983 適当にやるとこんなもの
とにかくブレイクショットである。
ヘッドラインと呼ばれる位置から手前側のキッチンと呼ばれるスペースに手玉を置く。
『こうして見ると広いな』
なんだかサッカーのフリーキックみたいだと思ってしまった。
蹴るボールはサッカーのそれなどとは比べるべくもないほど大きいのだが。
「じゃあ、行くぞ」
俺は狙いを定めた。
最初から的玉を落としにいかないための狙いだ。
いきなり誰かのボールを落としちゃ可哀相だしな。
このショットの後は落ちたかどうかに関係なく交代だし適当にやる。
あんまり弱いと手加減がバレるのでボールを適当に散らせる程度には力を込めるがね。
力を入れすぎるとボールがポケットに落ちるかもしれないので調整が必要だ。
『手抜きも意外と難しいよな』
面倒なので加減はおおよそだけどな。
『たぶん大丈夫だろ』
助走はつけずに蹴る。
コンパクトに手玉の中心を爪先で押し付けるように。
ヒットした瞬間はブニュッとした感触が伝わってきた。
このあたりは本物のビリヤードとは明確に違う部分だ。
が、的玉にヒットした瞬間、カチーンと小気味よい音が周囲に響き渡る。
「ちと強すぎたか」
クッションの外側になるレール上に退避しながら、ついぼやいてしまう。
弾けた的玉が勢いよく散らばりクッションに当たっていった。
「おーっ、派手だねぇ」
トモさんが楽しそうに感心している。
「ハルくん、格好いー」
ミズキがそんな風に言ってくれる気持ちは嬉しいのだが。
そこまでやるつもりはなかったと言っても信じてもらえそうにない。
それよりも気になるのはベリルママである。
こういう時は手放しで褒めてくれそうな気がするのだが。
『どうしたんだろ?』
変だなと思って、そちらを見た瞬間。
ゴトンと音がした。
「え?」
慌てて音のした方を見る。
「ポケットインしたね」
トモさんが教えてくれた。
パッと見ではボールが落ちたようには見えない。
『まさか、手玉か?』
初っ端からそれは恥ずかしすぎる。
ヤバいと思ったが手玉はすぐに見つかった。
『冷や冷やするなぁ、もう』
「跳ね方が、あまり良くなかったようですね」
残念そうにしているエリス。
『クリスの応援をするんじゃないのか?』
まあ、俺だって奥さんに応援してもらえるなら嬉しいよ。
妹の応援のついでだとしてもね。
「落ちたのは1個だけです」
マリアの言葉で少し落ち着けた気がする。
1個だけならパッと見で把握できなかったのも無理はない。
今は適当モードだからね。
「誰かアウトになったか?」
聞きながら改めて落ちたボールを確認してみる。
「俺はセーフだよ」
真っ先に答えたのはトモさんだ。
表情に余裕がある。
おそらく手玉と的玉の位置関係から次で落とされる心配はない状態なんだろう。
「同じく、セーフだ」
ツバキも余裕のある返事だった。
『ただ、こういう読み合いには強いからなぁ』
伊達に長生きはしていない。
どこまで本気でやっているかで変わってくるだろう。
「大丈夫です」
クリスも落ちていないようだ。
普通に返事をしているが、駆け引きは意識していないように見受けられる。
『天然スイッチ入ったかな』
だとすると手強い強敵だ。
読みづらくなるからな。
「アウトではないですね」
「私もです」
レオーネとリオンの姉妹もボールは落ちていないと返事をした。
『やれやれ……
どうにか盛り下げるような無粋な結果にはならなかったか』
ホッと一安心である。
「ハルくんは大丈夫だったの?」
ミズキに言われてポケットインしたボールの確認を忘れていたことに気付いた。
「おっと、いけね」
皆のボールのことが気になって、すっかり失念していた。
「それで何番が落ちたんだ?」
改めて聞いてみる。
「6番よ」
俺の質問に答えてくれたのはミズキではなくベリルママであった。
苦笑のオマケ付きである。
そうするのも頷けるというもの。
俺だってそうだ。
「なんてこったい」
ぼやきながら天を仰ぎ見た。
無理からぬことだとは思うのだが、他の面子は首を傾げている。
何事かと思っているのだろう。
エリスなんかは気付いて苦笑しつつ頷いていたりするのだが。
それを見たマリアも察したようだ。
「旦那よ、どうしたのだ?」
ツバキが聞いてくる。
