942 見せたかったもの
「なんと大きいのだ」
爺さん公爵が唸る。
が、輸送機とそう変わらない大きさなのだが。
海に馴染みがないせいかもしれない。
「このような船が存在するとは……」
オルソ侯爵が途中まで言いかけて、ハッと何かに気付いたように表情を変えた。
苦笑し頭を振る。
「ヒガ陛下の所有物なら当然か」
などと呟いている。
色々と見せた1人だからな。
そう思われるのも不思議なことではない。
「船って、ここまで大きくしても浮くのね」
妙なところで感心しているのは護衛騎士のミリアムだ。
「そこはヒガ陛下の魔道具だからじゃない?」
同じくイザベラが指摘する。
確信が持てないらしく疑問形ではあったが。
「ああ、なるほど!」
訂正するのが面倒なので何も言わないが彼女らの認識は部分的には間違っている。
魔道具という点は正しい。
だが、今の状態は浮くための術式は発動していないのだ。
水中に沈んだり水上に浮いてきたりするためには魔道具として動作するけど。
「驚いたな……
まさか水中から船が姿を現すとは」
ダイアンが呆れたように頭を振った。
「同感です、隊長」
リンダもしみじみした様子で同調している。
「魔道具として考えれば頷けなくはないのですが」
「さて、どうだろうな。
必ずしも魔道具とは限らんぞ」
「まさか!?」
リンダが驚きの声を上げた。
それだけダイアンの言葉が意外だったのだろう。
「十中八九、私も魔道具だとは思うがな。
ヒガ陛下が直に魔法を使っていることも考慮したのだよ」
「あっ……
さすがです、隊長。
その可能性を見落としていました」
「思い込みは危険だからな」
「はい」
『十中八九の方で合ってるよ』
最初は防水とか浸水防止で術式を記述していたんだがね。
どうせならってことで水中潜航が可能なようにした。
なかなか面白そうだろ?
ただ、今回は潜る予定はないけど。
次回以降のお楽しみだ。
今夕のメインイベントの方がインパクトがあるだろうし。
『あるよな?』
微妙に不安を感じたので自分に問いかけてしまう。
念のための確認みたいなものだ。
問題ないはずである。
タイミングも調整範囲内。
仕込みのための幻影魔法に気付かれてもいない。
勘の鋭い者なら違和感を感じてもおかしくはないのだが。
『今のところは大丈夫なようだな』
後はポイントまで行って見せるだけ。
見せるだけなんだが……
どう感じるかまでは俺がコントロールできないからな。
皆の感性に合うことを願うばかりである。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「じゃあ、乗り込むぞ」
本来であれば接舷させてタラップを出すのだが省略する。
風魔法で全員を浮かせてスッと飛ぶ。
「うわっ!」
「ええっ!?」
「きゃあっ!」
などという悲鳴は無視だ。
他にも悲鳴が上がっていたが誰のものかも気にしちゃいない。
無駄な動きは一切せずにサッと甲板上に着地。
「はい、終了」
「ななななんとぉ!?」
爺さん公爵などは引っ繰り返りそうになっている。
あの程度の予告では足りなかったようだ。
「ヒガ陛下、飛ぶなら飛ぶと先に言ってください!」
ダニエルに抗議されてしまった。
激しく頷いて同意する面々。
カーターやフェーダ姫なんかは平然としているのだが。
「おお、悪い悪い。
急いでいたのでな。
見せたいものがあるんだよ」
そう言って煙に巻いて誤魔化しておく。
嘘ではないんだけどね。
「見せたいもの、ですか?」
聞いてきたのはフェーダ姫であった。
「そいつは見てのお楽しみだ」
それ以上、追及されないように答えておく。
「まずは船が動き始めるところを見るといい」
乗り込んで早々に出発。
あっと言う間に港から離れてしまった。
「この大きさでこの速さとは……」
ダニエルが呆れたように声を漏らす。
「そうですか?
