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864 国民になろう

 ちょっとしたカオスな時間が過ぎ去った。


「納得したら手続きだ」


 倉庫から住民登録の書類を引っ張り出す。

 俺から手渡された届出書を見て風と踊るのメンバーが互いに顔を見合わせた。

 困惑している風に見える。


「それはうちの国民になるための書類だ」


 細かな説明はマルチプルメモライズを使う。


「うえっ!?」


「なになにっ!?」


「ムズムズするぅ」


 3人娘は本来の調子を取り戻したようで賑やかだ。

 その方が俺もやりやすいので特に何も言わない。

 賑やかでない残りの面々もブルッと体を震わせたりしている。

 慣れないと、くすぐったさや気持ち悪さを感じるからな。


「魔法で手続きのための説明を行った。

 喋るより断然早いのが利点だ。

 反面、ライネが言ったような感触がある」


「「「えーっ」」」


 3人娘が身を捩りながら不満そうな声を上げた。


「これでもマシになったんだぞ。

 最初は凄い頭痛を感じる魔法だったからな」


 クイックメモライズのことだ。


「「「うっ」」」


 青い顔をして引いている3人娘。

 自分たちがクイックメモライズを受けていたらと想像したようだ。


「改良した魔法の方が使い勝手がいいんだ。

 わざわざ、そんな欠陥魔法を使う訳ないだろ」


 罰ゲーム的に使うことならあるかもしれないが。

 なんにせよ届出の仕方は理解したはずなので先に進める。


「書くものはこれだ」


 サインペンを渡す。

 が、風と踊るの面々はペンを握りしめたまま動かない。


 ペンの使い方が分からないなんてことはないはずなんだが。

 それについてもマルチプルメモライズで知識譲渡してあるからな。


 にもかかわらず彼女らは困惑の表情を浮かべていた。

 何か問題があるようだが、それが何であるかが分からない。


「どうした?」


「申し訳ありません」


 フィズが詫びてきた。

 ますます訳が分からなくなる。


「いや、謝る必要はないと思うんだが」


「我々は自分の名前しか書けないのです」


「あー……」


 フィズの言葉に俺は自分の失態をようやく悟った。

 思わず天井を仰ぎ見てしまう。


 西方では識字率が高くないという事実を完全に失念していた。

 特に田舎の出身者は低い傾向にあるようだ。


『やっちまったー』


 大失敗だ。

 日本人の感覚のままでいた自分が情けなくなった。

 義務教育は偉大である。


「簡単なものなら読むことはできるんですが」


 ジニアが補足するように言ってきた。

 とても申し訳なさそうである。


 だが、それはおかしい。

 どう考えても申し訳なく思うべきなのは俺の方だ。

 配慮に欠けていた訳だからな。


「気に病むことはない」


 俺はあえて謝らなかった。

 彼女らに畏縮されてしまうような気がしたからだ。


『それにしても……』


 読み書きが連動する訳ではないのが驚きだった。

 多少でも読むことができるなら書くのも問題がないのではないかと思ったのだが。

 実際はそういうものでもないらしい。

 スラスラと読める状態でないとダメなようだ。


「読み書きくらいはすぐできるようになる」


 それでも俺は断言した。


「そ、そうでしょうか?」


 フィズは自信なさげだ。


「教えていただけるなら頑張りますが……」


 ジニアも意欲は見せるが似たようなものである。


「いやぁ……」


「自分たちは……」


「そういうの苦手で……」


 3人娘も及び腰であった。


 唯一の例外が斥候女子ウィスである。

 一見すると、いつも通りの無表情なのだが。


『燃えてるぜ』


 その双眸に宿る光は燃えさかる炎のごとく。

 俺のことを睨み殺そうとしているのかと錯覚するほどの目力があった。


 今まで学ぶ機会がなくて悔しい思いをしていたのかもしれない。

 何にせよ学習意欲があるのはいいことだ。


「心配しなくても大丈夫だ。

 すぐ、と言っただろう?」


 返事を聞く前にさっさと魔法を使う。

 言うまでもなくマルチプルメモライズだ。


「「「うひゃー」」」


 3人娘が女子的でない悲鳴を上げた。

 フィズとジニアは逆に艶っぽい鼻に抜けるような声を漏らしていたが。

 いずれにしても慣れないことがよく分かる反応だ。

 まだ2回目だしな。


 とりあえず落書き帳で自由に字を書かせてみることにする。


「これでどうだ?」


 問題はないはずである。

 ミズホ語として日本語を教えた実績があるからな。


 もちろん、今回の知識譲渡でミズホ語もバッチリである。

