758 ハルト VS シノビマスター
「互いの拳がぶつかって踏み込もうとした瞬間に両者が飛び退いたんだ」
トモさんの解説は続く。
「えっと……、どうしてっすか?」
両刃斧を持った大柄な戦士が身を屈めるようにして聞いていた。
何だか畏れ多いと言った雰囲気がある。
斧男の周囲にいる面子もそうだ。
質問するのも恐れ多いとばかりに固唾をのんで見守っている。
俺たちの初手を見切ったトモさんに畏縮しているようだ。
「あのまま踏み込んでいたら2人の拳はグシャリだ。
もしくは先に手首が酷いことになっていたかもな」
「「「「「おお───っ」」」」」
トモさんの解説が受けている。
その間の俺たちは時計方向に周りながらジリジリと間合いを詰めていた。
先程と同じ展開では面白くない。
間合いを詰め切る前に俺は左腕を薙ぎ払った。
シノビマスターも呼応するように腕を振るう。
「ビシッビビビビシッ」
いくつもの氷の礫と金属の棒が俺たちの中間地点でぶつかり合った。
互いの勢いを削ぎヘロヘロとあらぬ方へ飛んで落ちていく。
「今度は何だ!?」
「何か投げたみたいだな」
「魔法じゃないのか……」
「速過ぎて分からん」
「ハルさん──我らの王が魔法で氷の礫を放った。
シノビマスターは武器を投げて応戦してみせたってとこか」
またもやナイス解説である。
『助かるわー』
「マジっすか……」
斧男が目と口を開きっぱなしにして俺たちの方を見ている。
他の面々も似たような状態だ。
「呪文も唱えずに魔法が……」
「杖もなしに……」
「冗談だろ?
悪い夢でも見ているみたいだ。
スゲえ戦士なのに魔導師級の魔法使いだって?」
「魔法戦士ってことか」
「初めて見た」
「俺もだ」
「本当にいるんだな。
物語の中にしかいないと思ってた」
『始めたばかりで、これなのか』
ギャラリーの反応が想定以上で加減が難しい。
直感的に動きを制限できないと、こうなってしまう。
いっそ相手が彼らなら、それに合わせればいいだけなんだが。
だが、ギャラリーに見せるための強者同士の手合わせだ。
故にそれができない。
調整対象と相対しているかいないかの影響は大きかった訳だ。
『勉強になった』
これからは相手の平均レベルを見極めてから始めた方がいいだろう。
とはいえ、既に見せてしまっている以上は外野に合わせた動きに抑えることはできない。
トモさんの解説だよりになるが、このままで行く。
「次ハ、コチラカラ行クゾ」
シノビマスターが背負っている忍者刀を抜いた。
俺は体を捻りながら前に出る。
風を切る音が上から下へと抜けていく。
斬撃だ。
次の瞬間には、俺たちの立ち位置が変わっていた。
「「「「「うお─────っ!」」」」」
ギャラリーからどよめきのような歓声が上がった。
まあ、シノビマスターの振り下ろしは見えていなかっただろうが。
結果だけ見ても充分に驚きなのだろう。
「ヨクゾ躱シタ」
「お互い様だ」
俺も躱すだけじゃなく反撃していた。
光魔法で作った光剣でね。
「ヨモヤ二ノ太刀ガ封ジラレルトハナ」
言いながらシノビマスターが駆けてくる。
つい先程の突進のような勢いはない。
代わりに左右にいくつものシノビマスターの姿が現れた。
残像を利用した分身の術だ。
「それくらいはな。
そっちだって俺の魔法に即応してみせただろ」
左右の動きを制限するように火魔法で火球をバラ蒔いた。
「神ノ使イトシテ恥ズカシイ姿ハ見セラレヌノデナ」
忍者刀で火球を切り飛ばすシノビマスター。
「そこはシノビの長としてと言うべきじゃないのか?」
詰まった間合いを更に詰めるべく踏み込んで斬り掛かる。
「キンッ」
斬撃は容易く弾かれた。
「フハハハハ、サスガハ賢者」
お返しとばかりにシノビマスターが斬り上げてくる。
「キキンッ」
斬り上げと同時に飛んで来た飛び苦無をも弾く。
「シノビノコトヲ多少ナリト知ッテイルヨウダナ」
こちらからもお返しで氷弾を至近距離から放つが──
「ビッビシッビビビビビッビシビシビシッ」
軽く薙ぎ払うだけで、すべて粉砕されてしまった。
「知識欲が旺盛なものでね」
「シュババババババッ!」
「ヒュババババババッ!」
互いに繰り出した連続突きを紙一重で躱していく。
「ヤハリ貴殿ハ面白イ」
「ギンッ!」
再びシノビマスターと斬り結ぶ。
鍔迫り合いになるが、押し合いの力を利用してすぐに離れた。
「キンッキキキンッキンキンッ!」
小さく細かく、そして素早く動きながら何度も斬り結ぶ。
「神ガ注目シテオラレルダケハアル」
「ゴゥッ」
「ズバッ」
