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984 ミスは続くよ

 俺の方へ向かって来るリオンの表情に余裕がある。


『ということはリオンの持ち玉が3番でないのは確定だな』


 意図的に狙って失敗なんてことは考えられない。

 ポケットから少し離れてしまったが、次は確実に落とされるだろう。

 手玉も近くに残っているし。


 あえて難しいのに挑戦するなら話は別だがね。


 自分の順番で撞けるのは1回だけだ。

 そう考えると無いとは言い切れないか。


『次、誰だっけ?』


 それ次第で3番の運命が決まるだろう。

 というのは些か大袈裟ではあるかな。


「失敗しましたー」


 苦笑しながらリオンがレールに上がってくる。


「残念だったな」


「いえ、焦りすぎでした」


 自己分析はできているようだ。

 同じミスを続けることはなさそうである。


「それはあるか。

 もう少し慎重にやっていれば角に蹴られなかったかもな」


「え?」


 リオンが怪訝な表情をした。


「どうした?」


「いえ、あの……

 ツノで蹴るなんてあり得るんでしょうか?」


 困惑しながらリオンが聞いてきた。


『あー、そっち方面に考えちゃったかー』


 牛とかオーガの角を連想しているであろうことは容易に想像がつく。


「クッションのカドの部分をそう呼ぶんだよ」


「あっ」


 リオンが恥ずかしそうに赤面している。

 勘違いは確定的だが、そこは指摘しない。

 イジメッ子的な真似をすると感じ悪いだろ?

