第10話 買い物デート?
カランと扉のベルを鳴らし、そろそろとレティシアは扉をくぐる。
外観ではこじんまりとした小さな靴屋に見えたが、店内は思ったより広く奥行きもあった。
「なにしてんだ。さっさと入れ」
「う、ガレンさん。ですが、私……」
「なんだよ?」
がちがちに緊張しながら、レティシアは背後にいるガレンを振り返る。
靴を買いに来たのはいいものの、レティシアはこちらの世界で個人的な買い物をしたことが一度もなかった。とは言ってもあちらの世界ではじめてのおつかいを経験し、はじめての寄り道、そしてはじめて自分の欲しい物を買った経験はあるので買い物自体に抵抗はない。
ザーフィアスに来てからだって、食材や芸団のお使いもそれなりにこなしている。が、自分の買い物の為に、自分自身で店を探し、自分自身で物を決めるという事にまだ慣れていないため、店を決めるだけでだいぶ消耗してしまった。なにより――
「私所持金が二十レニンしかないんです。これで靴なんて買えるんでしょうか……?」
金がない上にものの相場がわからない。
此処まで来たのに結局お金が足りないなんてことになったら、付き合わせてしまったガレンにも申し訳なさすぎて気が気じゃなかったのだ。
「なに言ってる? 仕事で汚れたんだから、こっちで出すさ」
「え! それはいけません!! ただでさえお世話になっているのに、これ以上甘えることは出来ません」
「いいか、これは甘えじゃない。必要経費。逆にここで出し渋って、あそこの芸団は団員に靴を買うだけの賃金も支払えない、駄目経営だって思われるほうが困る」
「そっ……そこまで、考えが至りませんでした」
「なら黙って選べ。じゃなきゃ俺が適当に選んじまうぞ」
いっそそうして欲しいと、つい期待に満ちた目で見上げれば、まずは自分で考えろと叱られてしまった。
どうしようとレティシアはとりあえず棚へと向き直り、うんうん唸る。あまりの真剣っぷりに、ガレンが可笑しそうに吹き出していたが、レティシアはそれどころではない。
デザインは今持っているものと似通ったものでいいとして、問題は素材だ。値札の横に赤牛皮だの赤牛皮だの赤牛皮だの、何が違うのだ。どれも赤い牛の皮じゃないのか?? でも値段や形が違うから何かしら理由があるのだろうが、その理由の記載はない。
「もう、一番安いので……」
「阿呆か。永く使えるほうが良いんだから、ちゃんと選べ」
「ですが材質の違いがわからなくて、何を基準にすればいいのか……」
「仕方がないな。一足は俺が選ぶから、予備でもう一足を自分で選べ」
「え、二足もいりま」
「まずサイズとデザインだな。例えば」
「ま、待って下さい」
「早くしろ。お、これなんか良いんじゃないか? シンプルだが丈夫で使いやすそうだ。あと、これと、あ、そっちのもいいな」
「あ、その、はい、えーと」
ガレンに誘導されるがまま様々な靴を手に取る。
なんとか機能性重視の一足と、ガレンが選んだどちらかと言えばプライベートで履くような可愛らしいデザインのものを一足。それらを両手に持ち、ようやく決まったとレティシアは安堵の息を吐く。
「なに疲れてるんだ。ほとんど俺が選んだようなものじゃないか」
「そうですけど……、そうですね。ふふ、嬉しいです」
「お、おお。そうか」
「ふへへ」
緩む表情を隠さず、レティシアは嬉しそうに二足の靴を抱きしめる。先に支払いを済ませなさい、とガレンに促され支払いへと向かおうとした。そしたら、ちょうどかぶるように入り口のベルが鳴り、二人の女性が店内へと入ってきた。
「あー、やっぱり団長さんだわ。こんなところでなにしてるのぉ?」
「一人? 今日はお店来てくれるのかしら?」
「ああ、君たちか。すまないが、今うちのかわいいのと買い物中なんだ」
「えー。少しくらい、いいじゃない」
「ふふふ、ほんとだー。可愛らしい子と一緒ね」
「ねー」
女性たちはくすくすと赤い唇で弧を描き、レティシアを見た。
ガレンがレティシアに財布を渡し、会計を済ませておいでと耳打ちをする。レティシアは素直に頷きガレンに背を向けるとガレンは女性達を外へと連れ出し、何事かを話しているのをガラス越しに見た。
会計は何事もなく済み、なのにまだ話し込んでいるガレンに、何となく隠れるように店の奥へと戻ってしまった。
「靴、履いて行くかい?」
奥で会計をしてくれた店主が、戻ってきたレティシアを見て言った。
「新しい靴は、気持ちも新しくなるよ」
言われて、レティシアは抱えていた布袋を見て、二足の靴を見比べる。
ダークブラウンの仕事用の靴に、ホワイトペースに淡いブルーの飾りがついたパンプス。店主がすかさずこっちがいいよと、パンプスを指差しにこにこと微笑んだ。
「では、こちらを履いていきます。……その、ありがとうございます」
「こちらこそ、お買い上げありがとうございました」
レティシアは満面の笑みでお礼を言い、今度は躊躇わずに店の外へと出た。
「遅かったな。ん? 早速履いてみたのか」
「はい。お店の人が勧めてくださって」
「良いじゃないか。髪の色と合ってて、似合ってるぞ」
「ありがとうございます」
レティシアが外に出た時には女性達はいなくなっており、ガレンは壁に背を預けてレティシアを待っていた。レティシアはつい張っていた緊張を解き、自分の足元を見て頬を緩める。
「靴、嬉しいです。あ、お財布。靴も、本当にありがとうございました」
「いいよ。それよりまだ日も高いし、どこか寄っていくか? なんならお前、服だって数がないだろ。この際」
「えーと、実は私行ってみたいところがありまして。服は結構です!」
「行きたいところ? どこだ?」
「え! あー、それは……」
レティシアの目が泳ぎ、ガレンが半目でそれを見つめる。
とっさに出た言い訳だったが、ふとある場所を思い出し無意識にその方角を見てしまった。
「あっちにあるのか?」
「大丈夫です。今度、もっと時間がある時にでも行ってみます」
「一人でか?」
「それは……」
その時になってみないと分からないが、特に楽しい場所でもないのでそうなる可能性は大だ。一人でも全然構わないので、レティシアは適当にそうなるかもですねと濁して答えた。
「かもですねじゃない。一人は駄目だろ」
「大丈夫ですよ?」
「お前は自分が思ってるより大丈夫ではない。危なっかしい」
「そんなことありません」
「いや、ある。よし。やっぱり今から行くぞ。どこだ?」
「ですから」
「日が暮れる。早くしろ」
「……」
「担ぎ上げてほしいのか」
「東の奥にある精霊殿跡地です!」
強引すぎる保護者に、レティシアは少しムキになって返した。




