759 静まり返っていた理由
爆炎球の煙が薄らいでいく。
本来なら視界を塞ぐので煙は瞬時に消える仕様にしているが術式を弄っておいたのだ。
これも演出である。
煙が消え去るまでシノビマスターの姿が確認できない状態。
それによりもたらされる緊張感は観戦する者たちには刺激的だ。
そして煙は消えた。
水の膜も消えている。
その中心地点にシノビマスターの姿がなかった。
だが、爆炎球の一点集中攻撃で消滅した訳ではない。
「やるな……」
水の膜があった場所のずっと向こう側で平然と立っている。
「さすがはシノビの長」
傷ひとつ負わぬどころか、忍者装束さえノーダメージだ。
全身が黒でなければ煤けていないことも見て取れただろう。
「フフフ、ヨモヤ水遁ノ術ヲ火魔法デ破ルトハ驚キダ」
「五行思想を過信するから、そうなる。
何事も例外はあるさ。
威力が違えば覆すこともできるんだぜ」
「ヤハリ、五行思想ヲ知ッテイルカ。
賢者ヲ名乗ルノハ伊達デハナイナ」
「そいつは、どうも。
だが、恐れ入ったって感じじゃないよな。
咄嗟に背後の水を前面に持ってきてノーダメージだし」
「ホホウ、ソレヲ見抜イタカ。
煙ヲ目眩マシガワリニシタツモリダッタノダガナ」
「そんなに難しいことじゃないだろ。
出口の確保と防御を同時にやってみせた機転は見事だと思うがな」
「コチラコソ、サスガト言ワセテモラオウ。
咄嗟ニ術式ヲ書キ換エタデアロウ。
爆発ニ指向性ヲ持タセ一点突破ノ威力ヲ持タセタコト見事ナリ」
「やっぱ、そこまで見抜いちゃうかー」
「当然ダロウ。
我トテ神ノ使イダ。
コノ程度ノコト見抜ケヌヨウデハナ」
「そりゃ、そうか」
俺は嘆息しギャラリーの方へチラリと視線を向ける。
「「「「「………………………………………」」」」」
外野はとっくに置いてけぼりの状態だった。
いつからだろう。
火球を無数に撃ち込んでいる時には、大半の者が既にこの状態だった。
最初に呆気にとられた状態になったのはエーベネラントの騎士たち。
シノビマスターが分身の術を使った時点で驚愕を顔に貼り付けていたのを覚えている。
離宮組より強いからこそ信じられないものを目撃した衝撃が大きかったのだろう。
そこから彼らはトモさんの解説が耳に入らなくなっていた。
「あー、アレは残像が残るくらい素早く動くのと急停止を繰り返しているね」
「残像って何すか?」
この時点では斧男はまだ目を見開くぐらいで済んでいた。
「こういうのだよ」
人差し指を立てて手を素早く振ってみせるトモさんに離宮組の視線が集まった。
「この指がぶれて見えているのが残像だ」
理屈で説明するのではなく見てすぐに理解できるようにしたようだ。
「な、なるほど」
そこから分身の術を指だけで真似てみせるトモさん。
「「「「「おおっ」」」」」
何人かが真似ようとするが……
「無理だ」
「指を何本にも見せるだけでも、できそうにねえ」
「あのシノビマスターって体全体でやってるんだろ?」
「無茶苦茶だな」
ここで何人かが言葉を失うこととなったのは言うまでもない。
斧男はそこには加わっていなかった。
「なんか分かんねえけどスゲえっす」
などと呟いてはいたけれど。
分身の術の凄さが半端にしか理解できなかったようだ。
パワーファイターであるが故に畑違いのスピード戦闘はピンと来ないのだろう。
その時点でトモさんは次の解説をしていた。
指だけ分身の術をしながらも俺たちの戦いから目を離していなかったのだ。
【並列思考】や【高速思考】のスキル持ちだからこそできる芸当だろう。
俺の氷弾が薙ぎ払われた直後のことである。
「あー、あれは氷の魔法をすべて剣で薙ぎ払ったね」
「「「「「まじっすか!?」」」」」
ここでも残りのエーベネラント組が何人か脱落。
俺たちの手合わせを見ているのかどうか怪しい状態になってしまっていた。
だが、まだ解説を聞くことのできる面子が残っている。
「両者が連続突きをしながら躱してるよ」
「「「「「ウソだろぉっ!?」」」」」
更に脱落していくエーベネラント組。
残っているのは数えるほど。
カーターやフェーダ姫は残っている方だった。
大したものである。
王族としての矜持がそうさせていたのかもしれない。
だが、まあエーベネラント組に関してはそこまでだった。
俺が火球を無数に繰り出したからだ。
多くの者たちが大口を開けて固まってしまった。
エーベネラントの王族コンビも例外ではない。
言葉すら発することができずに顎を外さんばかりのポカーン顔である。
最終的にはゲールウエザー組も例外ではなかった。
エーベネラント組よりは余裕を持って見ていたようではある。
最初は経験者として見ることができていた訳だ。
色々と信じられないものは見てきていると言わんばかりだったのが俺としては不満だが。