 恥ずかしがるのが可愛いから見たくなる気持ちがないと言ってしまうと嘘になるがね。


『とにかくスルーだ』


 嫌われるのは嫌だもんな。


「角度によっては、ああいう風に蹴られることになるから注意しないとな」


「は、はい、気を付けます」


 何故か直立の姿勢になってしまった。

 相当テンパっているようだ。


『もしかして俺が思っている以上に恥ずかしかったか?』


 こればっかりは本人でないと分からないからな。


「もっと肩の力を抜こうぜ。

 これは遊びなんだからさ」


「はい……」


 またしてもリオンは赤面してしまった。

 焦って仕事モードになりかけた自分が恥ずかしいってところか。

 泥沼にはまり込んだ気分だ。


『上手くいかないもんだな』


「ほらほら、リラックス」


 そう言われてリラックスできるなら苦労はしない。

 リオンも赤面状態を維持したままだ。


 が、しかし……


「でないと次もツノってしまうぞ」


 そう言った途端にリオンの表情が変わった。

 不思議そうに俺の方を見てくる。


『おっ』


「何ですか、それ?」


 赤面していたことも忘れたかのように聞いてきた。


「ツノってしまうのことか?」


「はい」


「角に蹴られるのをツノるとかツノられたなんて言ったりもするんだ」


「そうなんですか?」


 可笑しかったのかリオンがクスクスと笑い出す。


『何がツボにはまるか分からんな』


 思った以上に効果があって、ちょっとビックリだ。

 だが、こちらの方が恥ずかしがるリオンより可愛いので結果オーライと言える。


 どうにかリオンが落ち着いたみたいで一安心だ。

 観戦に戻るとしよう。


 ちょうどトモさんが手玉の前に立ったところだ。


「トモさんの番か」


「3番は簡単に落とせますね」


 ちょっと悔しそうにリオンが言った。

 ミスショットしたことを思い出したのだろう。

 それでも引きずってはいないようだ。


「どうかな」


「え? でも……」


 リオンが戸惑うのも無理はない。

 3番の的玉はコーナーポケットの真ん前にあるからな。


 そして手玉は、そのコーナーからさほど離れていない。

 普通に蹴れば確実にポケットインするだろう。

 手玉も一緒に落ちない限りは何の問題もないはず。


 だが、俺は普通の結果にはならないと思っていた。


「フハハ、諸君には我が妙技を御覧に入れよう」


 芝居がかった身振りを交えて宣言するトモさん。


『やっぱり……』


 ここにマイカがいたらケチをつけていたことだろう。

 鼻で笑いながら「妙技ィー?」とか言いそうだ。


 が、マイカはこの場にはいない。

 そんな訳で誰からのツッコミも入らなかった。

 トモさんが、ちょっと寂しそうにしている。


『ツッコミを入れてほしかったんだな』


 それでも皆を待たせる訳にはいかないと思ったのだろう。

 トモさんは手玉の周囲を見回すと立ち位置を変えて蹴る準備を始めた。


「あれ?」


 リオンが首を傾げた。


「どうした?」


「3番を狙うには見当違いの方向を向いていますよ」


 リオンの言うようにトモさんは3番に対して、ほぼ真横を向いている。


「あー、トモくんったら格好つけようとしてるー」


 ミズキがそんなことを言いだした。


「端から端までのバンクショットで3番を入れるつもりなんでしょう」


 確かにそういう立ち位置だ。

 それはそれで高度な技術を要求される。

 距離が伸びれば少しのズレも最終的に大きくなるからね。


 だからミズキの指摘に疑問を投げかける者はいなかった。

 が、トモさんは不敵にフッと笑みを浮かべただけだ。


「あれは違うと言いたいんだろうな」


「えっ、じゃあ他のボールを狙うんですか!?」


 リオンは驚きに目を見開くが、それなら「妙技」などとは言わないだろう。


「今こそ見るがいい。

 我が華麗なるショットを」


 なんか仕事用の声まで使ってますよ。

 それだけでは終わらない。


「とおっ!」


 何故か掛け声を発して真上にジャンプした。

 そして落下の勢いを利用して踏みつけるようにボールを蹴る。


『これ、掛け声いらないだろう』


 俺の内心のツッコミなどお構いなしにボールがズルリと押し出された。

 そして強烈なスピンがかけられたボールが横滑りしながら曲がり始める。


「「「「「曲がった!?」」」」」


 見ていたほとんどの面子が驚きの声を上げる。

 先程までビリヤードを知らなかった面々にしてみれば驚きに値するか。


「凄い!」


 リオンが息をのむ。


「マッセという技だな。

 本来は邪魔な的玉を避けて狙う的玉に当てる時に使うんだけど」


 そういう邪魔な的玉はない。

 というより隠し球のルール上、どのボールを狙ってもいい訳で。


「マッセを使う意味がないんだよな」


 見せ技にしかならない。

 あれを正確にコントロールするのは容易なことではないからな。

 妙技と言うだけはあるのだ。


 が、それもちゃんと的玉に当たってポケットインすればの話。

 トモさんの蹴り出した手玉はギリギリのところで先にクッションに当たってしまった。

 そして跳ね返った直後に3番へと当たる。


 その結果、3番の的玉はポケットから離れた場所に引きずり出される格好となった。


「ノオ──────ッ!」


 オーバーアクションでトモさんが膝から崩れ落ちる。

 マッセをミスショットするのは読めていたが、ここまで悔しがるとは。


『役者だねぇ』


 なんにせよ、ひとつも的玉を落とせずトモさんの1回目が終了した。


「悔しがるなら外に出るのだな」


 ツバキが注意すると──


「おっと、これは失礼」


 謝りながらトモさんは立ち上がった。

 そしてスゴスゴと帰ってくる。


「せっかく格好つけたのにねー」


 白い目で見ながら手厳しい言葉をかけるミズキ。

 弟に向ける目は厳しいものだ。


 が、それはトモさんの思惑通りだったりする。


『見事に騙されてるなー』


 問題は他のプレイヤーが引っ掛かったかどうか。

 ギャラリーが騙されても意味はないからな。


「次はクリスか」


「クリスちゃん、頑張れー」


 リオンが声援を送った。

 クリスもそれに応えて笑みを浮かべながら手を振っている。

 対戦している相手にエールを送るのってどうなんだろう。


『まあ、遊びだしな』


 それよりも気になるのは──


『いつの間に仲良くなったんだ?』


 ということだろう。

 答えは分かっているけどね。

 俺の留守中なのは言うまでもない。


 自分の奥さんのことを把握してなかったのは恥ずべきことだ。

 反省はしている。

 後悔もちょっとしているな。


 離れていても、手隙の時間にメールをするなどコミュニケーションを取るべきだった。

 こういうところでも俺の選択ぼっちの後遺症が出てしまっている訳だ。


 言い訳にしかならないが。

 重ね重ね情けないと思う。


『次からは気を付けよう』


 俺は密かに誓った。

 こんなこと口外しようものなら何を言われるか分かったもんじゃないからな。

 正座とか普通にさせられそうだ。


 そんなこんなで俺が反省している間にクリスが準備を進めていた。


『ん、なんだ?』


 クリスが手玉の前でブツブツ呟いていたようだが聞きそびれてしまった。


 まあ、気にすることもないだろう。

 手玉の位置は複数の的玉を狙える位置にあるからな。

 どれを狙うかでゲームの流れは変わってくるけれど。


読んでくれてありがとう。

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