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943 余韻から夕食へ向かおうとするも……

「死に土産ができたな」


 ニヤリと笑う爺さん公爵。


「縁起でもないことを言わないでくださいませ、旦那様」


 渋い表情で告げる爺さん執事。


「ハッハッハ!

 クレーエよ、老い先長いなどと思わぬのが長生きのコツよ」


 快活に笑う爺さん公爵である。

 一方で、ますます表情を渋くするのが爺さん執事だ。

 諦観を感じさせる深い溜め息が漏れた。


 更に同じような溜め息が追加される。

 2人のやり取りを横目でみていたオルソ侯爵だ。


「年寄りの冗談は笑えんな……

 自分まで老け込みそうになる」


 そう呟いて苦笑していた。


「死に土産とはな」


 クックックと喉を鳴らして笑うダニエル。


「そう簡単に死ぬような玉ではあるまいに」


 遠慮のない言葉である。

 爺さん公爵にも聞こえているはずだが特に気にした様子は見られない。


 むしろ不敵に笑みを浮かべてすらいる。

 昼の間に随分と仲良くなったようだ。


「叔父さんもね」


 ボソッと呟くクラウド。

 こちらも遠慮がない。


「何か言ったか?」


 ジロリと担いだままのクラウドを見るダニエル。


「いいや、何も」


 しれっと答えるあたりは付き合いの長さを感じさせる。


『まあ、身内だからな』


「そんなことより、この光景を目に焼き付けておかないとね」


 誤魔化すための方便のようにも思えそうな一言だが。

 水平線を染め上げる夕日が与えた心理的効果が強かったと言うべきだろう。

 あのクラウドさえ夕食を気にしなくなるほどなのだから。


 ダニエルはフンと鼻を鳴らすも、それ以上は何も言わなかった。

 些細なことに囚われるより景色を見ることを優先したようだ。


『気に入ってもらえたようで何よりだね』


 ゲストたちは水平線が燃えつきるまで見入り続けるのであった。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 月明かりが支配する時間になった。