こういうのに敏感なツバキが聞いてくるとは珍しい。
どうやら、そんなはずはないと思い込んでいるようだ。
「もしかして……」
俺が答える前にレオーネが声を掛けてきた。
口振りから察するに気付いたようだ。
半信半疑ではあるみたいだけど。
リオンも目を丸くしているな。
同じ結論に達したと見ていいだろう。
「ハルト様の番号だったんですか?」
即座に、そしてストレートに聞いてくるリオン。
「その通りさ」
「なんと、左様であったか!?」
ツバキが思った以上に驚いた反応を見せた。
やはり俺が最初から脱落するとは思っていなかったようだ。
『まあ、単純計算で15分の1の確率だからなぁ』
9割以上は何事もないはずなのだから、思い込みがあっても仕方ないのかもしれない。
「何と言ったら……」
困惑顔のレオーネ。
デリケートな問題だと思ったのだろう。
言葉を探すのに難儀している様子だ。
「ごめんなさい?」
リオンが疑問形で答えているが、それはどうなのだろう。
彼女なりに考えた結果なのは分かるのだが。
「それは、ちょっと違うんじゃないかなぁ」
苦笑しながらミズキがツッコミを入れている。
「凄い確率ですね?」
そこにクリスが参戦してきた。
クリスも一生懸命に考えたようだが、どこかズレている。
本当に天然モードのスイッチが入ってしまったようだ。
「それも違うだろう」
苦笑しながらツバキが言った。
俺も同感だ。
そもそも、言うほど凄い確率でもない。
少なくとも奇跡的とは言えないはずだ。
「では、ナイッシューはどうかしら」
今度はエリスだ。
妹の天然ボケにイタズラ心をくすぐられたと言わんばかりのいい笑顔をしている。
『わざと天然ボケを装うとか、ツッコミ待ちか?』
おそらくは罠である。
危うくツッコミを入れてしまうところであった。
「いや、それバスケとか他のスポーツの掛け声だろ」
俺じゃなくてトモさんがツッコミを入れる。
援護してくれたみたいだ。
俺が言うのと違って切り返しようがないのかエリスが残念そうに苦笑していた。
それを見て困ったように嘆息するマリア。
イタズラも程々にと言いたげに見える。
『やっぱりカウンターで何か言うつもりだったんだな』
「俺のことはいいから、ゲームを続けて」
「そうでしたっ」
リオンが少し焦った様子でフィールドに駆け込んだ。
自分の順番を忘れていたみたいだな。
「行きます」
右手を挙げて宣言した。
ササッと蹴る体勢に入る。
『あー、そんなに慌てると……』
リオンがろくに球筋を確認することなく手玉を蹴った。
カチンカチーンと音を立てて手玉の軌道を変えながら連続で的玉に当たる。
最初に当たったボールはサイドポケットに向けて転がっていった。
これがリオンの本命だ。
ふたつの的玉に当たったのは偶然に過ぎない。
だからリオンは最初のボールしか見ていなかったのだが。
「あっ……」
すぐに「しまった」という顔をする。
明らかに軌道がずれているのだ。
最期まで見届けるまでもなくポケット横のクッションに当たって的玉がと跳ね返った。
一方で、もうひとつの的玉はコーナーポケットへ向かって押し出されていた。
スルスルと転がっていく。
「あっ!」
ミズキが口元に手を当てて短く叫ぶ。
早くもポケットに嫌われるであろうことを見切ったようだ。
他の面子も同様に渋い表情をしている者が多い。
直後、3番の的玉がポケットに到達する直前でダダダッと激しく揺れ動いた。
残像を残すようなバイブレーション。
俗に言うツノに蹴られたってやつだ。
そして3番はスルリとポケットの前に躍り出た。
『運のない弾かれ方をしたな』
逆に行けば、あるいはポケットに落ちていたかもしれないのに。
「「「「「あー……」」」」」
見守っていた皆の嘆きが重なった。
約1名が密かに胸をなで下ろしたような表情をしているけどね。
対してリオンはサバサバしたものだ。
「ふぅっ」
しょうがないとばかりに嘆息するだけである。
悔しがるリアクションも見られない。
『入らなくても負けではないからだろうな』
次のプレイヤーの邪魔にならぬよう手近なレールに向かって来た。
俺の方だったりするんだけどね。
その表情からは悔しさも焦りも読み取れない。
まだ多くの手玉が残っているから読み合う状況でもないしな。
読んでくれてありがとう。




