950 翌朝の静かな騒動
カーターが泣くとは思わなかった。
それも感涙の類なら歓迎すべきものだろう。
『まあ、カーターの友達の少なさが招いた結果とも言えるんだけど』
それを口にするのは野暮というものである。
俺も人のことは言えないのだから。
なんたって元選択ぼっちなのだ。
『自慢することじゃないわな』
とにかく祭りのプレオープンで友達を持て成すイベントは、ほぼ終わった。
後は送り届けるだけである。
輸送機に乗り込んで時間調整をしながら飛んで行くだけの簡単なお仕事です。
え? 魔物の襲来があるかもしれないから油断するなって?
ごもっともと言いたいところだが……
光学迷彩を駆使した空中空母の護衛付きだから何かあっても俺の出番はなかったりする。
そんなことより厄介な事件が翌朝に待ち受けていたのだ。
飛んでいる間は想像だにしていなかったがね。
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早朝の時間帯にゲールウエザー王国に到着。
王城の庭に着陸態勢に入ると、出迎えの面子が距離を開けて囲むように待ち受けていた。
もはや手慣れたものだ。
エーベネラント王国では、まだここまでは対応できないと思う。
そのうち慣れるだろうけどね。
あれこれ考えている間に着陸態勢に入った。
そして音も振動もなく着陸。
後部ハッチを開いて降りていく。
とりあえずカーターたちも一緒だ。
再び乗り込むことにはなるんだけどね。
「いま帰った」
食いしん坊モードでないクラウドのオッサンは、やはり王だ。
そう思わせるだけの威厳がある。
出迎えのために並んだ一同が頭を下げた。
その後は土産の受け渡しや挨拶という流れになったのだが……
そこに足早で迫り来る人影があった。
走ってはいないようだが速い。
競歩選手かと思うようなスピードでグングン迫ってくる。
神官服に身を包みフードを目深に被っているため顔は見えない。
更にその後を追う神官服が数名。
追いすがるうちの1人が先頭に立つ感じだ。
スキンヘッドのオッサンみたいだけど、偉いさんなんだろう。
背後に2人の女神官を従えている。
まるでフォーメーションを組んでいるかのようだ。
そんな風に思ってしまうのはゲームのやり過ぎだろうか。
俺は単独出撃の方が好きなんだけどね。
『お?』
スキンヘッドの足取りがどうにも危なっかしい。
足元がもつれるような感じで体が泳いでいる。
よく見れば爺さんだ。
息も絶え絶えな感じでへばっている。
「おいおい、大丈夫か?」
俺の言葉に周りにいた者たちが神官服たちの方を見た。
「マグ枢機卿か」
ダニエルが言った相手はスキンヘッドの爺さんのようだ。
「あの爺さんかい?」
「はい」
爺さんの危なっかしい足取りが気になるらしく、こちらをチラ見して短く返事してきた。
「年なのに無茶するなぁ。
追いかけっこなんぞは若いのに任せればいいんだ」
暖気な調子でお気楽なことをいっているのはクラウドだ。
もうすぐゴールなので今更な発言である。
そしてフードを被った神官が俺の前に来た。
遅れてマグ枢機卿とかいう禿げジジイが到着。
着くなり膝と手をついて息を荒げる。
ゼーハーしながら上を仰ぎ見た。
『相当、苦しそうだな』
禿げジジイには天国の階段が見えているかもしれない。
クラウドのオッサンが言ったことも納得の痛々しい姿であった。
付き従う感じの2人の神官が介抱している。
そちらは相手をしようとすると時間がかかりそうなので、とりあえずシカトした。
俺に用があるのは先頭を駆けるような勢いで歩いてきたフードの神官の方だろうし。
後はオマケみたいなものである。
フードの神官は追ってきた他の3人より素早く息の乱れを整えた。
さほど乱していなかったというのはあるがね。
そしてフードを後ろへと下げる。
素顔が露わになったが、それは顔見知りのものであった。
神官ちゃんである。
まあ、その呼び方は俺の中だけでのことなんだが。
「久しいな、シーニュ・ヴォレ」
俺が呼びかけると、頷きで返してくる。
少し目の下の隅が気になった。
「どうした、寝不足か?」
「仕事」
ボソリと呟くように答える。
「忙しかったのか」
コクリと頷くシーニュ。
それは残念なことだ。
出発の時に顔を見せていれば誘っていたのだが。
「代役」
再び呟くように言ってきた。
「は?」
「本来であれば非番だった」
