865 商談しながらつくってみた『算盤』
時間があるのでボーン兄弟の所へ顔を覗かせることにした。
格安で譲った新しい店舗のその後を見ていないからな。
元は食堂3姉妹のものだった店の複製後の状態が気になる訳ではない。
俺が気にするのは兄弟の商売がどうなっているかの方だ。
堅実にやるなら問題はないのだが。
経験の不足から先を見誤ることがあるみたいだし。
それと商談も持ち込む予定である。
店を表から見る限りでは寂れた感じはしない。
今も何人かの客が店から出てきたが、何か買い込んできたようだし。
俺も店の中に入ってみる。
客は見当たらなかった。
さっきの一団でとりあえずの打ち止めのようだ。
昼時と考えれば、そう問題があるとも思えない。
むしろ俺にとっては好都合である。
「よう、元気そうだな」
店番をしている兄のマシューに声を掛けた。
「あっ、御無沙汰してます」
相変わらずヒョロッとしてて弱そうな感じだ。
同じヒョロッとでもフィズやジニアとは大違い。
まあ、職業が違うからしょうがないとは思う。
「ロジャーはどうしたんだ?」
「昼休憩です」
「ああ、交代で飯を食う訳か」
「はい」
昼時なら客も少ないし、店番が1人でも何とかなるのだろう。
「商売の方はどうだ?」
「悪くないと思います。
大儲けにはほど遠いですが」
そう言って苦笑するマシュー。
「商売に博打は禁物だぞ。
長続きさせて赤字を出さないのが正解だ。
小規模商店が大儲けを目論んでも碌なことがないからな」
「ハハハ……
耳に痛いですね」
乾いた笑いが虚しく響く。
どうやら骨身にしみているようだ。
この様子だと同じ失敗を繰り返したりはしないだろう。
「ところで、話は変わるんだが」
マシューの確認を取るべく間を置いた。
「はい、何でしょうか?」
「こういう商品を扱ってみる気はあるか?」
前に兄弟の前で使った鞄から横長の木箱を引っ張り出す。
「うわぁっ」
マシューが仰け反るようによろめいた。
どうにか体勢を維持できたが、そこまで驚くほどのことは何もしていない。
「おいおい、この鞄は前にも使っただろ?」
知っていれば、今ほど驚くようなことはないはずなんだが。
「す、すみません。
すっかり忘れていました」
配慮が足りなかったようだ。
「……それは、済まなかったな」
「いえ、もう大丈夫です」
どうにか落ち着いたマシューが一息ついた。
「中身は何ですか?」
カウンターの上に鎮座している木箱は封をしたままだ。
「携帯保存食だな」
「それは……」
困惑の表情を浮かべるマシュー。
まあ、無理もない。
干し肉などは手間がかかる割に利益の確保が難しい商品だからだ。
マシューの戸惑いはスルーして木箱を開ける。
「これ、サンプルな」
中からひとつ取りだして手渡した。
「袋に入っているんですね」
「汚さずに持ち運びできるだろ。
食べる時も、こうすれば手を汚さずに食べられる」
袋を開けて中身を下から押し出してみせた。
「おおっ」
マシューが目を丸くしつつ、ちょっと食いついてきた。
「これは冒険者の受けが良さそうですね。
袋のコストが無駄かと思いましたが、外で使うことを前提にしていましたか」
即座に用途を見極められるとは目端が利くな。
マシューも袋を開けて中身を出した。
「ですが、高いと売れませんよ」
心配するのは、やはりそこのようだ。
試食する前から慎重な姿勢を見せるマシュー。
「袋は魔物素材を使った安物だ」
その辺に捨てても土に帰るエコなものだ。
もちろん燃やしても有害なガスが出たりなんてことはない。
「そうなんですか!?」
マシューは安いという言葉に敏感に反応した。
やはり商売人である。
だが、そのテンションはすぐに下がった。
真剣な面持ちで袋から頭を覗かせている保存食を見つめている。
見た目は干し肉を棒状に押し固めたような感じだ。
「どうして形を整えてあるのですか?