 とはいえ教えきれないものもある。


 字を綺麗に書くということだ。

 こういう技術的なことは実際に練習しないと上達しない。

 そういうのは学校で教えることになっている。


「すげーっす!」


「字が書けるっすよ!」


「楽しーっす!」


 3人娘は喜んでいた。

 字の読み書きが不自由なくできるようになっただけでこれである。


『学校に通うようになったら、どうなるだろうな』


 思わずそんなことを考えてしまった。


「「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます!」」


 フィズとジニアは何度も何度も頭を下げていたし。

 ウィスも楽しそうにせっせと字を書いている。


「何を書いているんだ?」


 あまりに一生懸命なので、つい聞いてしまった。

 聞いてから相手がウィスだと思い出してハラハラするんだけどな。

 答えてもらえなかったらどうしようってな。


「これ」


 幸いにもウィスは普通に応じてくれた。

 ペンを置いて落書き帳を俺の方へ向けてくれる。

 何行かに渡って書き込まれているようだが。


[パン 牛乳 干し肉 2-2]


 これが1行目だ。


[良 良 普通 普通]


 2行目は1行目に位置を合わせている。

 基本的には食品を評価しているようだが、数字に対する評価が謎である。


 そもそも数字の意味が分かっていないからな。

 分量であるなら干し肉の分の数字が足りない。


[干し肉 2-2]


 少し間隔が空いて3行目。


[微妙 普通]


 4行目では干し肉に対する評価が良くないようだ。

 同じものではないということだろうか?


[パン 肉 スープ]


 5行目も3行目のように間隔が空いていた。

 そして数字がない。


『あ、これって……』


 ようやく数字の謎が解けた。

 言うほど謎でもない。

 単に値段だったのだ。


 昼は干し肉だけなのに金額が同じだが、分量が同じではないということだろう。

 それに朝と昼では評価が異なる。

 朝は何らかの調理がされた状態だったのだろう。


 反面、ダンジョン内で食事を取る場合、普通はまともな調理など期待できない。

 保存食を口に放り込んで終了と考えるのが妥当だ。


『微妙な評価の干し肉だけを食うのか……』


 思わず同情してしまったさ。

 同時に真似したくないとも思ったけどな。


 それで、まともな保存食が流通していないのが不思議である。

 うちのを試験的に販売してみるのもありかもしれない。


 ちなみに食堂3姉妹が提供する食材は国内向けのものではない。

 故に干し肉も外国産である。


 それはともかく己の推測が正しいか確かめる必要がある。


「今日、何を食べたのか書き出したのか?」


 ズバリ、ストレートに聞いてみた。


「そう」


 返事からすると俺は正解したようだ。

 ウィスが書き出したのは朝昼晩に食べた内容とその評価であったということだ。


[良 良 良]


 そして落書き帳に記入した内容は6行目で終了。

 晩御飯の評価を見ると満足したようでなによりである。


「最初に日付を書くと分かり易いぞ」


 ついアドバイスのようなことをしてしまった。


「おぉ……」


 ウィスが目を見開いて呟くように声を漏らしていた。

 何か感動したみたいな様子だ。


「字が書けるのが分かったら届出書に記入してくれ」


 これを書かないことには国民になったとは言えないからな。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 開けて翌日。

 俺はブリーズの街にいた。

 時間的には、そろそろ昼食でも食べようかという頃合いだ。


 些か遅いが仕方あるまい。

 風と踊るのメンバーが同行しているからな。

 そのため人数の都合上、移動手段がマイクロバスだったのだ。

 ラリードライブは不可能である。


 中途半端な時間だがやることはそれなりにある。

 まず宿の確保は必須だ。

 日帰りじゃないのでね。

 フィズたちと一緒に来た面々をスカウトするのが目的である。


 彼女らは冒険者だから休みでもなければ昼間はダンジョンに潜っている。

 帰ってくるのは夕方以降。

 全員が揃わないと説明は始められない。

 遅くなることは充分に考えられる。


 そんな訳で、いつものごとくアーキンの経営する宿屋の最上階をキープ。

 その間に風と踊るの面々は冒険者ギルドに向かった。

 仲間に伝言を残し招集をかけるためだ。


 その後は時間まで自由行動とした。


読んでくれてありがとう。

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