スキー場
明里の怖さに三人は顔を引きつらせ、少しずつ後ずさりする有様だったが、そんな三人をさやかが救った。
「ママ、凄い!!ワルキューレってかっこいい女の人のことでしょ?ママがそんな風に呼ばれたら、パパも喜ぶね」
さやかの発言に明里は困った表情になりながら、さやかの頭を撫でた。
明里の雰囲気が変わったのを見て、双子がすかさず会話に加わった。
「そうですよ先輩!めちゃくちゃカッコイイじゃないですか」
「こんな人に武術を教えてもらっていたなんて、私達みんなに自慢しちゃいます!!」
明里は喜んでいる三人の顔を見て、一つため息をついた。
「とりあえずこの件はもういいわ。二人はここまでどうやって来たの?」
「私達は、卒業した先輩の車に乗せてもらって来ました」
「先輩達は、南からゴルフ場を攻撃する隊に加わってます」
その双子の言葉に機動隊員が付け加えた。
「彼らは強いですね。自分達が戦いの初期に崩れた時に助けて頂きました。あの強さで人数もいたので、南に回ってもらって未経験者のフォローをしてもらってます」
「未経験者のフォロー?」
「はい。知事は予想外に人数が集まったのを聞いて、出来るだけ大勢にここで戦闘経験を積ませる決断をしました。こちらの防衛ラインに回されてきたのは、南で一度はアシガロイドと戦った経験がある者ばかりです」
「そうね、攻め込まれてから初めて戦うよりはいいわね。いざとなったら郡上市に逃げ込めるし」
「ええ。ゴルフ場から郡上市の市境までを戦場に設定できましたから、南の戦いの主導権はこちらにあります」
明里はその発言に少し懸念を抱いた。
「赤武者の集団は確認されていないの?」
「集団ですか?2、3体が集まることはあっても、集団とまでは・・・ここで10体もの赤武者に遭遇して驚いたぐらいです」
「そう・・・荘川村の牧戸交差点では、赤武者が集団で襲ってきたわ。それこそ何体いたか解らないぐらい。南でそういった集団が現れたら、経験を積むつもりが大損害になりかねないから注意しておいたほうがいいわね。防衛ラインもだけど・・・」
機動隊員はその言葉にひどく驚いた顔になったが、すぐに真剣な表情になると無線で情報を流した。
その際、情報源が天生峠のワルキューレからだと添えた所で明里は一瞬顔をしかめたが、それで真剣に警戒してくれるならと自分を納得させた。
その後は雑談をしながら歩いていると、戦いの喧騒が近づいてきた。
「これは南の戦いの音かしら?」
明里が少し警戒しながら機動隊員に聞いた。
「そうですね。ここまで来たら後少しです。皆さんにはこのまま進んでもらい、市境を越えた所にあるスキー場で一旦休憩を取ってもらいます」
明里達が市境を越えてスキー場に到着するとあちらこちらに大きなテントが張られていて、そして白川村からの避難民ばかりでなくその他にも大勢の人々がいた。
救出部隊はここを拠点に人員の入れ替えを行っていた。
南の戦いを経験してきた者達は、戦いの興奮が冷めないようで熱く語りあっている者や疲れ果て座り込んでいる者等様々だった。
白川村からの避難民は、無事に市境を越えて脱出できた事に一様にほっとした表情を見せていたが、その表情からはここにはいない途中で倒れた者の事や、村に置いてきた者達を思い出しているのがありありと解った。
明里も忠良や房江の事を思い出してはいたが、房江に言われた『子供を守る事を優先しなさい』という言葉で気持ちを切り替えていた。
機動隊員は前線に戻り、双子も他の避難民の手助けをしてくると言って明里から離れていった。
明里がこれからどうしようかと所在なさげにさやかの手を握り立っていると、貴文が明里を見つけて近寄ってきた。
「明里さん、これグオッ」
貴文の左脇腹に、明里からえぐる様に放たれた拳が埋まっていた。
「な、何を・・・」
「貴文さん、あなた私の映像をテレビに流したわね?」
「い、いえ・・・戦闘の資料として県庁に報告した中には映像は入れました」
明里はその答えを暫く考えた後、貴文の両肩を掴み目を覗き込むようして聞いた。
「アナウンサーは村役場の人間から提供されたと言ってたらしいけど、貴文さんの答えはそれでいいのね?」
「・・・すみません。テレビ局の知り合いに戦いの様子が解って、尚且つ視聴者に奴らとは戦えるんだ!と思わせる勇気が出るような映像はないかと聞かれ、県民の士気が少しでも上がればと思い提供しました」
明里は貴文の頭に手刀を落としてから、周りを見るように促した。
「その結果がこれよ」
明里の周りにいる白川村の人々はそうでもなかったが、それ以外の人々は明里に注目していた。
その目には憧れや尊敬が浮かんでいて、まるで英雄を見るかのようで明里は居心地の悪い思いをしていた。
救出部隊と合流してからもそうだったが、スキー場に着いてからはさらに酷くなっていた。
貴文は周りを見渡し、一人頷いた。
「思った通りの効果が出て、ってうわぁすみません。でも必要な事だったんです。まだ開戦して今日で二日です。昨日は飛騨市が攻められ、今日は白川村でその前には高山市と自衛隊の基地です。それに相手は銀河連盟を名乗ってはいますがよく解らない異星人ですよ。県民は不安になっています。そんな訳の分からない状況に、立ち向かっている人々がいる事を知らせるのは絶対に必要な事だったんです!」
貴文の言葉に明里は、鳩尾に突き入れようとしていた右拳を収めた。
「はぁ、せめて私に一言断ってからにして下さい」
「解りました。事前に確認を取らなかった事は幾重にもお詫びします」
