798 ハルト、オッサンにキレる
カーターが丸投げしてくるとは思わなかったさ。
まるでエリーゼ様である。
まあ、向こうがその気なら俺も好きにやらせてもらうまで。
「オルソ侯爵、しばらくは俺がカーターの代理だ」
「は、はい」
反応が鈍い。
呆れているのか呆気にとられているのか。
いずれにしても返事ができるなら問題はない。
「改めて言うまでもないと思うが、スケーレトロという国は無くなった」
少し間を置くが、不平不満を抱く雰囲気は感じられない。
「今夜から諸君らはエーベネラント王国の国民である」
「よろしいのですか?」
オルソ侯爵だ。
「国外追放でもされると思ったか?」
「それも止むなきことかと」
「人手が足りないのに、そんなことする訳ないだろ」
「そうは仰いますが……」
「ここにいる貴族はそれなりの地位に就けるってさ」
「は?」
俺の言葉が信じられないのかオルソ侯爵が呆気にとられていた。
自分たちが排除されると思い込んでいたんじゃ、そうなるのも当然か。
「そうだろ、カーター」
振り返りながら聞く。
こういうのは本人に問い合わせた方が確実だ。
代理人である俺が説明を続けると無駄なやり取りをすることになりかねないしな。
「ああ、間違いないよ」
カーターが太鼓判を押してくる。
が、それ以上は何も言わない。
このまま釣り上げて丸投げし返してやろうと思っていたが、甘かったようだ。
ニコニコして実に楽しそうだ。
『ちょっと腹立つな』
とはいえバトンを渡されたようなものだし、俺から責任を放棄する訳にもいかない。
そのまま話を続けることにする。
「爵位は新たに決められるだろう」
経験や実績を参考にしてと言いたいところだが、厳しいものがある。
客観的に評価する基準がないからだ。
経験は自己申告になるだろう。
自己評価の甘い者から渋い者まで人は様々。
その上、盛ってくる奴もいると思われる。
意図的ならともかく、無自覚な者もいるだろうし。
平均化して評価しようにも誰が盛っているのか判別は困難だ。
では、実績はどうか。
誰がその実績について評価したのかと考えれば、こちらの方があり得ない。
[不可]貴族の評価など参考にする方がどうかしている。
とすると、現状では判定結果の[可]と[普通]しか判断基準になるまい。
細かな部分は面接でもして決めるしかないだろう。
「お待ちください」
オルソ侯爵がストップをかけてきた。
「何か?」
「我々の責任はどうなるのです?
王の専横を許したのは我々貴族であることは間違いありません」
何人かの貴族は頷いていた。
残りの連中は気まずそうにしている。
これは[可]と[普通]の差のようだ。
責任感の強さとして考えると前者はプラス評価になる。
『チェックしておくか』
これは爵位を決める際の参考になりそうだ。
「責任?
何度も言うようだが死んで償うとかは論外だぞ」
そう言うと、何人かは小さく安堵の溜め息を漏らしていた。
こういう連中はマイナス評価だ。
覚悟が足りない。
いざという時に尻込みして責任を果たそうとしないのは問題外だろう。
もちろん、これもチェックしておく。
「投獄もしない」
更にマイナス評価の者が出た。
臆病だったり神経質だったりする者が引っ掛かっているようだ。
「今の状態で無駄飯を食わせる余裕はない。
それはお前たちの方がよく分かっているはずだが?」
「ならば我々はどうやって償えば……」
「国のために働いて返すに決まってるだろ」
「ですが……」
どうにも抵抗があるようだ。
働くのが嫌だというのではないだろう。
こういう生真面目なタイプは放っておいても仕事をする。
そんなことで償えるとは思っていないと見るべきだ。
『だったら、その考え方を変えてやろう』
「今のお前たちは大量の負債を抱えているようなものだ」
驚愕の表情でオルソ侯爵が聞いている。
俺が言ったことの意味を瞬時に理解したと見た。
頑ななオッサンだが頭の回転は速いらしい。
そして他の貴族の中にも気付いた者が何人かいるようだ。
[可]貴族のうちの一部だ。
[普通]貴族にはいない。
『これも使えそうだな』
更にチェックしておく。
判定基準は多いほどいい。
「一体どれほど王の専横な振る舞いを見過ごしてきた?」
全員が怯む。
貴族だけではない。
政には関係なさそうな騎士や兵も気まずげな表情をしていた。
王城勤めをしているだけに色々なことを目撃してきたのだろう。
そして見て見ぬ振りをしてきた。
それを罪だと自覚するから、ここにいる。
自覚できないような輩は出荷済みだ。
「そのツケはずっと国民が支払わされてきたんだろう?」
更に空気が重くなった。
「それこそ全財産を注ぎ込んでも返せない借金漬けの状態だという自覚はあるか?」
「借金は働いて返す、ですか」
オルソ侯爵が呟くように呻くように言った。
「当然だな」
「………………………………………」
長い沈黙が続いた。
オルソ侯爵が考え込んでいるからだろう。
あの調子では他に償う方法はないかと考えているかもしれない。
頑固にも程があるオッサンだ。
『もう一押し必要か』
「あんまりこういうことを言いたくないんだがな」
そう前置きしてオルソ侯爵の思考を中断させた。
下に向けていた視線がこちらに戻されるのを確かめてから話を続ける。
「敗戦国の人間がつべこべ言い過ぎだ。
反論すること自体が問題外なんだってことを分かってんのか?」
虚を突かれたようにオルソ侯爵が怯んだ。
「もっ、申し訳ありません!」
ガバッと頭を下げる。
一瞬、ヒヤリとした。
また土下座するんじゃないかってな。
「とにかく償う気があるなら国のために働け。
そのために爵位が必要だから与えるだけのことだ」
返事がない。
まだ躊躇いがあるようだ。
「だったら連帯責任といくか?