「一昨日は顔を見せられたはずだったと?」
コクリと頷いた。
何故か表情が険しい気がする。
神官ちゃんは表情が読みにくいタイプだからな。
ノエルで慣れていなければ気付かなかっただろう。
「で、どうして怒っているんだ?」
俺がそう聞くと他の面子は驚いていた。
シーニュが怒っていることに気付かなかったらしい。
「騙された」
「はあっ?」
「仮病で仕事をサボった人間の代役をさせられた」
「あー」
それは誰だって怒る。
「私もお祭りに行きたかった」
それは、どうしようもない。
既にゲストが帰ってきているからな。
今更、日程を1日追加なんてできないし。
「俺に言われてもな」
サボった奴を糾弾したところで時間は巻き戻せない。
そもそも、咎める権限は俺にはない訳で。
「サボり魔をお仕置きしたいなら上司に言うべきでは?」
「話にならない」
シーニュは鋭い視線で振り返った。
たじろぐ禿げジジイと他2名。
ようやく立ち上がれたところに睨み攻撃を受けては堪ったものではないだろう。
まあ、自業自得っぽい雰囲気だが。
「サボり魔の共犯とかいう訳じゃないんだろ?」
一応、確認してみる。
「処罰できないなら共犯も同然」
「へえ、穏やかじゃないな」
禿げジジイは枢機卿と呼ばれていた。
西方における教会内の地位では一番上だったはず。
その下に司教、司祭、助祭と続く。
【諸法の理】で確認済みだ。
一般人はみんなひっくるめて神官と言うらしいが。
魔法使いに対する認識に近いものがあると思った。
俺も似たようなものだ。
シーニュのことを勝手に神官ちゃん呼ばわりしているんだからな。
とにかく偉い人間が下の人間を処罰できないのは問題である。
俺は禿げジジイではなくダニエルの方を見た。
まさか見ず知らずの相手に殺気を叩き込む訳にもいかないからな。
たとえ【気力制御】で殺気をコントロールしていたとしても。
相手は他国の民である。
だからダニエルに確認してもらおうって訳だ。
宰相の追及を突っぱねられるなら俺も考えるさ。
「どういうことかな、マグ枢機卿」
ジロリと睨みをきかせるダニエル。
「そっ、それは……」
憐れな中間管理職のような震え上がりようを見せる禿げジジイ。
「大方、貴族の子女なんだろう」
クラウドが気のない感じで言った。
適当な指摘なのにビクリと体を震わせる禿げジジイ。
残りの2人も気まずそうだ。
「後で其奴を連れて来い。
神官としての職務を放棄する者など我が国には不要だ」
それを見たクラウドが、さっさと処分を決める。
『王様モード入ってますなぁ』
これで食いしん坊じゃなきゃね。
「放逐しますか?」
ダニエルが確認するように問いかけた。
こちらも宰相モードに入ったようだ。
「無論だ」
「こっ、困りますっ。
あの者は神官としての才に恵まれております。
いなくなれば、我が国の損失となりましょう」
「はあっ?」
クラウドが威圧するように顔を歪めた。
少しも殺気立ってはいないが、禿げジジイたちには十分効果的なようだ。
3人ともたじろぎ体を硬直させていた。
「バカなのか、お前は。
使ってこそ磨いてこその才能であろう。
それをせぬ者に才覚があるなどとは言わぬ」
「当然ですな」
ダニエルも即座に同意する。
「まして貴族の子女であるなら国のため国民のために率先して働くべきなのだ」
ノブレス・オブリージュってやつだな。
フランス語だそうだけど。
本来の発音に近づけるならノブレッソブリージュらしい。
「それを親の威光を笠に着て身勝手に振る舞うとは論外である」
なんにせよ貴族としての義務はゲールウエザー王国では常識なようだ。
滅んでしまった何処かの泥棒国家とは違うってことだな。
「親にも責があるな。
その貴族には子への教育が行き届かなかった罰を受けさせねばならん。
上級貴族であるならば降格もあるだろう」
なかなかに手厳しい。
おそらくはクラウドが言った通り降格になるだろうからな。
下級貴族の家に生まれた者が調子に乗るとは考えにくいし。
他所の国では話も変わってくるだろうが。
「う……」
禿げジジイは何も言い返せない。
親が処罰されるとあっては本人を無罪放免とする訳にはいかないしな。
「もちろん、最も罰を受けるべきは当の本人であるがな」
そしてダニエルがダメ押しをする。
「ああ……」
禿げジジイはガックリと肩を落とし諦観のこもった溜め息をついた。
読んでくれてありがとう。