とにかく、火球を撃ち出す前の攻防は彼女らにとって驚愕には値しなかった。
そこから状況が変わるのは撃ち出し始めてからしばらくしてのこと。
「ね、ねえ、お姉ちゃん……」
護衛ちゃんが姉に呼びかけるが。
「なによ」
姉の方は素っ気ない。
いや、下らないことだったら分かっているわよね的な何かが返事に上乗せされている。
「……………」
そのせいか途端に口ごもる護衛ちゃん。
「……言いなさいよ」
言わなかったら言わなかったで苛立つ護衛ちゃんの姉。
先を促すプレッシャーがジワリジワリと護衛ちゃんにのし掛かっていく。
このまま黙り続けると、さほど待たずして殴られるだろう。
言わざるを得ない状況に追い込まれてしまった。
が、迂闊に口を開くことができない。
なぜなら先の下らないことだったら、がキャンセルされていないからだ。
理不尽な姉の典型だろう。
言えば殴られる。
言わなくても殴られる。
必ずしもそうではないが、高い確率でそうなるのは姉妹としての経験から知っている。
前門の虎後門の狼状態に陥った不幸な妹である。
それでも、どうにか決断し喋ることを決めた。
問題の先送りは拳骨を確実にもらってしまうだけだからだ。
既に姉が殺気立ち始めている。
「ヒガ陛下のことなんだけど……」
姉の殺気が増した。
魔法を連発しているのが凄いとか言う気なら分かっているでしょうねと目で語っていた。
「魔力を消費しすぎじゃないかな……と思うんだけど……」
姉の殺気が更に増した。
やっぱり下らないことだったわねと拳がゆっくりと持ち上げられていく。
「ちょっと待て、モリー」
それを止めたのは副隊長のリンダであった。
妹には理不尽な姉も上司には勝てない。
姉の拳骨は阻止された。
「アデル、お前はどのくらい消費したか見積もったのか?」
リンダの質問に護衛騎士部隊の面々の視線が護衛ちゃんに集まる。
「ええっと……」
ビクビクして答えづらそうにしている護衛ちゃん。
姉の殺気が復活した。
「感覚的にですけどっ……」
慌てて反応する護衛ちゃんである。
ただ、具体的な数字は言わなかった。
言ってしまった後のことを考え、はばかっているのだろう。
「感覚で構わない」
そう言ったのはリンダではなく隊長であるダイアンであった。
「教えてくれないか」
隊長から頼まれれば嫌とは言えない。
「控えめに見て数十人の魔導師が魔力を枯渇させる消費量かと」
「「「「「────────っ!?」」」」」
言われて初めて、そんな状態は軽く超えているだろうと気付いたかのような反応だった。
「実際にはもっとだろうな……」
「でしょうね」
重苦しい空気を漂わせてダイアンとリンダが語る。
「凄い人だと思ってたけど……」
「これは、さすがに……」
今まで無言を保っていた部隊員の騎士2人も思わず声を漏らしていた。
「それだけではないぞ」
そう言ったダイアンに隊員たちがギョッとした表情で注目した。
「更に驚愕の事実がある」
「何です、隊長?」
「それだけ消費しながらヒガ陛下は顔色ひとつ変えてらっしゃらない。
保有魔力量が桁外れだとしても、これは異常だ。
大量に消費したなら疲労が色濃く見えていてもおかしくないだろう?」
「「「「あ……」」」」
護衛ちゃん以外が顔を引きつらせていた。
「アデルはそのことを言いたかったのだな」
「は、はい」
「もしかして隊長は気付いてたんですか?」
「まあな……」
リンダの問いに答えるダイアンの歯切れが悪い。
「恐らくだが、あの魔法の使い方は布石だ」
「あれだけ湯水のように魔力を消費しておきながらですか?」
信じ難いとばかりに隊員の1人が聞いている。
「そう思うのも無理はない。
凄まじいまでの連続攻撃に目を奪われがちになるからな」
「あ、だからこそ敵の注意も引き付けられる……」
「そういうことだ」
ダイアン以外の部隊員たちが顔を青ざめさせる。
「敵の目を引き付けるためだけに魔力を消費するなんて……」
「正気の沙汰じゃないですよっ」
「ここに来て火球の数がまた増えています」
「それを平然と受けている方も尋常ではない」
「そっちは神の使いだからでしょうね。
そのシノビマスターを普通に相手をしているヒガ陛下が普通じゃないってことです」
「「「「「……………」」」」」
一通り話して推測ではあるものの状況を把握した面々が震え上がっている。
俺が火球から爆炎球に切り替えた瞬間にはギャラリーは静まり返っていた。
爆発が起きても誰1人として声を発することができない状態。
【多重思考】を用いてもう1人の俺でログを確認しているから間違いない。
『やりすぎたか……』
トモさんが解説する相手を失うくらいだからな。
だが、ここで終わりにはしたくない。
忍術なんて分身の術しか使ってないからね。
読んでくれてありがとう。




