944 誰も食べ尽くせとは言ってない
全員が席についた。
いよいよ夕食である。
ラウンジにあるステージでスタンバイしていた子供組がゆっくりと演奏を始めた。
琴、三味線、尺八などの和楽器による穏やかな調べ。
「ほう、ミズホ国の曲ですかな?」
耳を澄ませていたオルソ侯爵が聞いてきた。
「ああ」
「落ち着いた雰囲気の曲ですね」
フェーダ姫が目を閉じ笑みを浮かべる。
「こういう音楽だと気が散らずに食べられそうだ」
カーターが苦笑している。
賑やかしの曲を聴かされながら食事をするようなことがあったのかもな。
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さて、今回は豪華幕の内弁当がコンセプトだ。
御飯だけで一段を使っている。
とはいえ白飯で埋め尽くされ中央に梅干しなんてことはない。
俵型のコンパクトなおにぎり各種が並んだもので見栄えも工夫されている。
練り梅、おかか、ゴマ、ノリといったオーソドックスなものに始まり。
山菜の炊き込み御飯、ピラフ、パエリア風、カレーチャーハンなどなど。
バリエーションに富んだ内容になっている。
二の重は魚介と肉で占められていた。
三の重は野菜である。
メイド姿の自動人形によって重箱が展開されると──
「「「「「おおーっ」」」」」
感嘆の声が聞こえてきた。
「これは豪勢なっ」
クラウドは歓喜している。
さすがに体を踊らせて感激を表現するようなことはしないがね。
エーベネラント組もいる訳だし。
え? さっきは踊ったって?
アレは一種の暴走だからな。
ダニエルの拳骨をもらって大人しくなった今、再び暴走するとは考えづらい。
暴走しないと言い切れないところはあるがね。
気になるところなので鍵を握りそうなダニエルの方を見た。
「……………」
黙して語らずといった風情のダニエルだが獲物を狙う猛禽のようにクラウドを見ている。
『あれじゃあ迂闊な真似はできんか』
ただ、御飯におかずにと忙しなく視線を彷徨わせている。
すべてを攻撃対象としてロックオンしていくかのようだ。
各種おにぎりを堪能し。
肉系はコロッケ、焼売、酢豚、ミートボール、鳥の照り焼きが特に気になったようだ。
魚介系は、まずエビ天をロックオンすることから始まる。
そして鯛と紅鮭の塩焼き、ホタテ、アワビ、昆布巻きと強く視線を浴びせていた。
野菜系へと移っても興奮は覚めやらぬ様子。
煮染めなんて渋いものを見ても見慣れないものを見たと言わんばかりに目を輝かせる。
ポテトサラダや栗きんとん、野菜の天ぷらなども興味を引いたようだ。
まあ、他にもおかずは色々あるのだが。
「これは食べきれないよ、ハルト殿」
「私もです」
苦笑するカーターとフェーダ姫。
そりゃそうだ。
三段重を1人ひとつで割り当てているんだから。
しかも、それなりに大きいものである。
それぞれの料理はコンパクトにしたけど品目が多くしたらこうなった。
一段だけでも小食な者であれば持て余すだろう。
クラウドだって三段すべてを食べきることはできないようにした結果だ。
反省はしていない。
後悔もしていない。
下手に食べきれる量にするより食べきれないと最初に思わせるようにしたのだ。
そうすりゃ、さすがに諦めるだろう。
必然的に残すものを選ぶようになるって訳だ。
え? そんなに上手くいくはずがないって?