輸送機のことを思えば、どうと言うほどでもないと思うのですが」
疑問を口にしたのはオルソ侯爵だ。
「水の抵抗を考えておられるか?」
ジロリとオルソ侯爵を見返すダニエル。
が、その程度で気圧されるオルソ侯爵ではない。
「風に押されるよりずっと重いと仰りたいのでしょう」
特に気負った風もなく言葉を返す。
「む?」
ダニエルが戸惑いの表情を見せた。
即答されるとは思っていなかったのだろう。
そしてオルソ侯爵の言葉の意味を理解すると──
「そうだ」
短い言葉で肯定した。
重々しく言っているつもりなのだろうが、クラウドを担いだままなので締まらない。
降ろすとどういう行動に出るか分からないので仕方のないところではあるが。
「そのあたりはヒガ陛下の魔道具ですからな」
オルソ侯爵は何の気負いもなく、あっさりと告げた。
「……そうであったな」
それを受けたダニエルが一瞬だけ虚を突かれたようになった。
が、すぐに小さく苦笑する。
「この程度で驚くなど今更だったか」
あっさり納得されてしまうと感慨深い反面、なにか物足りなく感じる。
贅沢な悩みだ。
言うほど悩んでいる訳でもないが些か悔しくはある。
だが、そんなのは些細なことだ。
じきに気にならなくなる確信があった。
「さて、諸君」
港の方を見続けている面々に声を掛ける。
「それでは振り返ってもらおうか」
言うと同時に、幻影魔法のカムフラージュをカット。
そして俺の呼びかけに応じる一同。
「「「「「─────っ!!」」」」」
言葉を失うとは、こういうことなのだろうという見本のように全員が固まっていた。
ただただ振り返ったときの姿勢のままで遠くを見続ける。
誰も視線をそらさない。
語る言葉もない。
呼吸することすら忘れているかのように静かな時間が流れていく。
そこにあるのは赤く燃える水平線であった。
半ばまで沈んだ夕日が海を染め上げる光景は彼らの日常にはないものだ。
地平線に沈み行く夕日を見たことはあるかもしれないが、あれとは趣が違う。
どちらがどうとは言わないが未知の絶景であることに代わりはない。
『どうやら出航前に幻影魔法で夕日を見えないようにした甲斐はあったようだな』
でなければ、とっくに誰かが気付いていただろう。
そんなことでサプライズが失敗なんてシャレにもならないからな。
かなりの広範囲で幻影魔法を使うことになったさ。
チャンスは一度きりだし、それなりに気を遣ったつもりだ。
やがて誰かが大きく吐息を漏らした。
どうやら、ずっと息を止めていたようだ。
『そこまでする程のものか』
嬉しく感じる一方で驚きも禁じ得ない。
が、少なくとも1人は狙い通りとなった訳だ。
そして、その吐息を切っ掛けに皆の時間が動き始める。
「綺麗……」
真っ先に口を開いたのはイザベラだった。
「こんな穏やかな赤があるなんてね」
同意するように言葉を紡ぎ出すミリアム。
「……………」
未だに言葉を失ったまま、うんうんと頷くアデル。
「これは海でしか見られないものだろうな」
しみじみと呟くダイアン。
「自分は生涯この光景を忘れることはないでしょう」
リンダが頷きながら言った。
少し離れた場所では──
「こんなに素敵な夕日を見たのは生まれて初めて」
「その夕日に照らされる君も素敵だ」
「あら、そんなことを言っても何も無いわよ」
などというリア充なやり取りをする2人がいた。
誰かはあえて言うまい。
言うべき言葉は「爆発しろ」だろう。
ブーメランで帰ってきそうなので言わないが。
「叔父様、良い思い出になりますね」
夕日を見つめたままカーターに語り掛けるフェーダ姫。
「ああ、そうだね」
同じように応じるカーター。
「これは良いものだ」
まるで、どこかの壺好きな大佐を思わせる発言である。
『縁起でもない』
俺は頭を振った。
あの大佐の死に際の台詞に似ているからな。
『ここは戦場ではないんだがなぁ』
あえて言うなら船じょ……
いや、何でもない。
駄洒落がどうしたって?
知りませんなぁ。
とにかくカーターの台詞にフラグが立たないことを願うだけだ。
洋上だと陸地より魔物の遭遇率が高いからな。
そうでなくても、こういう時に襲撃を受けたりするし。
せっかく良い景色を堪能しているんだからさ。
フラグにも静かにしていてほしいものだよ。
この後の夕食が不味くなってしまうだろ。
読んでくれてありがとう。




