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945 美食評論家?

「さて、それでは食べようか」


 長々と食前の挨拶なんてしてられない。


「どうぞ、召し上がれ」


 皆を促した。

 そして食事が始まる。

 ホストとしてイベント後の夕食で挨拶しないのはおかしいのかもしれない。


 が、そんなことしてたらクラウドのオッサンがフライングしかねないからな。


『暴走なんてされて堪るかっての』


 現に誰よりも早く箸を手に取って食べ始めている。

 迷う素振りも見せなかったさ。


 重箱が開いたときから入念に脳内でシミュレートしてきたのだろう。

 それだけ待たされたと感じていたってことだ。

 よく我慢できたものである。


 拳骨の効果は思った以上にあったらしい。

 次は拳骨ではなく、おあずけの刑になる恐れもありそうだし。

 ダニエルは言及していないが、それくらいはやりそうだ。


 身内だからこそ通じ合える部分があるだろう。

 暗黙の了解になっていてもおかしくはない。


『そうなったらクラウドのオッサンには最悪の事態だな』


 指をくわえて見ているしかできないなどクラウドには耐えられまい。

 それを思えば我慢できたってことなんだと思う。


 で、その反動が素早い箸の動きとなって現れた訳だ。

 誰よりも素早くカレーチャーハンのおにぎりを掴む。


 箸の扱いも手慣れたものである。

 慣れないエーベネラント組と見比べるまでもない。

 そこには歴然とした差があった。


『普段から箸を使う練習をしていそうだな』


 まるで獲物を狩る猛禽のように機敏な動き。

 もしくは百人一首で上級者が競り合うような動きとでも言えばいいだろうか。

 誰にも奪わせはしないという気迫すら感じられるのだ。


『それはクラウドの重箱だから、誰も取らないって』


 つい、内心でツッコミを入れてしまったさ。

 呆気にとられて苦笑すら出てこない。


 だが、クラウドは俺の内心など知る由もない。

 琥珀色を少しくすませた様なおにぎりをサッと口に放り込んで咀嚼を始めた。


 早い、咀嚼がとにかく早い。

 そして徹底して噛んでいる。


 急ぎつつも味わいし尽くそうとしているのだ。

 欲張りなオッサンである。


 イケメンな王の面影などそこにはない。

 ただただ残念風味なオッサンがいるだけだ。

 当人はまるで気にしていないようだが。


「うん、旨いっ」


 咀嚼が終わって飲み込んだ後の一言である。

 そう言ってくれるのは嬉しいのだが。


『早っ!』


 飲み込むまでの時間がとにかく短い。

 ろくに噛まずに飲み込んだのかと思えるほどだ。

 そうでないのは、ずっと見ていたので間違いは無いのだが。


「ピリッとした感じが程良い刺激で良いな。

 鼻に抜ける何とも言えない香りが食欲をそそる」


 今回は次のターゲットに手を伸ばす前にコメントを残している。


『評論家にでもなったつもりか?』


 そんな訳はない。

 西方に料理評論家などという職業は存在しないからな。


 他の面子に気を遣ったのだろう。

 ガッツ食いになっていないし。

 食事中のクラウドにしては珍しいと言うべきだろうか。


 続いて一口サイズのコロッケがクラウドの口の中に消えていく。

 これも咀嚼が早い。

 そして、おにぎりの時よりもストロークが短いようだ。

 飲み込むまでの時間が更に短くなった。


「これも素晴らしい」


 ウンウンと頷いている。


「表面の皮のような部分のサクッとした感触。

 中の具材のしっとりとした柔らかさ。

 歯に伝わる感触の小気味よさは独特のものであった。

 味も複雑だ。

 メインの具材のほのかな甘さに肉の風味が乗っているだけではない。

 後から湧き上がるように舌の上を伝わってくる柔らかい刺激があるな」


 コメントが長い。


『何かいつもと違うなぁ』


 コメントする時間すら惜しむと思うのだが。

 箸の動きも素早いしな。


 鯛の塩焼きが掴まれて口へと運ばれた。

 咀嚼はややスピードダウン。

 ストロークが長くなったせいだ。


 何を食べるかによって変わるとか芸が細かい。

 堅さや弾力などで変えているのだろう。

 これも、あっと言う間に咀嚼は終わったがね。


 そして俺の方を見る。


『何だ?』


「これは何という食材かな?

