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941 ディナー会場を呼んでみた

 足早に迎賓館を抜け輸送機の前を通り過ぎる。

 先に言っておいたこともあって皆も戸惑うような様子は見せない。

 ズンズン進んで海までやって来た。


「これが本物の海ですか」


 唸るように感想を漏らしたのはオルソ侯爵だった。

 他の面々も初めて直に見る海に興味津々である。


『やっぱり本物を間近で見ると違うなぁ』


「変わった匂いがしますよ、叔父様」


 フェーダ姫がカーターに報告している。

 ちょっとドキッとした。


 海へのマイナスイメージにつながる恐れがあるからだ。

 特に嫌な匂いだとは感じていないようではあるが。

 他のゲストも大丈夫そうである。


 表には出さなかったが俺は内心では胸をなで下ろしたくなるほどに安堵した。


「そうだね。

 海の匂いなのかな」


「正解だ」


「「「「「おおーっ」」」」」


 叔父姪コンビの疑問に答えると、2人だけでなく他の面子からも感嘆の声が上がった。

 思った以上に強い関心があったようだ。


「こういう場合は潮の香りがすると言う」


「塩、ですか?」


 フェーダ姫が首を傾げる。


『……そう来たか』


 ちょっと予想していなかった質問である。

 だが、予備知識がないのだから仕方あるまい。


「発音は同じだが、そうじゃない。

 うしおとも言って海の水のことを意味する言葉だ」


「「「「「お─────っ」」」」」


 更に周囲から感嘆の声が上がった。

 先程の匂いの時より初々しい反応だ。

 似たようなことは他にもある。


「隊長、風変わりな音がしますが?」


 ミリアムが疑問形で報告をしていた。


「そうだな……」


 思案顔になるダイアン。


「一定のリズムのようですね」


 リンダが補足する。


「それは波の音だ。

 水面が揺らいでいるだろう。

 これを波と言うが、その音だ」


「「「「「おお───っ」」」」」


 またしてもである。


『ここに来てから、こんなのばっかだな』


 それだけ未体験で珍しいってことなんだろうが。

 いくら何でも大袈裟な気がする。

 別に皆が芝居をしているとは言わない。


 が、しかし──


『ここまで驚くものなのか?』


 などと俺なんかは疑問に思うのだけれど。

 皆の興奮ぶりについて行けないのだ。


 初めて見たくらいで、このテンションになるだろうか?

