861 紫と金なんだけど王
「はわわわわわっ」
「ははは初めて見たっ」
「ホントにいた─────っ」
3人娘のテンションがおかしい。
椅子に座ったままだがドタドタと足を踏み鳴らしている。
珍獣でも見たかのような騒ぎっぷりだ。
『いくらレアだからってなぁ……』
「騒ぎすぎだ。
場所を考えて行動しろ」
とっさに振動が下に伝わらないように結界で遮断したけどさ。
結界を張らなかったら下からドワーフたちが素っ飛んできたと思うぞ。
「「「あ……」」」
指摘したらピタリと止まっただけマシだと思うしかないか。
一方、ジニアはまじまじとカードを見入っている。
視線に圧力があれば穴でも空くんじゃなかろうかってくらいだ。
つい今し方の泡を食った状態よりは落ち着けているようなので特にフォローはしない。
カードの確認が遅れたフィズだが、比較的落ち着いていた。
「紫とは……」
口に手を当ててブツブツと呟いてはいるがね。
「どうりで……」
何が「どうりで」なのかは分からない。
それでもカードを見て俺の素性を納得してくれるなら後の話が楽になりそうだ。
俺は少しだけ安堵した。
「ということは……」
何かしら結論を出しそうな口振り。
「そういうことねっ!」
急に大きな声を出して1人で納得するフィズ。
「「「うわあっ!」」」
3人娘が引っ繰り返りそうになった。
「「「なになにっ!?」」」
慌てた様子でフィズの方を見てしまうのは無理からぬところだろう。
「どっ、どうしたのよ!?」
ジニアも驚いたことで我に返ったようだ。
「あ、ゴメン」
目一杯に振り切ったテンションを元に戻してフィズが謝った。
「それはいいから……
何がそういうことなのよ?」
いったん落ち着けば、ジニアも驚きに包まれていた時の余韻は残らないようだ。
「紫ランクだからカードがこの色じゃないのかと思って」
「「「おおーっ」」」
3人娘が感心したと言わんばかりに頷いた。
「なるほどね。
紫ランクが特別でも不思議はないわね」
ジニアも納得したようだ。
が、しかし……
「違う」
ボソッと一言ツッコミが入った。
「「「「「え……?」」」」」
フィズを含めその推理に納得していた面々が一斉に声の主を振り返った。
皆の注目を一瞬で集めたのは、もちろん斥候女子ウィスである。
「ウィスっち?」
「違うって?」
「どういうことさ?」
3人で1人分の台詞を分け合うとか、コイツらホント仲いいよな。
「冒険者ギルドで発行されるカードに特別なものはない」
『ほう』
思わず感心させられた。
ウィスが断言したからだ。
入手した情報に自信があるのだろう。
人見知りの彼女が情報を集めるのはハードルが高いはずだが……
「「「ええっ!?」」」
3人娘が目を丸くして声を上げた。
フィズやジニアも驚いている。
「じゃあ偽物ってこと?」
即座にそんなことを聞くローヌ。
いくらなんでも短絡的だとは思わないのだろうか。
「でも、カードは偽造したら犯罪だよっ」
「そうだよ。
あり得ないよ」
すぐにナーエとライネが指摘する。
「あ、そっか」
指摘を受けてローヌもあっさり引き下がった。
これがうちの面子ならテヘペロでもしそうな雰囲気だ。
「ウィス、どういうこと?」
3人娘のやり取りを見届けたフィズが静かに問いかけた。
捲し立てると答えてもらえないからなんだろう。
そのあたりは付き合いの長さから身に沁みて理解しているのだと思われる。
先程の3人娘も注意を受けてすぐに引き下がったことだし間違いあるまい。
「このカードは商人ギルドで発行されるもの」
「「「そうなんだー」」」
3人娘は単純に頷いていたが──
「ちょっと、待って。
そんなはずはないのよ」
「そうね、商人ギルド発行のカードなら見たことあるわ」
フィズやジニアは否定した。
「冒険者ギルドと同じか白銅色のカードだったわ。
こんな風にくすんだ感じの燻し銀みたいなカードじゃなかった」
ジニアの言葉にフィズが深く頷いた。
「それがすべてじゃない」
「「え?」」
困惑の表情を浮かべるフィズとジニア。
「商人ギルドにはクラスという冒険者ギルドのランクのようなものがある」
フィズとジニアは顔を見合わせるも、互いに小さく頭を振った。
意外と知られていないようだ。