1人だけじゃない。
全員で償ってもらうとしよう」
「むう……」
オルソ侯爵が呻いた。
そんな声を聞かされると何だか悪役になった気分になってしまう。
こういうことになると読んだからカーターは俺に任せると言ったんだな。
薄々そうじゃないかとは思っていたんだけど。
溜め息が出た。
しかしながら追及する気にはならない。
腹が立たないと言えば嘘になる。
が、それを帳消しにする何かを持っているのがカーターだ。
『しょうがない奴だ』
これは貸しということにしておこう。
でないと割に合わないからな。
「ここにいる人間だけじゃない。
戦場に行った連中も含めてすべてだ」
「そっ、それはダメです!」
オルソ侯爵が今までにない反応を見せた。
何か引っ掛かりを感じる。
「無理に徴兵された者たちが大勢おります」
『ああ、そういうこと』
思った以上にデリケートな問題を抱えていた訳だ。
「彼らには罪がない。
むしろ被害者なのです」
鬼気迫る表情を見せるオルソ侯爵。
それを見て、俺はカチンときた。
「だったらお前らが守ってやれよ。
簡単に責任取って死ぬとか言ってんじゃねえ。
生き恥さらして後ろ指さされようが泥をかぶろうが生きて責任を取れ。
爵位を受けるのが相応しくない?
だったら尚更くれてやる。
そのことに罪の意識を持ち続けることこそが罰だ。
オルソ侯爵、お前はエーベネラントの侯爵として生きよ」
一気に捲し立てた。
その勢いに圧倒されたのかオルソ侯爵は言葉を失っている。
「これは命令だ。
拒否は許さん」
有無は言わせない。
そしてカーターに承諾の確認も取らない。
人に自分の仕事を押し付けたのだ。
俺の思う通りにやらせてもらう。
もちろん拒否などさせない。
この勢いのまま俺は謁見の間を歩き回り始めた。
ローズの評価に俺のチェックした項目を加味したポイントの高い貴族の前に出る。
「な、なんでしょうか?」
「お前は今から伯爵だ」
「は?」
指差された貴族は呆然としていた。
「今からお前はエーベネラントの伯爵だ」
「私がですか?」
俺が言い直しても聞き返す。
まあ、無理もないだろう。
元は準男爵だったのだから。
「拒否は許さん」
有無を言わせぬ口調で軽く凄む。
殺気はゼロだ。
それでも新伯爵が慌てた様子で跪いた。
「つ、謹んでお受けします」
2度聞き返されたが、くどいとは思わなかった。
オルソ侯爵に比べれば楽なものだからな。
この調子で任命していくつもりだ。
後は楽なものだった。
特に躊躇うことなく受け入れたのは新伯爵の前例があったからだと思われる。
騎士に新子爵だと言った時だけは周囲がどよめいたが。
慣れてくると声も出せるようになるか。
反応を見る限りでは嫉妬めいたものなどは感じられない。
[普通]の連中が混じっているから、どんなものかと思ったが。
今のところは大丈夫そうだ。
そしてオルソ侯爵の前へと戻ってくる。
「勝手に決めさせてもらったぞ、カーター」
事後承諾である。
「あー、助かったよ。
面倒なことまで片付けてくれて、ありがとう。
やっぱりハルト殿に任せて正解だったねー」
文句のひとつも出てくるかと思ったら、これだ。
『言ってくれるぜ』
読んでくれてありがとう。