 まったく何も知らないからだとしても想像していた以上である。


『なんか違うんだよなぁ』


 俺は惑星レーヌが球体であることをノエルたちに説明した時のことを思い出していた。

 あの時は課外授業でフェリーサイズの船を出して皆を納得させたが。


『レイナはなかなか信じなかったんだよなぁ』


 ……言いたいのはそういうことではない。

 彼女らは潮の香りや波の音を気にしていなかったはずなのだ。


 今ここにいるゲストたちと何が違うのだろう。

 些細なことかもしれないが気になってしまった。

 差があるとすれば、移動手段か。


『課外授業の時は転送魔法でいきなり海の上に出たっけ』


 そのせいでアニスが焦って飛び退こうとしていたな。

 俺の魔法で浮かせているから、できる訳はなかったんだけど。


 まあ、気持ちは分からんでもない。

 その証拠にリーシャも落ち着かないと言ってたし。


 そう考えると、波やら潮なんかを気にしている場合じゃなかったのかもしれない。

 別に驚かせるつもりはなかったのだが。


 どうやら俺が思っていた以上にショックを受けていたようだ。

 今更ながらに反省しきりである。


 もちろん落ち込んだ表情をゲストたちに見せる訳にはいかない。

 【千両役者】の助けを借りて誤魔化しておく。

 そして【多重思考】で不自然にならぬよう皆の質問に答えておいた。


「そろそろ、いいか?」


 質問が途切れた頃合いを見計らって聞いてみた。

 誰も新たな質問をする者はいない。


「じゃあ、ディナーの会場へ移動するとしよう」


 その言葉にピクリと耳を動かす者がいた。

 ダニエルに荷物であるかのごとく担がれているクラウドである。

 王とは何なのか……


「ディナー?」


 寝ぼけ面で顔を上げた。

 どうやら目を覚ましたようだ。

 失神しただけだったし不思議ではないのだが。


 それでもダニエルが小さく舌打ちした。

 このタイミングで意識を取り戻したことに苛立っているようだ。

 できることなら、もう少し気を失っていろと思っているに違いない。


 面倒なことになりそうだしな。

 俺もそういうのは御免被る。

 故に対処はダニエルに任せてスルーだ。

 丸投げとも言う。


「皆さん、お待ちかねぇっ」


 右手を払うようにして岸壁付近の海を指し示す。

 ゲストたちの注目を集めたところで──


「本日のメイン会場が今ここにっ!」


 芝居気たっぷりに言ってみた。

 皆が呆気にとられた表情になる。


 そりゃ、そうだろう。

 目につくのは海水面のみだからな。


「ハルト殿、何もないんだが?」


 カーターがたまらずといった様子で聞いてくる。


「ですねぇ」


 フェーダ姫も首を傾げながら同意していた。


「まさか海を凍らせるとか言わんでしょうな」


 恐る恐るといった感じで爺さん公爵が聞いてきた。


「まさか……」


 オルソ侯爵がそう言いながらも迷いのようなものを見せている。

 俺ならやりかねないとか思っているのだろう。


 色々とやらかしてきたから、そう思われるのも無理はない。

 徐々に強張った表情になっていくオルソ侯爵。


 もし、辺り一面が氷の海になっても驚くまいと気を張り始めたってところか。


「なるほど、それはありそうだね」


 対照的に楽しげな表情で頷くカーター。


「幻想的な会場になりそうです」


 同じくフェーダ姫も朗らかな笑顔を見せている。

 想定外の期待をしてくれたものだ。


「残念だが違うな」


 その期待が広がらぬよう、すかさず否定する。


「レディーッ、カモォン!」


 叫ぶと同時にフィンガースナップ。

 風魔法でパチンと弾いた指の音を増幅させる。

 誰かに聞かせるためではなく演出だ。


 この場にトモさんがいたら俺にマイクと眼帯を渡してくるだろう。

 もしかすると付け髭と蝶ネクタイもセットで渡してくるかもな。


「……………」


 そして沈黙の間が続く。


「何も来ないようですが?」


 困惑の表情でオルソ侯爵が聞いてきた。


「いえっ、アレを御覧ください」


 ヴァンが驚愕の表情を浮かべながらも海面を指差した。

 一斉に皆の視線が集まる。


「何か下から上がってくるわっ」


 モリーが早口になっていた。

 それだけ受けた衝撃が大きいのだろう。


「大きい!」


「ええ、そうね……」


 ミリアムの言葉にイザベラが呆然としながらも同意する。


「もしかして輸送機より?」


 アデルが呟くように疑問を口にした。

 実際にはさほど変わらないサイズだ。

 そういう風に見えるのは海水面で光が屈折しているからである。


「まさか……」


 リンダが声を震わせていた。

 アデルの言葉を否定したかったのだろう。

 確信が持てないようではあるが。


「いや、どうだろうな」


 ダイアンが真剣な表情で睨むように浮上する影を見ている。

 本当の大きさを見極めようとしているかのようだ。


「何という……」


 唸るように声を絞り出す爺さん公爵。

 驚きと動揺を隠しきれていない。

 そばに付き従うように立つ爺さん執事も同じ表情だ。


 そして──


「来たぞ!」


 興奮気味なダニエルの声をかき消すような水音と共に海水面が押し上げられる。

 それが海水を割って姿を現した。


 大量の水飛沫があたりに撒き散らされる。

 間近にいる俺たちは、そのままであればまともに被っていただろう。


 水浸しになっては夕食どころではないので理力魔法で遮断したけどね。

 割と間近で受けたので、たじろぐ者たちもいた。


 というか、ほとんどがそうである。

 それくらいの迫力があった。

 まあ、これも演出みたいなものだ。


「おおっ!」


 クラウドが目を見張る。

 担がれたままであるが故に間抜けな感じに見えてしまう。


「どうやら水の中だったから少し大きく見えていたようだね」


 皆が驚いている中で楽しそうに笑みを浮かべているカーター。


「でも、大きいのは確かですよ」


 フェーダ姫も割と余裕がある。


「これは船なのかな?」


 カーターが聞いてきた。

 河川や湖で使われる船などより遥かに大きいが故の質問だろう。

 あと、水中から浮上してきたしな。


「「「「「─────っ!?」」」」」


 俺が答える前から皆が驚愕する。

 当然のように視線が集まってきた。


「ああ、旅客船だな」


「それは興味深いね。

 この船がディナー会場になるのかな?」


 質問しながらもカーターはうんうんと頷いていた。

 俺の返事を聞く前から答えに確信を持っているようだ。

 状況が状況だからな。


『じゃあ、なぜ聞くんだよ』


 そう言いたくはなったがね。


読んでくれてありがとう。

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