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874 密かに土下座の攻防が行われていたらしい

 夜明け前から大部屋の方でゴソゴソする気配を感じる。

 どうやら起き出した者が何人かいるようだ。

 冒険者の朝は早いと言っても早すぎである。


 ただ、部屋を出て行くような感じではないので放置することにした。

 遠足が待ちきれない子供の心境に近いのかもしれない。


『昨夜は盛り上がったみたいだしな』


 就寝前に大きなどよめきが発生したときは少しばかり驚かされた。

 フィルターをかけるように薄めの遮音結界を張っていたが、それを超えてきたからな。

 俺が何かした訳でもないので無意識に聞き取ってしまわないようにしていたのだが。


 まあ、階下には聞こえていないだろう。

 エルダーヒューマンとしての俺の聴力あってこそだからな。


 万が一を考慮して結界には音声を変換する術式も使っておいたお陰で会話内容は不明だ。

 不快な音に変換されても困るので波の音に変換されるようにしておいた。

 お陰でグッスリ眠れたよ。


 気配に対する対策はしてなかったので、この様だが。

 とはいえ俺の部屋には誰もいないから影響は最小限だ。

 そのまま気にせずに寝続けた。

 少々のことで俺の安眠を妨げることなどできんのだよ。


 そして朝食の時間を迎える。

 次々と料理が運ばれてきてテーブルの上に並べられていった。

 椅子はなく好きなように取り分けられる形になっている。


 宿には人数が人数だけに立食という形でお願いしたんだよね。

 5階まで全員が座れるように椅子を運ばせるのは従業員の負担が大きいからね。


 え? 俺が魔法で作ればいい?

 それをすると女子冒険者たちが畏縮するだろうからしなかったのだ。

 気楽に食べられる方がいいもんな。


「うまいっす」


「ごーかっす」


「たかそーっす」


 ローヌ、ナーエ、ライネの短槍使い3人娘は朝から絶好調だ。

 目を輝かせて感激している。


 気持ちは分からなくもない。

 見た目にもこだわった調理がされている料理の数々だからな。

 高級宿として見ても頑張っているはずだ。

 俺は何度か宿泊しているから見慣れてしまったけど。


 他の風と踊るの面々は淡々としていた。

 いや、フィズとジニアは少し無理をしているように見えるな。

 慣れていないけど頑張って平気そうに見せている感じだ。

 目一杯に無理をしている風ではないので問題はないだろうが。


 そう考えると3人娘の反応は、ある意味で大物だと思う。

 それすらも凌駕していると言えそうなのがウィスである。

 さすがの平常運転と言うべきか、この程度では眉ひとつ動かさない。


 まあ、ウィスは例外として風と踊るの面々はとりあえず大丈夫そうだ。

 問題は残りの面子である。

 完全にガチガチで取り皿にすら手をつけようともしていない。


「じゃあ食べようか」


「「「いっただきまーすっ」」」


 3人娘は本当にノリが軽い。

 順応性が高いから助かるけどな。


 ウィスも黙々と取り皿に自分の食事を取り込んでいる。

 ぎこちないがフィズとジニアもだ。


 が、動きがある面子はそれだけである。

 女子冒険者たちは動けずにいた。


「遠慮せずに食べるといい」


 そう言って促したのだが反応は芳しくなかった。

 そばにいる仲間と顔を見合わせたり。

 困惑の表情をこちらに向けたり。

 どの顔も不安そうである。


「心配しなくても料金なら支払い済みだぞ」


 もっとも懸念しているであろうことを解決していると言ってみてもダメ。


『朝っぱらから問題発生か?』


 ちょっとゲンナリだ。


「ウィス、ちょっといいか」


 俺は声を潜ませて呼びかけた。

 ウィスを相手に選んだのは隣にいたからというだけではない。


 3人娘はキャーキャー言いながら食事しているし。

 フィズもジニアもあまり余裕はなさそうだし。

 いずれにしても話を聞ける状態に持って行くまでが大変そうだったのだ。


 どうにかウィスが俺に慣れてくれたのは本当にありがたい話である。

 そのウィスが咀嚼している最中だったためか返事はコクコクと頷きで返された。


「他のパーティの面々は何に畏縮していると思う?」


 どうも食事だけではない気がするのだ。

 ずっとビクビクしているし。

 ここまで畏縮されると俺がミズホ国君主であることを知ったからかとも思ってしまう。


 が、それは伏せておくようにフィズには言っておいた。

 情報が彼女らの耳には届いていない以上は、こんな状態になる理由が分からない。


 そうこう考えている間にウィスが咀嚼を終えた。


「ジニアがミスした」


「ミスった?」


 ジニアがミスしたことで彼女らがビクつくことになる?