明里は周りの視線を無視する事に決め、貴文に問いかけた。
「白川村の情報は何か入ってますか?」
「連絡が途絶したそうです。恐らくはもう・・・」
「そう・・・ところで、さっき何か言いかけてましたけど何ですか?」
貴文は思い出したように、脇腹を押さえながらメモを明里に渡した。
「この学校が僕達の避難所になります。これから順次移動を始めるんですが、明里さんはどうしますか?」
「私はさやかと一緒に、実家に身を寄せることにします。移動もさっき地元の人間と会いましたから、何とかなると思います。・・・貴文さん、脇腹そんなに痛かった?」
貴文は苦笑して、脇腹を撫でながら答えた。
「痛さはありますが、こうもあっさり攻撃を喰らったほうがショックですね。僕としてはかなり練習というより修行をして、明里さんとの差が少しは縮まったと思ってたのに、まだまだです」
「ふふっ、私もさぼってなんかいませんから。それにさやかを産んでから、調子がいいというか体質がより戦い向きに変わった気がするというか、とにかく絶好調よ」
「本当ですか?!子供を産んで強くなるって、男の僕じゃ無理な方法じゃないですか。何だかズルいです」
「母は強しっていうじゃない。そういう事ですよ」
「いや、この場合は意味が違うような・・・それより地元の人間っていうのは救援に来てくれた人達ですよね?なら僕と一緒に救出部隊の撤退が終わるまで、付き合ってもらえませんか?」
明里はさやかを見て考えた。さやかは子供ながらも周りに気を使って気丈に振舞ってはいるが、これまでの脱出行や目の前で祖父母を置き去りにして、その二人の安否が不明な事などを考えると、肉体的にも精神的にも限界を越えていておかしくなかった。
貴文はそんな明里の様子を見て、心苦しそうに言葉を発した。
「明里さん、国道側は既に副村長の最後尾に合わせて順次、撤退行動に入ってます。そして間もなく南側も撤退するでしょう。それで不足の事態が起きた時に、撤退を強力に援護する機動隊を中心とした精鋭チームに入って欲しいんです。何も問題が生じなければ、ここでさやかちゃんと過ごしているだけで終わります」
「そうねぇ、移動の足として考えている地元の人達も南の部隊にいるみたいだし、そのチームっていうのもこの場限りなんでしょう?だったらいいですよ」
「助かります。もし出動となったら、さやかちゃんは僕の後輩に面倒を見させますので」
貴文はそう言うと本部と書かれたテントに向かっていった。
明里は一つのテントに案内され、そこでチームの面々と顔合わせを行った。
そのテントには真理やジョージもいてさやかの相手をしてくれた為、明里はチームの面々と次々と入ってくる情報から状況を確認して時間を過ごした。
程なくして村旗を掲げながら副村長の最後尾がスキー場に到着した。
「ジョージ、副村長達が到着したから、南側の部隊の撤退が本格化すると思う。準備は大丈夫?」
「ジョウザイ戦場の心ネ。イツでもいけマス」
明里とジョージが会話をしていると、貴文も合流してきた。
「村民の移動やその他諸々の事を、副村長に引き継いできました。こちらはどうですか?」
「順調ですね。最後尾が市境を越えるまではと、敵を引き付ける為に攻勢に出てたから心配しましたけど、整然と郡上市側に戻り始めてます」
貴文が真理から報告を受けている間、明里は副村長が常時傍らに置いていた旗を見ていた。
「普段、市町村の旗なんて気にした事はないけど、ああやって旗の下に集まる人達を見るとちょといいわね」
明里の視線の先では、白川村の人々が一度は村旗に触ってから避難所へ向かうバスに乗り込んでいた。
貴文が明里の隣りに立ち、同じ景色を眺めながら答えた。
「副村長は本当は村に残りたかったみたいですが、村長が残る事になったので村旗を持ち出したらしいですよ。自分が倒れる時はこの旗と共に、って思ってたようです」
「何というか、悲壮な覚悟ね」
「敵の勢力圏を縦断しての脱出ですから、どのような結果になっていても不思議はなかった思います」
貴文はそう言うと、面白そうに笑ってから言葉を続けた。
「それにあの旗、ここに来てから羨望の的ですよ」
「あら、どうしてです?」
「救出部隊と合流してから、他の旗って見てないでしょう?皆、持ってこれば良かったって後悔してますよ。気分の問題かもしれませんが、戦場に自分の所属を表す旗が翻っているのは、士気が高まるというか安心感があるというか。それに戦場の賑やかしにもなりますから」
明里は改めてスキー場を見たが、そこは見ようによっては中世の簡易陣地のようだった。テントが張られ、剣を持つ人々が行き来していて、何が足りないと聞かれれば旗と言えた。それに牧戸交差点での戦いの終盤、最後尾は旗を中心によく戦っていたことを明里は思い出した。
「そうね。何かを象徴するような物は必要かもしれないわ」
「これからは、いろんな旗が乱立するかもしれません。少なくとも郡上市役所の人間は、旗を用意しなかった事を激しく後悔していたので次は必ず持ってきますよ」
そんな会話をしていると、真理が貴文に報告に来た。
「貴文さん、撤退完了しました。間もなくこちらに戻ってきます」
「アシガロイドが市境を越えないのかの確認は?」
「確認済みです!」
真理の報告に明里と貴文はホッと一息ついた。
「明里さん、これでやっと一段落つきましたね」
「ええ、でも私達は逃げてきただけ。この先必ず銀河連盟を名乗る異星人に、私達の力を思い知らせてやるわ」




