799 噂は誤解に満ちている?
63話を改訂版に差し替えました。
改訂版1話をバージョン2に更新しました。
こうも変わるものなのか。
とにかく頑なだったオルソ侯爵が別人になってしまったかのようだ。
俺が指示を出すと迷うことなくそれを実行するために動く。
最初の指示は城内から荷物を運び出すこと。
城を潰すための下準備である。
必要な物まで破壊する訳にはいかないからな。
「マジか……」
「何だよ、アレ」
「デカい」
庭に着陸した輸送機の大きさに唖然とする旧スケーレトロ組。
「口ではなく体を動かせ。
とにかく、あの中に運び込むのだ」
そう言って指示を出すオルソ侯爵の表情にも動揺は見られたのだけれど。
おっかなびっくりで荷物を運び込み積み上げていく。
「まるで倉庫みたいに広いよな」
「天井も高い」
「いつの間にこんなものを……」
そんな感想を漏らすのも無理はない。
まあ、注意を受けた後なので立ち止まったりはしないのだが。
次々と荷物を運び込むうちに作業に集中するようになっていた。
何も変化がなければ簡単に慣れるものだ。
戸惑わなくなれば作業の進みも早くなる訳で。
「移送作業、完了しました」
オルソ侯爵に報告がきた。
「うむ」
頷き、俺の方へと振り返る。
「運び出しはすべて完了しました」
「みたいだな」
「次の指示をお願いします」
『なんだかなぁ』
今のオルソ侯爵を見ていると犬っぽく感じてしまう。
良く訓練された警察犬とか盲導犬とかの類だ。
真面目くさった表情が、それを助長する。
それまでの頑なさが新しい主を認めない犬を想起させるし。
まあ、テキパキ動いてくれるなら文句はない。
俺の指示で動こうとするという問題点はあるが。
カーターが一切の指示を出していないので今後のことは未知数だ。
その点については考えないことにした。
面倒くさいのは御免被る。
今はとにかく目先のことを考えるだけだ。
「総員、正門から出て赤線の枠内に整列」
「はっ」
簡潔に指示を出すと、再び旧スケーレトロ組が動き出す。
今度は最初からキビキビと動いている。
戸惑う要素が少ないからだろう。
「赤線だって?」
「正門を出りゃ分かるだろ」
などというやり取りはあったが。
ちなみに彼らが荷物の移送作業をしている間にセットしておいた。
面子がバラバラになると、全員が城外に出たかの確認などが面倒になるからな。
万が一にも城内に残っていると死ぬのは確実だ。
確認が楽になる手間は惜しまない。
そんな訳で皆を外へ出す。
赤線の枠内に集合しつつも旧スケーレトロ組は一様に唖然とした表情になっている。
「スゲえ……」
誰かが感嘆の吐息と共にそう漏らす声が聞こえてきた。
どうやらノエルの結界に驚いているようだ。
「本当に結界で覆われているんだな」
「結界の魔法なんて初めて見た」
「そりゃそうだ、儀式級の魔法だぞ」
「一生かかっても見られるもんじゃないだろ」
「すぐ向こう側は嵐なのになぁ」
「雨だけじゃなくて木をなぎ倒すような風も完全に遮断するかよ」
「ビクともしないとは……」
「いやいや、それよりも規模の方が凄いって」
旧スケーレトロ組を安全圏に退避させられるようノエルに範囲を拡大してもらったしな。
「言えてるかもしれん」
「城の敷地を完全にカバーするなんてな……」
『あ、元々の範囲か』
なんだかんだ言って、俺も天然である。
「確かに凄い規模だ」
「魔導師が百人は必要になるんじゃないか?」
「そんなにか!?」
「この範囲を完璧に遮断しているんだぞ」
「……確かに」
「待て待て、そんなに人はいないじゃないか」
「言われてみれば……」
「そうだよな」
「だったら答えはひとつだろう」
「ひとつと言われてもな」
「少しは考えろ」
「そういうのは苦手なんだ。
勿体ぶらずに教えてくれよ」
「まったく……
あの人数で城内を完全制圧されたことを忘れたのか」
「なるほどな」
「そういうことか」
「は? どういうことなんだよ」
「お前という奴は……」
「だから頭脳労働は苦手なんだって」
「しょうがない奴だな……
謁見の間で見かけた人間のほとんどが超一流の魔導師だったと言っているんだ」
「えー、百人なんていなかったぞ」
「だからこそ超一流なんだ。
あの人数で百人分の魔導師の働きができる集団なんだぞ」