「ジニアが見たカードは銀と銅のクラス」
「へー、そうなんだぁ」
「知らなかったー」
「ウィスっち、物知りー」
3人娘は素直に感心している。
「銀と銅があると言うことは……」
フィズが恐る恐るといった感じで問いかけると、ウィスが頷く。
そしてボソッと呟いた。
「これは金クラスのカード」
『本当によく知っているな』
情報収集が自分の仕事だと言っていたけれど、ここまで知っているとは驚きだ。
まあ、他の皆はもっと驚いていたがな。
「冒険者が紫ランクで」
「商人ギルドでも一番上って」
「賢者様って何者?」
顎が外れそうなほど大口を開けている3人娘。
時間が止まったように固まっているフィズとジニア。
そしてウィスが俺の方に振り向いた。
「何者?」
コテンと首を傾げて聞いてくる。
「賢者で冒険者で商人というところまでは理解したよな」
俺がそう言うとコクコクと頷く一同。
「まあ、これらの肩書きは世を忍ぶ仮の姿ってところか」
「世を忍ぶ?」
「仮の?」
「姿ぁ?」
3人娘のノリがコントをしている芸人のように思えてきた。
ミズキやマイカなら喜ぶんじゃないだろうか。
「俺がこのミズホ国の王だ」
ここまで勿体ぶったのはインパクトを低くできればと思ったからだ。
あと、冒険者の紫ランクや商人の金クラスで探りを入れたかったのもある。
もしも彼女らが信じなければ誰か証人を呼ぶことになっただろう。
その場合、誰を呼ぶのかという問題もあったがね。
幸いにしてウィスが思った以上に物知りであったこともあって信じてもらえたようだが。
「「「「「………………………………………」」」」」
無言の間が流れていた。
おそらく彼女らの頭の中では色々と反芻しているものと思われる。
特に直近の衛兵の対応がリフレインされているのではないだろうか。
そのせいか、さほど待たずとも変化があった。
反応は様々だ。
「えっと、あれ? え?」
ローヌがオロオロした感じでナーエたちを見ると。
「聞き間違えては……」
ナーエが自信なさげにライネに問いかけ。
「ないと思うけどぉ」
ライネも不安げにローヌやナーエの方を見返す。
フィズとジニアは互いに顔を見合わせ、ぎこちなく頷きの応酬をし。
そしてウィスは無表情なまま固まっていた。
『大丈夫かなぁ?』
前置きを長くしてもこうなるとは想定外。
もう少しマシだと思っていた。
今の状態で声を掛けるのは考え物だ。
整理のつかない頭で話を続けても碌なことがないからな。
俺はしばし落ち着くまで待つことにした。
それから数分ほどが経過。
『意外に早かったな』
どうにか狼狽えた感じが薄れてきた。
ただ、ガチガチに緊張した空気は逆に強くなっている。
このまま放置すると、暴走しかねない。
どちらに転んでも面倒なことになるとか災難もいいところだ。
「何か証拠になるようなものを見せられればいいんだがな」
これ以上、悪化しないうちに声を掛けたつもりだった。
「内壁の門の所まで一緒に行って誰か呼ばせるか?」
その状態なら少しは信用されるだろうかと思ったのだが。
そう簡単ではないだろう。
呼び出す相手が社会的に責任のある立場の人間でないと意味があるまい。
「この街の領主は、元王太子なんだが」
そうは言っても風と踊るの面々がそんなことを知っている訳もない。
確かめようがないのでは八方ふさがりだ。
「め……」
フィズの唇が動いた。
「め?」
何が言いたいのか分からず俺が首を傾げた瞬間。
「滅相もございません!!」
フィズが大声を出しつつ全力と思われる勢いで頭を下げた。
「どわあっ!」
お陰で俺はその勢いと声量に圧倒されて思わず椅子からずり落ちそうになった。
椅子からずり落ちたのはフィズだったけどね。
そのまま何故か土下座の体勢に入ってしまったし。
「は?」
訳が分からない。
「なんでそうなる?」
そう言った途端に──
「数々の御無礼、すみませんでしたぁっ!!」
顔も上げずにそんなことを叫ばれてしまいましたよ。
残りのメンバーも追随してるし、冗談キツい。
「どんな無礼があったって言うんだよ?」
ツッコミを入れても沈黙しか返ってこないし。
さて、この状態をどうやって抜け出したものか。
読んでくれてありがとう。