大きく横に薙ぎ払い合い、飛び退って間合いを取った。
「そういや、前もそんなことを言っていたな」
俺は小さい火球をいくつも発生させる。
シノビマスターは片手で印を切り始めた。
「時折、不思議ナ声ヲ聞クダロウ?」
火球を時間差で放っていく。
その瞬間、シノビマスターの周囲を薄い水の膜が半球状に覆った。
火球は水の膜に着弾するも、その上で消失する。
「それがどうした」
同時に数発の火球が当たろうと水の膜は消えもしなければ弾けもしない。
「アレハ神ノ声ダ」
何十発になっても結果は同じ。
それでも火球を撃ち込み続ける。
「ああん?」
茶番だとは思いつつも自分らしさを意識して応じる。
意識しすぎたのか、いつも以上にガラが悪くなってしまった。
その間も火球の数を徐々に増やしていく。
もちろん消費した火球は補充している。
「貴殿モ声ニ従イ動イタデアロウ?」
どれだけ増やそうと水の膜が破られることはない。
「仕事をさせられたって感じだがな」
舌打ちしながらの返事。
ギャラリーにはどう受け取られたか。
シノビマスターとのやり取りに不服を感じたように見えただろうか。
火球が水の膜を突破できないことに苛立ったと思われただろうか。
それとも、そこまで考える余裕がないか。
いかに手のひらサイズの火球とはいえ連続で同時発射。
発射間隔も西方人の常識からは考えられない短さである。
撃ち込んだ数は千に達しようとしていた。
総長あたりは俺の魔力量がいかほどのものか考え始めているのではないだろうか。
火球を小さくしたのはそれを見越してのことだ。
もっとも、それだけではないが。
「神ニ任サレルナラ光栄ダトハ思ワヌカ?」
余裕のある態度で聞いてくるシノビマスター。
絶対に突破されないという自信を身に纏っているのがよく分かる。
きっと周囲の面々にも伝わったはずだ。
実際、突破できていないんだし。
「面倒くせえのは好きじゃないんだよ」
突破できないからといって俺が軽んじて見られることもないだろう。
それだけの弾幕は見せているのだから。
「ソウ言イツツモ、為スベキ事ハコナシテイルデハナイカ」
とはいえ、このままでは俺がシノビマスターより弱いと見られかねない。
「無視すると後味が悪そうなんでね」
このまま終わらせるつもりはないが、火球の連続発射は続ける。
「ソウイウノヲ世間デハ、オ人好シト言ウノダ」
いつか許容限界に達するという攻め方をしているつもりはない。
が、結果的にはそう見えるだろう。
だからこそギャップが生じる。
「余計なお世話だっ!」
怒っているように見せつつも、火球は数を増やすだけだ。
大きさも威力も変えない。
それこそが布石になっている。
「ハハハ、神ガ見込ンダダケノコトハアル」
『そろそろやるか』
「知るかっ」
その言葉を合図に放った火球が水の膜に接触した瞬間。
「ドドドッドドドドッドドドドドドドドッゴオオオオォォォォォン!」
水の膜のあちこちで火球だと思われていたであろうものが牙をむいた。
そう、爆発した火球はすべて爆炎球だったのだ。
何度も何度も火球を繰り返したのも、この時のため。
爆炎球はないと思い込ませられれば攻撃が通りやすくなる。
また、火球のサイズを小さくしたのにも理由があった。
爆炎球を予測されても威力を低く見積もらせるためだ。
使っている魔力からダメージを類推していたとしても低い見積もりを出させる。
それができれば水の膜も突破可能だろう。
あの水の膜はシノビマスターからの魔力供給を受けている。
それが幾度となく攻撃しても通用しなかった理由だ。
一時的にでも想定以上のダメージを出さないと突破できない訳である。
『創意工夫で鉄壁の守りを崩すってな』
では、小さい爆炎球で魔力を注ぎ込まず威力を上げるにはどうするか。
それこそが工夫の部分だ。
ぶっちゃけ、水の膜の接触面に垂直方向へ指向性を持たせただけなのだが。
本来は全方位へ拡散するダメージを一極集中させる。
結果、桁違いの威力となる。
魔力量や見た目の大きさからは想像できないのが利点だ。
術式が複雑化して制御難易度も跳ね上がるがね。
次からは通用しない手ではあるが。
一度でいいから鉄壁を突破する。
そういうシナリオだ。
自分を相手に戦っているのだから最初からネタバレはしている。
要はギャラリーを納得させられる演出ができているかが重要なのだ。
演出が難解になっても問題はない。
トモさんが解説してくれるからね。
「水遁の術、破れたり」
爆炎の煙が晴れると水の膜は消えていた。
読んでくれてありがとう。