「……………えーっ!?」
かなり遅れて驚きの声が上がった。
自分で頭脳労働が苦手と言うだけあって理解するのに時間がかかったようだ。
「あの化け物みたいな王様はそんな凄い魔導師たちを従えているのかー」
『化け物か……』
そう呼ばれるのも無理からぬところだ。
何と言っても壁をくり貫いて蹴り飛ばしたのを目の当たりにしている訳だし。
「王様が化け物なら部下も化け物ってことだろ」
俺のことを言われるのはしょうがない部分があると思っている。
だが、皆のことを言われるとムッとしてしまう。
ひとこと注意したいところではあるが、ここは我慢だ。
聞き捨てならないレベルとまでは言えないだろうし。
それに彼らの会話は【遠聴】スキルで聞いているのだ。
超地獄耳とか思われたら彼らも必要以上に畏縮してしまいかねない。
「おいおい、口を慎め。
そんな呼び方しているところを聞かれたらどうする」
「うっ」
「しまっ」
【天眼・遠見】まで使って覗きをするつもりはない。
あくまで混乱が生じないか音で様子を確かめていただけなのだ。
が、お陰で手で口を塞いだらしいのは分かった。
失言を取り消そうとでもいうのだろうか。
そんなことをしても今更である。
発言内容は消えないし、俺の耳に直接入ってきたしな。
しばしの沈黙が続く。
「……どうやら大丈夫か」
「おそらく……」
何人分かの溜め息が聞こえてきた。
安堵したということだろう。
「冷や冷やさせるなよ」
「すまん」
「悪かった」
『そこまでビビらなくてもなぁ』
もし、近くにいたとしても発言を注意するだけだ。
その程度のことが今の彼らには恐怖なのかもしれないが。
城門キックと壁抜きキックはやり過ぎたということが図らずも証明された。
「思うんだけどさ」
彼らの噂話は続くようだ。
「何だ?」
「頼むから失言だけは注意してくれよ」
「うっ……
失言じゃないとは思うんだが」
「じゃあ、もっと声を落とせ」
ひそひそ話へと移行する一同。
「で、何だって?」
「この結界なんだが……」
「勿体ぶるな」
「だって失言だったらさぁ」
「だから内緒話にしてるんだろうが」
「いいから、言え。
気になってしょうがない」
「わかった……
あの結界だけどさ」
「「「「ふんふん」」」」
「あの凄い蹴りをした王様が1人でやったんじゃないかと、ふと思ったんだ」
「「「「ぬわんだってぇーっ!?」」」」
「しっ、声がデカい」
「お、おおっ、すまん」
「つい、な……」
「失言ではないんだろうが……」
「とんでもないことを考えたな」
「いくらなんでも……」
「ないって言い切れるか?」
「うっ、どうだろう?」
「さすがに1人では無理なんじゃないか?」
「わからんぞ」
「何とも言えないところだ」
「完全に否定はできないだろうな」
そのまま押し黙ってしまった。
完全に誤解とも言えないのが微妙なところである。
ここの結界はノエルが展開したものだ。
故に俺の仕事ではない。
が、1人でやったという点だけは正しい。
彼らは半信半疑のようではあるけれど。
『なんか嫌な予感がするな』
とはいえ、今から予定を変更するつもりはない。
願わくは彼らの俺に対する印象が悪化しないことを願うばかりである。
そんなこんなで噂に耳を傾けている間に全員が城外に出た。
旧スケーレトロ組が整列し点呼が完了。
積み込みの時のようにオルソ侯爵へ報告が入る。
「総員、移動完了しました」
「はいよ」
念のために城内に誰か残っていないかを探る。
確かにいないことを確認。
続いて輸送機のハッチを閉じ浮上させた。
輸送機が音もなく王城の上空へと垂直上昇し、高度を取る。
「「「「「おお────────っ!!」」」」」
旧スケーレトロ組が上空を見上げながら驚愕していた。
「宙に浮いたぞ!」
「あれは魔道具だったのか!?」
似たような声があちこちで上がっている。
「なっ……」
オルソ侯爵もお決まりの呻き声を発していた。
まあ、なくて七癖とも言うしな。
そのまま何の予告もなしに久々のオープン・ザ・トレジャリーだ。
このまま騒ぎを大きくさせるのを待つ必要はない。
派手な装飾の武器が空中で一斉に展開される。
「なっ、何だ、アレはっ」
「武器が浮いているだと!?」
早々に騒ぎになり始めているのでアタック開始だ。
読んでくれてありがとう。




