891 必要なのは観察力だった
「さあ、次行ってみよぉー」
イチャイチャで英気を養ったトモさんが張り切っている。
「ごちそうさま」
俺がそう言うと、フェルトの顔が真っ赤になった。
別に人前でチューした訳でもないのに、こんな状態になるとは……
『初心だなぁ』
まあ、微笑ましくはある。
「どういうことだい?」
トモさんは分かっていないようだ。
『無自覚イチャイチャだったのかよっ!?』
ビックリだ。
日本人だった頃は女の子との接し方がよく分からないと言っていたのに。
人は変われば変わるものである。
「大したことじゃないよ。
分かんないなら気にしなくていい」
「そうかい?」
トモさんも首を捻りはしたが、次の課題の方が気になるのだろう。
さっさとスクリーンの映像を切り替える。
あまり追及するとフェルトが可哀相だからな。
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ノエルが待ち受けるチェックポイントに人竜組Bチームが来た。
リュンヌ、シフレ、ルシュ、コリーヌの4人である。
「ここの担当はノエル様なんですね?」
確認するようにシフレが聞いた。
それに対してノエルは頷くものの……
「様はいらない」
何処かで聞いたようなことを言った。
「えー、でも陛下の奥方様ですしー」
「必要ない。
そういう気遣いは不要」
シフレが理由を言ってもバッサリだ。
それでも、まだ何かを言おうとしてシフレをリュンヌが止めた。
「そこまでにしておけ。
本人がそう言っているんだ。
それとも人の嫌がることをしたいのか?」
「はーい、すみませーん」
謝るシフレに、ノエルは頭を振った。
「気にしていない。
そんなことより問題」
そう言いながら6本の棒を取り出した。
どれも太さ長さが同じである。
「この棒だけを使って同じ大きさの正三角形が最大でいくつになるかを答えて」
「条件はそれだけ?」
リュンヌが確かめるべく聞くと、ノエルが頭を振った。
「切る折る曲げるは禁止」
こういう問題では定番の制限事項だ。
「あと、正三角形以外の形を作ってはいけない」
これは無い場合もある。
「なんか普通の問題だね」
「引っかけはなさそう」
ルシュとコリーヌが変なところはなさそうだと確認し合う。
「制限時間は5分。
用意、はじめ」
「唐突に!?」
シフレがノエルの方を振り向きながらツッコミを入れた。
驚いてはいるが抗議するような雰囲気は感じない。
むしろ楽しそうである。
「考えろ、シフレ。
5分しかないんだ。
驚いている暇はないぞ」
リュンヌは制限時間を聞いても慌てた様子などなくシフレを促す。
「はーい」
促されても暖気な返事をするシフレであったが。
「棒が2本あまるね」
そう言いながらルシュが3本の棒で正三角形を作った。
「重ねればいいんじゃない?」
コリーヌが横に1本置く。
これで小さい三角形ができた。
「そっかぁ、棒を重ねてはいけない訳じゃないんだ」
ルシュが軽く唸った。
「だが、横にはみ出すぞ」
リュンヌが言いながらノエルの方を見た。
「はみ出すのは構わない。
でも、これだと台形を作ってしまっている」
「「ああーっ、そっかー」」
ノエルの指摘を受けてルシュとコリーヌが肩を落とした。
だが、すぐに気を取り直している。
制限時間が短いことを思い出したようだ。
「うーん……」
「どうすれば?」
ルシュが唸り、コリーヌが首を捻る。
「そんなの簡単よ」
そこにシフレが参戦してきた。
「「どういうこと?」」
バッと顔を上げてシフレを見やるルシュとコリーヌ。
「だって、棒の長さを余らせていいんでしょ」
言いながらシフレが3本の棒でかなり小さめの三角形を作った。
見方によってはかなり横線がはみ出したアルファベットのAと言えないこともない。
次に横線の延長線上に重なるよう逆ハの字に棒を置いた。
「「あっ」」
横の1本を底辺にした正三角形が3個できていた。
上に1個、下に2個。
「「ホントだー」」
「ふむ、大きい三角形を作らないのがコツか」
リュンヌも感心している。
その後も時間切れまで検討を続けたBチームであったが……
