬかるみに嵌った車輪は、完全に木の根が内に入り込んでしまっていた。一度荷を下ろして車輪を外すか、木の根を切りでもしない限りどうしようもない状況だったんだ」
ガレンの顔が近づき、鼻先が触れそうな距離で言われ肩が震える。
「お前がやったんじゃないのか?」
「……………………。え? 私が? ですか? 何を?」
「違うのか?」
「違います!」
「そうか」
「え? あの、今の質問はなんだったのですか?!」
かと思えばあっさりと元の位置へと戻り、レティシアの鼓動が無駄に早鐘を打つ。いっそ痛いほどだ。
「なんとなく、お前が何かしたのかと思って」
「私は何もしておりません」
「だから分かったって」
「ですが」
「お前は本当にわかり易いな」
終いにガレンはけらけらと笑い出し、レティシアは膨れっ面を晒す。
あの時のことはレティシアも覚えているが、レティシアは車輪にも木の根にも触れさえしていないのに何を言っているのだろうか。
これではまるで、レティシアが魔法石もなしに超常的な力が使えて、それで――
それでガレンは自分に優しくしてくれたのだろうか?
急に俯いてしまったレティシアに、ガレンがどうしたと覗き込んでくる。
「なんでもありません」
「お前は本当にわかり易いなぁ、お嬢さん」
「むう! 子供扱いしないでください!!」
「あはは。すまない。悪かったよ」
「ふん。知りません!」
顔を子供っぽく背け大股で歩く。
屋敷にいた頃にこんな歩き方をすればどんな仕置きが待っていたか知れないが、今のレティシアには関係ない。
ずんずんと少しでも先に進んでやろうと思っても、ガレンの長い足はそれを容赦なく無意味なものへと変えてしまう。何より靴がおろしたての新しいもので乱暴な歩き方をしたくないと、レティシアはすぐクールダウンした。なにより足が擦れて痛かった。
「どうした? もう怒ってないか?」
「楽しそうな顔で訊かないでください」
つい、つっけんどんに返すも、ガレンがレティシアの足元に気づきなるほどと納得する。
「きゃあ!」
急に視界が高くなり、ガレンに抱きかかえられたのだと気づく。
「足が痛むんだろ? 遠慮するな」
「ま、わわわわわ、おろ、下ろしてください!!」
「わはは。顔が真っ赤だ」
「~~~~~~!!!!!!」
しかもガレンはレティシアを片腕だけで抱え直し、反対の手で靴を奪い去る。
突然のことにバランスを取ろうとガレンの頭に抱きつく。遅れて先日町ですれ違った幼い子供と父親の姿を思い出し、ガレンにとってはそういった感覚なのだろうかと脱力する。
(私、一人でバカみたい)
自分で歩かなくてもいいと言うなら、楽をさせてもらおうとレティシアは大人しくすることにした。その時ガレンの足がいつの間にか止まっていたことに、レティシアはしばらく気づかなかった。
その帰り道。
「いい加減下ろして下さい。自分で歩けます」
「裸足でか?」
「靴を履いてです!」
「足を痛めてるんだ。無理はするな」
「少しずつ慣れていかないといけないと思います!」
「お。ちょうど薬屋があるな。寄っていこう」
「薬を塗るほどではありませんから~!!」
髪を引っ張ろうが肩を叩こうが、ガレンはレティシアを下ろさなかった。ガレンはここで待っていろとレティシアを店前のレンガに置き去りにし、中へと入っていった。買ったばかりの靴も、ぼろぼろにしてしまった靴も三足全部持っていかれた。
「そうか。古い靴を履けば良かったのね」
戻ってきたら早速取り返さねばと、裸足の足が地面につかないよう持ち上げる。
日が暮れるのも間近といった時間で道行く人の足も心なしか速い。
背の高い人、若い女性、親子連れにお年寄り。それぞれのペースで行き交う人々を眺めていたレティシアだが、隣の建物との隙間から鋭い視線を感じ振り返った。
「どうした?」
聞こえたのは振り返った先とは反対側。ガレンが小さな茶色の瓶を手に立っていた。
「いえ……?」
視線を感じたと思った先には誰もいない。
通り過ぎる人たちも何ら変わったところはなく、気の所為だったのかと息を吐いた。
「なんでもありません。歩いている人を眺めていたので、少しつられたのかも」
「つられるってなんだ。もしかして目でも回したのか?」
意地悪そうに笑うガレンに違うと眉を寄せる。
ガレンは斜め向かいで地面に片膝を付けると、何事もなかったようにレティシアの足に触れようとして、レティシアは思わず伸ばされた手を避け逃げてしまう。
「おい、薬が塗れないだろう」
「な……! じ、自分で出来ますから!!」
「俺がやったほうが早い」
「宿に戻ってコーニャさんに」
「それでは意味がないだろう。それに俺の金で買ったんだから、俺の私物だ。あ、おい隠すな。服が汚れるだろ」
僅かに血の滲むかかとをスカートの中へとしまえば、さすがのガレンもこれ以上の意地悪は出来まい。
レティシアは真っ赤に頬を染めながら、少し涙が滲んだ目でガレンにどうだと笑みを浮かべて渾身の勝利を主張した。ガレンは一瞬きょとりと目を丸めたが、すぐに口元を隠しながら下を向き、コイツはなんでこう……、と肩を震わせ始めた。
「笑わないでください!」
ガレンは否定も肯定もせず下を向いたままだ。
せめて今のうちに靴を取り戻そうとレティシアが手を伸ばせば、細い手首をがちりと摑まれ、前にも後ろにも下がれなくなる。
「ふ。もう逃げられ」
「うあー。なーにしてんのー」
聞き覚えのある声に二人して顔を上げ、レティシアは瞳を輝かせた。
「コーニャさん! 助けて下さい!!」
「もちろーん。コーニャさんは、かーいー女の子の味方だよー」
「助けてって……薬を塗ろうとしただけじゃないか」
「は? ふつーに駄目でしょ、それ。団長きもい。変たーい」
「へ」
「ガレンさんのえっち!!」
「!!!!」
「レティ駄目! 今すぐ帰るよ」
今度はレティシアとそう背丈が変わらないはずのコーニャに軽々と姫抱きにされ、ガレンは置き去りに二人で帰った。




