770 腹ぺこさんは俺だけじゃなかった
57話を改訂版に差し替えました。
体育館から出た俺たちは皆と合流する。
結局、ローズは残ることになった。
1人で帰ることをを強硬に拒否したからだ。
駄々っ子状態の悪夢、再びである。
しょうがないので霊体モード厳守の条件付きで認めたけどね。
「何だか疲れ切った顔をしているね、ハルさん」
「まあねー……」
そう言いながらミズホ組にだけ見えるよう幻影魔法を使った。
霊体モードのローズが仁王立ちで高笑いしている姿が映し出される。
音声はない。
念話を音声変換して消音結界を構築なんて面倒なことはしていられない。
というより腹が減って気力が湧かない。
「あー、そういうこと」
トモさんが能面のような無表情になって頷いてくれた。
声は聞こえなくても充分に伝わったようで何より。
「事情は分かりましたが──」
フェルトが声を掛けてきた。
言いたいことは分かるので先回りする。
「猫を被らんと部外者に怪しまれるって言うんだろ」
ダニエルたち3人と席を外して戻ってきたらダレていた。
誰が見ても何をしてきたのかとなるだろう。
「はい」
返事は短かったが「分かってらっしゃるんじゃないですか」と目で語られてしまった。
トモさんの嫁は意外と辛辣だ。
まあ、フェルトの主張はもっともである。
諫言してくれているのだと思えば無下にも出来ない。
俺は【千両役者】スキルを使った。
「腹が減ってるんだよ。
これで勘弁してくれー」
「いえ、充分だと思います」
『くくっくぅくーくうくくぅ』
腹が減っては戦が出来ぬー、などと茶々を入れてくるローズ。
もちろん念話でだ。
『くぅ、くくっくうくー』
でも、芝居は出来るー、とまで言ってくるか。
割としつこい。
それだけミズホシティでは退屈していたってことだろう。
とはいえ俺も付き合いきれない状態だ。
『ほほう、よほど帰りたいと見えるな』
出し惜しみなしで切り札を使う。
失敗すると俺の方が被害を受けるのだが。
まあ、相打ち覚悟だ。
駄々をこねられても念話を遮断するまで。
暴れ回るのは我慢するしかないがね。
『くくー』
ぎくっ、とか言いながらローズは大袈裟なポーズを取った。
御丁寧にギャグアニメとかでお馴染みのデッカい汗を幻影魔法で頭に貼り付けている。
わざわざミズホ組にしか見えないようにしているあたり芸が細かい。
『帰りたくないんなら大人しくしてろ。
マジで腹減ってんだから、お遊びに付き合う余裕はないぞー』
ブンブンと勢いよく頷くローズ。
ヘッドバンギングしているのかというくらい繰り返している。
ふざけているように見えるが当人は大真面目である。
『分かったから』
俺がそう言うと、ようやくエンドレス化しかけていた頷きは止まった。
「ハルさんも大変だねー」
トモさんが笑っている。
今の念話は俺もローズも身内には聞かせていたからな。
「腹が減っているんだったら昼飯は俺たちが用意しようか?」
トモさんはふとした拍子に、こういう気遣いを見せてくれるから油断できない。
異性であったら惚れてしまうところだ。
「いや、大丈夫。
すでに準備は完了している」
「ほほう、腹が減っても抜かりはありませんなぁ」
「まあねー」
「で、メニューは何だい?」
ここで子供組がググッと迫ってくる。
どうやら彼女らも空腹なようだ。
人化していなければ全力で尻尾を振っていることだろう。
「なんだ、腹が減ってるのか?」
コクコクコクコクと頷く子供組一同。
「待っている間、負荷をかけながら組み手をやっていたんだよ」
トモさんがフォローを入れてくれた。
「負荷重視で?」
そこが重要である。
理力魔法で己に負荷をかければ動きが制限されるからな。
負荷をかければかけただけ常識的な範囲の組み手になるというわけだ。
「んー、どうだろう。
負荷は強かったと思うんだけどさー」
自信なさげなトモさんがフェルトを見た。
フェルトは目を閉じ小さく頭を振っている。
これはダメっぽい。
「ハリー」
「昨日までで見せていた程度には抑えていました」
「……………」
それはつまり、アンデッドと戦ったときくらいの動きはしたってことだ。
しかもトモさんの話に寄れば高負荷をかけながらだ。
腹が減って当然である。
だが、それよりも気にすべきことがあった。
何処でやったか。
そして誰かに見られたか。
要するに隠す気があるかないかだ。
「ここの広場でやったんだよな」
こう聞くのが手っ取り早い。
ただ、ハリーに聞いたつもりだったのだが……
予想に反して子供組がショボーンとなってしまった。