「やはり、シフレの答えが最大のようだな」
リュンヌが言うように他の答えは見つけられなかった。
結局、全員一致で3個と答える。
「その解答では2点しかあげられない」
バッサリだった。
「なんと!?」
「マジですか!?」
「もっと多いんだぁ」
「分かんなかったよ」
ガックリと肩を落とすBチームの一同であった。
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「これは答えを知っているよ」
トモさんが言った。
シフレのようにドヤ顔などはしていない。
「そうなんですか?」
フェルトが首を傾げて答えを待つ。
「正四面体を作ればいいんだ」
「あっ」
軽い驚きを見せるフェルト。
「正三角形が4個です。
ひとつ増えました」
嬉しそうに笑う。
「それだと、たぶん5点くらいだろうな」
「なんですとおっ!?」
大袈裟に伸び上がって驚くトモさん。
「満点じゃないんですか!?」
フェルトも驚いている。
「主よ、満点を取るには何個の正三角形を作らねばならぬのじゃ?」
渋い表情をしたシヅカが聞いてきた。
「ノエルが満点と認める数は18個のはずだよ」
「「「ええ─────っ!?」」」
呆気にとられる3人。
しばらく時間が止まってしまったかのように固まってしまった。
『まあ、そうだよな』
6本の棒の3倍の数なんだし。
普通に考えればあり得ない。
「それはいくら何でも物理的に無理ではないかえ?」
ようやく復帰してきたシヅカが抗議するように聞いてきた。
「折り曲げ禁止ですよね?」
怪訝な表情で聞いてくるフェルト。
「もちろん禁止だよ」
それを認めたら理論上は幾らでも作れることになるからね。
「……………」
再び固まってしまうフェルトさんであった。
旦那のトモさんは何も言わないのかと思ったら、うんうん唸って考え込んでいる。
どうにか18個を作ろうと頭の中でシミュレートしているようだ。
その時点で答えは導き出せなくなるのだが。
「普通に考えると絶対に無理だよ」
俺がそう言うと、トモさんが唸るのをやめた。
脱力して溜め息をつく。
「もしかして、またとんちかい?」
そう聞きながらも苦笑していた。
「というより観察力の問題だよ」
「観察力だって?」
「どういうことでしょうか?」
トモさんとフェルトがスクリーンの方を見る。
その表情は真剣そのものだ。
「主よ……」
シヅカが溜め息をつきながら呼びかけてきた。
「分かったか?」
苦笑しながらも頷くシヅカ。
「酷いものじゃな。
ノエルは作れとは言っておらぬ」
「ん? そう……だっけ?」
トモさんが怪訝な表情をする。
「そう言えば……
最大でいくつになるかとしか言ってない気がします」
フォルトが思い出しながら言った。
それを聞いたトモさんがカッと大きく目を見開く。
どうやら答えに辿り着いたみたい。
「そうかっ、あの棒は三角柱になっているんだ!」
叫びながら立ち上がる。
「良く気付いたね」
スクリーンでは確認できないが両端を見れば断面が正三角形になっている。
「あれっ?
でも、6本の両端で12個だよね?」
首を傾げて考え込むトモさん。
「トモよ、6本を山のように積み上げるのじゃ」
シヅカは完全に分かっているらしくアドバイスしている。
「山のようにだって?」
「間を詰めた魚鱗の陣とでも言えば良いかの」
シヅカの言葉に少し考え込んでいたトモさんがハッとした表情になった。
「もしかして北条氏の三つ鱗の1段多い感じかな?」
「なんじゃな、それは」
今度はシヅカが首を傾げる番だった。
「三つ鱗はこんな感じの家紋だ」
俺が砂浜に3個の三角形を積み上げるように描いた。
空白部分は凹ませる。
「ほう、これが三つ鱗か。
言い得て妙じゃな」
「あ、空白部分も同じ大きさの正三角形になります」
フェルトが気付いたようだ。
「そうか、これが3段分あると全部で9個だ」
トモさんも納得がいったようだ。
「反対側もあるから18個になりますね」
「はい、正解」
「やられたー」
言いながらトモさんはバッタリと砂浜に倒れ込むのであった。
読んでくれてありがとう。