 肉とも違う味わいがある。

 塩の中から湧き出てくるような甘みもあるな。

 食感も異なる。

 しっかりと引き締まっているようでいて、ほぐれるような不思議な感じだ」


「鯛という魚に塩を振って焼いたものだ」


「ふむ」


 軽く頷くと次の料理に手を伸ばす。

 栗きんとんだ。


「ふぐっ!?」


 口に入った途端にカッと目を見開き一瞬で頬が膨らんだ。


『あー、吹き出しかけたな』


 おかずだと思って食べたら想定外の味に驚いたってところだろう。

 どうにか堪えて咀嚼する。


 その勢いは先程までと何ら変わらない。

 これは最短で飲み込むこととなった。


 柔らかく仕上げてあるしな。

 サツマイモの餡も多めだし。

 堅さや餡の量は作り手によって差の出るところだろう。


「ひたすらに甘いっ」


 飲み込んだ後の第一声がそれだ。

 何故か拳を握りしめて力説している。


「まるでデザートだっ」


 そう言われると否定しづらいところだ。


「色合いと柔らかさがマッチしている部分は見た目通りだが味わいに意表を突かれた」


 言葉だけ聞けば文句を言っているように思えるが、クラウドはニコニコしている。


「これも、また料理なり!」


 胸を反らして強調するクラウドのオッサン。

 ダニエルは無表情で黙々と食べている。

 騒音になりかねないレベルだが許容するらしい。


『まさか俺の方に丸投げしている訳じゃあるまいな』


 これ以上、酷くなるなら絶対に押し付けてやると決意しつつ──


「もう少し静かに食おうぜ」


 注意だけはしておいた。


「あっ、ハイ」


 スッと大人しくなるクラウド。

 どうやら本格的にスイッチが入る前だったようだ。


 まあ、それでも食べるペースは何ら変わらないのだが。

 次は練り梅入りのおにぎりのようだ。

 1回、噛みしめた瞬間。


「────────っ!」


 顔がシワシワになる。

 その状態がしばし続いた。


『梅干しが初めてじゃあるまいに』


 練り梅と分かるよう完全には埋め込んでいないから不意を突かれた訳でもない。

 酸っぱさを堪能しているだけなのかもしれない。


 やがてシワシワを解除して咀嚼を再開。

 今までのような高速ではなかったが。

 故に飲み込むまで時間がかかったのは言うまでもない。


「ふうーっ」


 大きく息を吐き出してお茶を啜る。


「やはり梅干しは酸っぱいなぁ、ハハハ」


 笑いながら言うと、あまり酸っぱいように思えないのだが。

 あのシワシワな顔は何だったのかとなる。

 本人がどう感じるかは自由だけどね。


「1日の疲れが吹き飛ぶようだ」


 満面の笑みでそんなことを言っている。

 イケメンだけにテレビのCMを見ているかのようだ。


 実際に宣伝効果があるらしく何人かが練り梅のおにぎりに手を伸ばしていた。


「「「「「────────っ!」」」」」


 例外なくシワシワの顔面になるのだけれど。

 それでギブアップする者はいなかった。

 中には続けて練り梅のおにぎりに手を出す者までいたほどだ。

 苦手意識を持たれなかったようで何よりである。


 その間にクラウドは焼売と昆布巻きをクリアしていた。

 勿論と言うべきか、あれこれ語っている。

 暴走されても困るので【多重思考】で把握することを忘れてはいない。


 で、焼売の感想はこんな感じ。


「柔らかい。

 だが弾力のある柔らかさだ。

 何とも言えない歯ごたえだな、これはっ」


 ややトーンを落とした感じで力説するクラウド。

 静かにするよう注意したのが効いているようだ。


『食べ物のことで暴走しなけりゃ、まともなんだよな』


 この調子で食べ過ぎなければいいんだが。


「病み付きになりそうな食感だ」


 表現が大袈裟である。

 類似の料理がなかったのだろうか。


 西方はシンプルな料理が多いというのはあるけどね。

 皮で包むという発想が珍しいようだし。


 なんにせよ気に入ったのは間違いないみたい。


 そして昆布巻きである。

 昆布とかんぴょうだけのシンプルなものではなく中心に具材を入れたものだ。


 オレンジ色のがオーソドックスな鮭。

 白いのは意表を突いてイカ。

 紅白で2種類ということだな。


「不思議な味わいだ。

 外側の深い色の部分は味の方も深いコクがある。

 中心の赤と白で食感も味も変わってくるのがいいね」


 いいという割にコメントがあっさりである。

 そのまま次の料理に箸を伸ばす。


『あまり好みじゃなかったな』


 まあ、中にはそんなものもあるだろう。

 そしてクラウドの箸がポテトサラダを掴んだ。


 が、クラウドの口に入ろうかというタイミングで艦内放送が入る。

 最初にポーンと音がした。


『業務連絡、業務連絡。

 複数の大型敵性体が接近中。

 担当者は迎撃態勢に入れ』


「あらま」


 食事中に襲ってくるか。

 無粋な奴がいたものである。

 まあ、憐れな犠牲者でしかないけどな。


読んでくれてありがとう。

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