これは返事を聞くまでもないだろう。
念のため【天眼・遠見】で周囲を確認してみる。
離宮組がドン引き状態だ。
『あー、やらかしちゃったかー』
やってしまったものはしょうがない。
それに考えようによっては手間が省けたかもしれない。
「怒ってないから俯くな」
そんな言葉で元に戻ってくれるなら楽なのだが、そういうことはない。
「むしろ、良くやったと言いたい」
子供組の顔が一斉に上がった。
みんな「どういうこと?」という顔をして首を傾げている。
実にプリチーだ。
「俺しかデモンストレーションを見せていないだろ?」
フンフンと頷きが返される。
「俺たちの中でもっとも侮られるのは?」
子供組がそれぞれ自分を指差す。
この仕草も可愛くて和む。
「だけど合流前の面子はそんなことなかったよな」
コクリと頷かれた。
「その面子は俺がいない間の組み手を見ても度肝を抜かれた感じじゃなかったろ?」
もう一度コクリ。
「その程度には抑えて合流した面子に見せつけたと考えればいいんだよ」
今度は首を傾げてきた。
「合流した相手に侮られて変に絡まれることが無くなったって言ってるんだ」
全員が目を丸くする子供組。
「だから、良くやったってこと」
そう言うと次の瞬間には子供組たちがしがみついてきた。
ギュウッとね。
「モテモテですなー」
ニヤニヤするトモさん。
「ロリコンとか言ったらトモさんだけ昼飯抜きな」
「ぬわにぃー」
『言うつもりだったな』
岩塚群青さんの物真似ネタを引っ張り出してくるってことはそういうことだ。
「いや、それが分かるの俺だけだって」
「ぬわにぃー」
「……………」
群青さんを連続で使ってくるか。
トモさんは俺が思っていた以上に動揺しているようだ。
「言ってないから昼抜きの刑は無しだよ」
「オー、アウフ!」
セーフのジェスチャー付きで誤魔化しているが、結構必死な様子が見て取れた。
そこから導き出される答えはひとつ。
「トモさんも組み手に参加したんだね」
子供組ほどではないが腹が減っていると。
「フヒヒ、サーセン」
肯定したってことは、そういうことだ。
「不参加はハリーとフェルトだけか」
「参加した方が良かったでしょうか?」
ハリーが聞いてきた。
フェルトも少しばかり不安そうな顔をした。
「いや、全員参加だと逆にマズかったな」
「どういうことでしょう?」
訳が分からないといった感じでフェルトが聞いてくる。
「見ろよ、離宮の連中」
視線だけを動かして促すと皆がチラ見で確認した。
俺の意図を察してくれたようでなによりである。
あまりジロジロ見ると離宮組の連中がどういう反応をするか分からないのでね。
敵対するなんてことは間違ってもないから、そこは安心できるのだけれど。
それでも震え上がって失神者続出なんてことはは無いとは言い切れない。
「ドン引きですね」
フェルトの顔が引きつっていた。
「でも、隠れ里に来るまで一緒だった人たちは普通です」
ハリーはそのあたりも確認していたようだ。
「そんな訳で、実力を見せていない面子もいた方がいいんだよ」
「大丈夫でしょうか?」
フェルトは不安そうだ。
「そのうち慣れるだろ」
「はあ……」
返事からは納得したように見えない。
が、いつまでも構っていられないのが俺の腹具合である。
「んなことより飯だ、飯っ」
「「「「「飯っ」」」」」
とうとう我慢できなくなったのか子供組が俺に続いた。
トモさんも加わっていたのは言うまでもない。
「で、お昼は何なのさ?」
そういやトモさんの質問に答えていなかった。
「お代わり自由のハンバーガーだ」
「「「「「お代わりっ」」」」」
子供組が瞳をキラキラと輝かせ。
「自由ぅ~?」
トモさんがニヤリと笑う。
即席で腹ぺこ組を結成し輪になって踊っている。
「ファーストフードなのは分かるのですが」
フェルトが冷静な口調で割って入ってくる。
腹ぺこ組のノリには参加するつもりはないようだ。
「おにぎりや丼じゃないんですね」
俺らしからぬチョイスだと思ったようだ。
空腹時には米を選ぶというイメージが定着しているようである。
「フフフ、バンズに米粉を使っているのだよ。
それに米をそのまま使うと離宮組で受け付けないのがいるかもしれんし」
フォローのために奔走するのは現状の腹具合ではやりたくない。
今朝までと違って頭数がそれなりにいるからな。
「食べ始めたら食べることに専念したいのだよ。
ハンバーガーなら積み上げときゃ勝手に持って行けるだろ?」
「そういうことでしたか」
フェルトも納得がいったようだ。
読んでくれてありがとう。