この加工をした分だけ高くつくと思うのですが」
「原材料が単品じゃないからだ」
「えっ!? これ干し肉じゃないんですか?」
「肉も使っているぞ。
乾燥させた食材を粉砕して混ぜ合わせて固めているんだ。
これ以上の細かな製造方法や材料の詳細は言えないがな」
簡単に真似をされても困るからね。
日本と違って表示の義務づけがない点は最大限に利用するさ。
「それは……」
マシューの表情が曇る。
「高くつくと思っているんだろ」
「はい」
渋い表情で頷く。
「確かに干し肉よりは1割から2割ほど割高だ」
マシューの反応が鈍い。
だが、予測できたことだ。
割高だと分かった時点で販売意欲が下がったのが分かったしな。
これでも辛抱強く話を聞いている方かもしれない。
相手が俺でなかったら門前払いも充分に考えられた。
「無理強いするつもりはないよ。
試食してから扱うかどうかを決めてくれていいぞ」
俺がそう言うと明らかにホッとした様子を見せた。
『修行が足りんな、マシューくん』
まあ、相手を見て商談時の態度は変えてはいるだろうが。
根っからの商人相手にこんなあからさまな態度では商売人として生き残れないからな。
なんにせよマシューが保存食にかじりついた。
かなり力を込めていたようで無駄に動きが大きい。
まるでカロリーバーのCMに出ているタレントのようだ。
「あ、あれ?」
何かに気付いたようで慌てて咀嚼して飲み下す。
「これ、随分と柔らかいですね。
子供の噛む力でも食べられそうです」
驚きの表情を隠さぬまま再び齧り付く。
「それに口の中がパサついたりもしませんし」
興奮しながら、あっと言う間に残りを食べ尽くした。
「従来のものよりも格段に味がいいですよ。
これなら喉が渇くようなこともないですね」
やや興奮気味に捲し立てるマシュー。
「あ、でも……
これだと日持ちがしないんじゃないでしょうか?」
なかなか用心深い。
「逆だな。
干し肉よりも長持ちするぞ」
「ええっ!?」
驚きの声を上げたかと思うと、マシューは何やら考え込み始めた。
大方、頭の中で算盤をはじいているのだろう。
西方で算盤を見かけたことはないがな。
『ふむ、算盤を売るのもいいかもしれん』
ついでとばかりに余り物の資材で珠が大きめで幅の狭い算盤を倉の中で作ってみた。
イメージとしては古い時代劇で見たような感じ。
滑りはあえて少し悪くした。
手に持ったままでも珠がずり落ちたりしないようにするためだ。
帳簿をつけるために使うのではなく店内で使う。
これがメインの目的だ。
価格交渉で使えば分かり易いだろうし。
たくさん購入した客を待たせずに勘定ができる利点もある。
計算ミスも減るだろう。
使用状況をシミュレートしながら仕上げていった。
まあ、この程度の道具はすぐに完成する。
術式すら刻み込んでないからな。
倉の中で使ってみるが、パチパチという小気味いい音はしない。
やや鈍い動きで珠が動く。
ストレスを感じるかどうかのギリギリのライン。
だが、使用目的からすれば丁度いい具合だ。
斜めに立てたくらいでは落ちない。
振れば珠は下に落ちてリセット。
珠の重さと摩擦の具合が絶妙なバランスになっている。
そして確認が終わったところでタイミング良くマシューが顔を上げた。
「賢者様、この保存食は他所でも卸されますか?」
「ブリーズの街では何処にも売らないよ」
「本当ですか?」
マシューの双眸がギラリとした輝きを見せた。
まるで肉食獣が獲物を狙わんとしているかのようだ。
普段は草食系なのにね。
いきなりハンターに変貌するとは意外なものである。
「ここで懇意にしている商人はアーキンしかいないからな。
アイツは宿屋の親父だから、こういうのは買わないだろう」
「宿屋の親父って……」
困惑の表情を浮かべるマシュー。
「商人ギルドの幹部なんですが」
シャーリーがいなくなった今はギルド長だけどな。
「俺も幹部だということを忘れてるぞ」
「いえ、忘れてはいませんが」
「そんなことより買うのか買わないのか、どっちだ」
「買います。
卸値はいかほどになりますか?」
即決である。
仮決めにして弟と相談するとかはしないらしい。
と思っていたらロジャーが帰ってきた。
「あれ、賢者様じゃないですか。
その節はお世話になりました」
「おう、元気そうで何よりだ」
俺が返事をするなりマシューが弟の首根っこを掴んで店の片隅に連行する。
「ちょっ、うわっ、何をっ!?」
見た目はほぼ同じなのに捕食者と被食者の様相だ。
街中だったら通報ものである。
まあ、その後は2人でしゃがみ込んでゴニョゴニョしていたが。
待つこと数分。
説明と相談が終わった兄弟との商談になった。
あっさり、こちらの言い値で卸すことになったけどね。
お陰で算盤を使って金額提示してみたというのに、あまり活躍させられなかった。
それでも兄弟は算盤の有用性に気付いて取り引きすることになったので問題はない。
ただ、製造コストが高いと勘違いしているのには参ったけどな。
「「本当にいいんですか?」」
なんて聞いてくる始末だし。
面倒なので、わざわざ説明する気はない。
「嫌なら売らん」
「「是非とも買わせてください」」
これで終了である。
読んでくれてありがとう。