 一瞬だが、その因果関係が想像できなくて思わず聞き返していた。

 聞き返した直後には、ミスが何であるかおおよその想像はついていたが。


 コクリとウィスが頷いたのに合わせて溜め息が漏れそうになった。


「寝る前に雑談していて賢者様が国王だと口を滑らせた」


「なるほど、そういうことか」


 フィズやジニアが緊張気味なのは食事の豪華さについてではなかったということだ。

 真面目な人間ほど気にしやすいからな。

 そして女子冒険者たちの畏縮ぶりも納得である。


「賢者様はそういうの気にしないと言っておいた」


「気を遣わせたようだな」


「そんなことはない。

 事実を述べたまで」


 ジニアから報告がないのは考え物だがな。

 そう思っていると──


「でも、ジニアは混乱しっぱなし」


 ウィスから言及があった。


「あー、報告する余裕もなしか」


「フィズと頭を抱えていた」


「どうしてフィズが?」


「ジニアのミスをフォローしようとしてできなかった」


「そりゃ無理だろ。

 喋ってしまったものを取り消すことなんてできる訳がない」


 コクコクと頷きながらウィスがウィンナーを頬張った。


『このウィンナー……』


 見覚えがあると思って鑑定してみたら驚いたことにオバちゃんのウィンナーだ。

 あのオバちゃんが売り込んだとは思えない。

 アーキンが目をつけたのだろう。

 最近は会っていないが、この様子だと元気らしい。


「もしかして夜明け前から起き出していたのは、あの2人か?」


 モグモグしながらコクコク頷くウィス。

 咀嚼しきって飲み込んでから一言。


「あんまり寝てない」


 この様子だと一晩中、悶々と悩み続けていたのではないだろうか。

 報告するタイミング。

 俺からの叱責の程度。

 女子冒険者たちへの影響。


 頭の中で色んなことがグルグルして眠気も感じられなかった。

 充分にあり得る話だ。


 それよりもウィスである。

 2人の状況を把握しているということは、ウィスも寝ていない恐れがある。


「ウィスは寝不足じゃないのか?」


「問題ない。

 区切りながら寝ている。

 ダンジョンで休憩するときや野営する時の必須技術」


「断続的に寝ながら観察してた訳か」


 コクコクで返事をするウィス。

 ウィンナーが気に入ったらしくフォークで刺して再び頬張っていた。


「それは分かったけど、他のパーティのメンバーは大人しいな」


 もっと土下座とかされると思ったんだが。


「フィズとジニアが止めた」


「え?」


「騒ぎになって賢者様の部屋に押し掛けるところだった」


『あー、ドタバタした感じはそれだったのか』


「押し掛けてどうするつもりだったんだ?」


「土下座?」


 首を傾げながらウィスが答えた。


「自分たちの行動をよく理解していなかったのか?」


「たぶん。

 みんなパニックになっていた」


「よくフィズとジニアの2人で止められたな」


 思わず感心させられた。

 ヘマをした2人だが、そこだけは称えたくなったほどだ。


「ドアの前で土下座した」


「なるほど……」


「皆がドン引きして我に返った」


「だろうなぁ」


「更に土下座を続けて賢者様に土下座は厳禁と言い渡した」


「土下座しながら土下座を厳禁?

 土下座をもって土下座を制すってところか」


「それは違うと思う」


「冗談だ、気にするな」


「面白くない」


 バッサリだ。

 まあ、俺にも自覚はある。

 上手いことを言おうとしたら、失敗した感じだからな。

 面白い訳がないのだ。


「そりゃどうも」


「褒めてない」


「分かってるって。

 俺も面白いとは思っちゃいないさ」


 ジーッと見てくるウィス。

 疑われているようだ。


「ホントだよ?」


「そういうことにしておく」


 ガックリ敗北だ。

 朝から気疲れすることばかりである。


 だが、より優先されるのは──


「そんなことより、皆が食べてくれないのは何とかならんもんかね」


 このことについてだ。


「簡単」


 NA・N・DE・SU・TO!?

 ウィスには難しくないというのか。

 俺にとっては衝撃的事実である。


 土下座はなくて安心したが、かわりに朝食を食べてもらえない。

 強制するのは嫌だから待ってみたけど効果なし。

 どうしたものかと愚痴をこぼしていたらウィスの発言である。


「俺が命令するとかなしだぞ」


 コクリと頷いてパンを頬張るウィス。


「フィズとジニアに土下座をさせるのもダメだからな」


 罰ゲームじゃないんだし。

 ウィスは頷きながら何度かパンを咀嚼して飲み込んだ。


「賢者様が食べればいい」


「へっ?」


「偉い人が食べないから恐れ多くて遠慮する」


「……………」


 確かにウィスの言う通りだ。

 俺は朝食に手をつけていない。

 現に俺が食べ始めてしばらくしたら皆おずおずと手を出し始めたからね。


 そんな簡単なことに気付かなかった俺は本当に間抜けである。

 というより王としての自覚が薄いんだろうな。


読んでくれてありがとう。

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