同感である。
とはいえクラウドの連続おかわりを抑えられる手はこれだけなのだ。
先程の奇行じみた失敗で反省して自重してくれればいいんだけど。
今のところは大人しいけどね。
ダニエルに拳骨を落とされているのが効いているようだ。
『王とは一体……』
なんてことも思ったが、前にも似たようなことはあった。
今更だろう。
とにかくクラウドの自重に期待して何の手も打たないのはバカのすることである。
おかわり攻撃を封じた上で、どれだけ我慢させられるかが鍵になるだろう。
カーターたちの目があることを考えると五分五分と思われる。
けっこう厳しい。
『いや、さっきの歓喜の踊りを考えると五分は期待しすぎか』
拳骨のダメージがどれだけ残っているか次第な気がする。
万が一の時はダニエルに丸投げするとしよう。
「さすがに全部を食べきって欲しいなんて言わないさ」
クラウドのオッサンは「え?」というようなキョトンとした顔をしたけれど。
その意外そうな表情が、とてつもなく嫌な予感を呼び起こす。
『マジか、おい』
全部を食べきれる訳はないというのに。
この食いしん坊は食べ物のことになるとバカになるらしい。
先程の奇行ダンスも頷けるというものだ。
それと食べ過ぎて引っ繰り返るのもな。
普段はそんなことがないと聞くし、何がどうなっているのかサッパリだけど。
『もう、いいや。
丸投げ決定っ』
他の皆との応対に集中するとしよう。
「食べきれない分は持ち帰ってくれればいい」
「なるほど、そういうことか」
カーターが納得がいったという風に頷く。
「残った分はお土産になる訳だね」
「そういうことになるな」
そのこともあって重箱に詰めたのだ。
帰って蓋を開けたら驚くんじゃないかな。
食べた分を補充する予定だから。
ちょっとしたサービスってところだ。
蓋を開けてぎっしり詰まってる方が見栄えもいいし。
少ないとグシャグシャにならないようにするのも気を遣うからね。
「腐らないよう重箱には腐敗防止の魔法を施してある」
持ち帰っても食中毒を起こしたのでは意味がない。
「1週間は常温で保管しても痛んだりはしないぞ」
「「「「「おおっ!」」」」」
どよめくオッサン組以外の一同。
「ただし、重箱から出してしまうとアウトだけどな」
「そうなのかい?」
カーターが聞いてきた。
「範囲指定の魔法だからな。
料理に魔法をかけるとなると個別にしないといけないし」
「ああ、手間が増えるのか」
「そういうこと」
だったら魔道具にすれば、もっと手間がかからないのではと言われそうだが。
それをすると重箱の価値が跳ね上がってしまう。
先方が受け取るのを躊躇うような高価なものを土産にするのは考え物ってことだ。
それと安易に魔道具を流出させるのも問題ありそうだし。
「とにかく、腐らないのはありがたいね」
カーターが笑みを浮かべながら頷いた。
「そして面白い。
自分で選びながら残してお土産にするとは斬新だなぁ」
「でも、これは選ぶのが大変ですよ」
困ったようなことを言いつつフェーダ姫は楽しそうな顔をしている。
「ああ、どれも美味しそうだね」
応じるカーターも笑みを浮かべながら嘆息していた。
「なるほど……」
そう言って頷いたのはオルソ侯爵だ。
「ミズホ国のフルコースは一度に出るのですね?」
何処か感心した様子で聞いてくる。
「確かに見た目は豪勢だが……」
爺さん公爵は首を傾げている。
「最後に食べる料理が冷めてしまうのではありませんか?」
それは聞かれるだろうと思っていた。
予想通り過ぎて思わず苦笑が漏れそうになったさ。
【千両役者】を使うまでもなく抑え込んだけどね。
その間に──
「おそらく、いつ食べてもいいように作られているのでしょう」
オルソ侯爵が自分で推理したであろうことをを口にしていた。
「いつ食べてもいいように?」
怪訝な顔をする爺さん公爵。
「何よりもまず腐りにくいように調理している訳です」
「ほう、それでか」
「それだけではありません。
この調理によって冷めた状態でも味わい深くなっているものと思われます」
『なかなか鋭いな』
料理を見ただけで調理法がある程度まで分かってしまうようだ。
目が肥えていると言うべきか。
ただ、それは贅沢をしてきたからではない。
逆だからこそ工夫を重ねて調理法などに詳しくなったのだと思われる。
オルソ侯爵の意外な特技を垣間見てしまった。
「冷めた状態でも、とな?」
「普通の料理は温かい状態で出すことを前提にしていますが」
「うむ」
「それでは今宵のように、いつ夕食が始まるか読めない状況では大きな負担でしょう」
「確かに読めぬな。
夕日にあれだけ感動するとは思わなんだわ」
日が沈むまでの光景を思い返しているのか、爺さん公爵が目を閉じて頷いている。
「なるほど、ヒガ陛下とて我々の心が読める訳ではない。
ワシ自身が読めなんだのだからな。
タイミングが大きく変わる中で待たせずに用意することは確かに負担であるか」
うちの場合は空間魔法で亜空間倉庫を使えば解決する問題だけどな。
さすがに、そこまで公開するつもりはないので今回のようなスタイルになった。
「問題は食べられるものになっているかだろう」
『ハードル、低っ』
何を基準にしているんだか。
「宰相閣下、いま言いましたよ」
オルソ侯爵が苦笑する。
「うん?」
「冷めた状態でも味わい深くなっていると」
「おお、そうだった。
つい保存食を思い出してしまってな」
「間違っても塩漬け肉のような保存食ではありませんよ」
『……………』
どうりで基準が低い訳だ。
西方の保存食は塩っぱすぎて、お湯で塩抜きしてもまだ塩辛いのが多いからな。
うちのPバーはそんなことはないけれど。
ただ、西方じゃ普及するのはこれからだし。
「あのように無粋な味のものをヒガ陛下が出されるとは思えませぬ」
「……そうであったな」
現場で色々と見てきたオルソ侯爵との差がここでも出てしまったようだ。
「そのあたりは自分の舌で確かめるといい」
延々と話し続けられても困るので割って入る。
オルソ侯爵は何かに気付いたような表情になって小さく頷いた。
少しばかり申し訳なさそうに見えるのは気のせいではないだろう。
俺の意図を察してもらえたらしい。
おあずけ状態のクラウドがいるしな。
読んでくれてありがとう。