 何人かが感嘆の吐息を漏らす。

 他の者たちも、しみじみした様子で浸っているようだ。


「堪能してもらえたかな?」


 そばにいたカーターに聞いてみた。


「ああ、これ以上ないというくらいにね」


 大きく頷くカーター。

 感じ入ったものの重みや深さを感じさせる頷きだ。

 決してお世辞で言っているのではないことが、よく分かる。


「素晴らしい時間だった」


 そして子供のように瞳を輝かせて笑みを浮かべた。

 その瞳をフェーダ姫に向ける。


「フェーダはどうだった?」


 そんな風に聞いてはいるが、カーターも答えは確信しているはずだ。

 誰もが満足げに頬を緩ませているのだから。

 そこに例外はない。


 これは感動を共有したいからこその質問だろう。


「叔父様と同じですよ」


 微笑みを返すフェーダ姫。

 連帯感を感じるが故のものであろう。


「あの光景を言葉では表現しきれません」


『そう言ってもらえたのは嬉しいね』


 時間と幻影魔法の調整を頑張った分が報われるというものだ。

 魔力消費なんて微々たるものなんだが。

 即回復したからゼロも同然だし。

 ただ、それでも色々と気疲れはしたからさ。


「それは良かった」


 なんて軽く流す感じで声を掛けたが──


『よっしゃー!』


 内心ではガッツポーズですよ。


 その後も他のゲストたちから声を掛けられて大満足な俺である。

 尻尾があったらブンブン振っていたことだろう。


『最終的に俺が一番満足してる感じだな』


 ちょっと罪悪感めいたものを感じてしまった。

 自己だけの満足で終わらないように気を付けないといけない。


 俺は自分を戒めるべく気を引き締めた。

 まだ、ディナーは始まってすらいないのだ。


「それじゃあ中に入ろうか」


「待ってましたーっ!」


 ガッツポーズまでして歓喜の声を上げる約1名。

 もちろんクラウドのオッサンである。


『疲れるなぁ』


 俺がじゃなくてダニエルが。


 案の定と言うべきか、頭痛を堪えるように右手を額に当てていた。

 その背中が「降ろすんじゃなかった」と語っているかのようだ。


 まあ、担いでいても同じように騒いだのは間違いないんだけどね。


「ヒョー!」


 歓喜のあまり踊り出すクラウド。

 完全に舞い上がっている。

 周囲の視線などお構いなしだ。

 他人からすれば、どう見ても奇行である。


『訂正、担いでいた方がマシだった』


 あれで大国の王なんだからな。

 ダニエルはマジで頭痛を感じていそうだ。

 同情を禁じ得ない。


「調子に乗っていると海に落ちるぞ」


 一応、注意はしておく。


「大丈夫、大丈夫っ」


 Vサインなんかしながらクルクル回っている。

 安全マージンは確保しているようだが目を回せば関係ないだろう。


「落ちれば痛いでは済まないこともあるんだがな」


 大きさがそれなりの船だ。

 高さもそれなりにある。

 変な落ち方をすれば怪我もする。

 高所からの飛び込み経験がなければ、そうなる恐れが非常に高い。


「おおっ?」


 回転がピタリと止まった。

 どうやら高さがあることを思いだしたようだ。


「っとっとっとぉーっ!?」


 クルクルしなくなったはいいが、足元が覚束無い。

 ほとんど千鳥足である。


「あーれー」


 吸い込まれるように船縁へと向かうクラウド。

 このままでは転落して面倒なことになりそうだ。


「言わんこっちゃない」


 溜め息をついて俺は地魔法のメタルワイヤーを使った。

 数本のワイヤーを手元からススッと伸ばしてクラウドの体に巻き付けて拘束。

 そして無造作に引き寄せる。


「ぐえっ」


 拘束されたままの急激な動きに変な声を漏らすクラウド。

 知ったことではないがね。

 そこまで気を遣うのは面倒だったのと戒めの意味があるし。


 ドサリと倒れ込んだのに合わせて治癒魔法で三半規管の揺れを止めておく。


「この辺りの海はヤクモの結界から外れているから魔物も普通にいるんだが?」


 ワイヤーを引っ込めながら言うと──


「すまぬ」


 ションボリした様子で謝ってきた。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 皆を促して船の中へと入ると、そこはラウンジであった。

 目指すは、その奥にある喫茶コーナーだ。

 食堂兼用であるため、それなりに広いスペースが確保されている。


 そこには重箱がセットされていた。


「アレは重箱では?」


 カーターが聞いてくる。

 かなり気になるようで、ウズウズしていた。


「確か漆器でしたね」


 フェーダ姫も興味深げに見ている。


「重箱の使い方は説明していなかったな」


 オッサン組は土産として屋台料理を詰めて渡したので知っているがね。


「料理を入れたりするのに使うのが主なんだよ」


 弁当という概念がないらしく──


「「「「「おおー……」」」」」


 オッサン組以外の面々が感心している。


「まさか、料理の器として使うとは」


 ダイアンが唸った。

 そんな大袈裟に驚くようなものでもないけどな。


「あれなら行軍したときにも使えるでしょうか」


 リンダがダイアンに提案した。

 が、ダイアンは頭を振る。


「使いたくはないな。

 見栄えは良いが、数が揃えられるものでもないだろう」


「安くはないようですね」


 リンダは残念そうだ。

 が、コストのことは頭にあるようで食い下がるような雰囲気はない。


「それに致命的な問題がある」


「致命的ですか?」


「あまり丈夫なものではないだろう」


 言うほど柔でもないがね。


「あ……」


「安易に買い換えられるものでもないし」


 そこは手間がかかっているからな。

 リンダが「しまった!」という顔をする。

 そういうことを考慮していなかったらしい。


『しっかりしてくれ、副隊長』


「乱雑に扱って良いものではないな。

 食事をするだけならともかく、扱いが悪いと傷つきそうだ」


「あー……」


 更に気付かされたという顔になるリンダ。


『事務方の仕事が苦手なタイプだな』


 良く言えば現場で活躍するタイプ。

 悪く言えば脳筋だ。


「確かに、そこを最初に考えるべきでしたね」


 しかしながら融通が利かない訳ではない、と。

 それと指揮能力は高いと思われる。

 でなきゃ副隊長に任命されたりはしないだろう。


「何より保存食があの中に入っていると考えるだけで士気が下がりそうだ」


 外側だけ豪華で中身が貧相だと、悪い意味でビックリ箱になるだろう。

 逆であるなら兵を喜ばせるとは思うのだが。


「それは……

 全体的な士気の低下が避けられないでしょうね」


 落ち込むリンダ。

 自分の提案がすべて裏目に出てしまったのだ。

 これで平然としていられる者は無神経もいいところだろう。


 そういう良くない脳筋タイプとは違うようで俺は好ましく感じた。

 経験を積めば良い隊長になると思う。


「だが、積み重ねできる箱というのは便利そうだ。

 帰ったら色々と考えてみるべきだと思う」


「はい」


 ダイアンのフォローによってリンダも少し元気を取り戻したようだ。


読んでくれてありがとう。

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