701 つくってあった『オペラグラス』
護衛ちゃんが説教を受けた。
隊長と副隊長と他の隊員たちから。
まあ、ぶっちゃけると護衛部隊全員からということだ。
発言内容に関してなら止めようと思ったのだが、そこは違った。
テンパって冷静な対応ができなかったことに対するダメ出しである。
「はわわわわ、とは何だ」
「護衛に従事する者がオロオロしてどうする」
「それにヒガ陛下の発言が耳に入ってなかった」
「謝罪が必要だとしてもアレはない」
「あんたの妹でしょうが」
「うわっ、とばっちりじゃないのっ」
『そういや、護衛ちゃんは一番年下で姉がいたんだな』
俺がそれを思い出したところで何がどうということもないのだが。
「そのくらいにしておきなさい」
適当なところで総長が介入してダメ出し大会は終了した。
その間、眺めているだけだった俺たちだが。
『こんなことしてていいのかね』
まあ、追いつくために致命的な遅れになるって訳でもない。
納得いくまで話し合っても間に合う。
『ちょっとアクセル踏むだけでいい話だしな』
乗り心地が酷いことになるけれど。
旧街道が今までの道よりちょっとワイルドなことになっているからね。
で、ダメ出しが終わるのを待っていたようにダニエルが動いた。
「ヒガ陛下」
「なにかな?」
「実際のところは、どうなのですか」
真剣な表情で俺のことを見てくる。
『爺さん、目がマジだぞ』
無理もないとは思う。
俺が下手なことをしたせいで王弟が帰路を変更したとなれば問題になる。
まあ、バレればの話ではあるが。
恐らくダニエルは「もし、そうなら全力で隠さねば」とか思っていることだろう。
「俺がヘマをしたとか思っているなら心配はいらんよ」
ダニエルは視線をそらさない。
まあ、口で大丈夫と言われたくらいで納得するわけはない。
そこに根拠がなければ信用しようがないだろう。
誰だってそう思う。
現にゲールウエザー組は全員が緊張した面持ちで俺の方を見ていた。
うちの面子はユルユルでくつろいでいるけどね。
俺が注目を集めているのにお構いなしでボヘーな感じでお茶してるし。
『いいけどさ』
俺は俺で疑惑を解消するまでだ。
「察知されるような近場から監視なんてするわけないだろ」
そう言うとゲールウエザー組の面々が困惑の表情を浮かべた。
「あの、具体的には……」
そろっと顔の前くらいまで手を挙げてナターシャが聞いてきた。
「向こうの山の中」
親指で軽く指差す。
「「「「「はあ─────っ!?」」」」」
ゲールウエザー組が一斉に立ち上がって固まった。
座っているのは総長だけだ。
「そそそそんなに目のいい人がいるんですかっ!?」
ナターシャが泡を食ったように捲し立てるのも無理はない。
普通の人間だと判別に苦労するくらいは離れているからだ。
「いくら、あの山が見通しの良い場所だと言っても……」
困惑することしきりである。
「落ち着きなさい」
そう言って総長が茶を一口すすった。
何故かそれだけで、ざわついていたゲールウエザー組が静まりかえった。
総長の醸し出す雰囲気に自然とそうなったとしか言い様がない。
だが、圧倒的な存在感のようなものがある訳でもないのだ。
むしろ逆である。
静かな川の流れを見ているような感じとでも言えばいいのだろうか。
『アレは絶対に真似できないな』
そう思ったのも束の間のことであった。
「まずは座りましょうか」
総長はそう言って笑顔を見せる。
その笑みは穏やかな春の日差しを感じさせるものだった。
護衛やナターシャに着座を促す穏やかさがあるのは間違いなかったのだが。
ダニエルにそれが向けられた瞬間、それは変貌した。
わずかに、だが確実に。
変わったのは目だ。
顔に張り付いた笑顔は何ひとつ変わっていないのに凄みを感じさせる笑顔だった。
『こっ、怖えーっ!』
笑っているのに笑っていない。
その目が「宰相が周りと同じように狼狽えてどうするのですか!?」と語っていた。
「─────っ!」
ダニエルは悲鳴を上げかけたが、どうにか声を押し殺せたようだ。
そんなこんなで約1名が肝を冷やしつつ全員が着座した。
『あの婆さんだけは怒らせちゃダメだな』
迫力が違う。
ガンフォールなんかのとは異質ではあるが確かに迫力がある。
個人的には総長の方が上だと感じた。
できれば矛先を向けられたくないと思ったからね。
「お騒がせしました」
俺にそう言ってきた時には、プレッシャーが消えていたのは幸いだった。
それでも心臓がバクバクいってそうな錯覚がしたのは内緒である。
『【ポーカーフェイス】スキルがあって本当に助かったわ』
「宰相、話は最後まで聞くもんだぜ」
ビクリと体を硬直させるダニエル。
あまり苛めても意味がないので話を進めることにする。
「あの山からだと普通なら識別困難だろうがな。
それを覆す便利なものがあるんだよ」
「え?」
俺は懐に手を入れる。
そこに入れていたように見せつつ倉庫から目的の物を引っ張り出した。
『こういう時のミズホ服ってのは便利だよな』
和風テイスト溢れる合わせのデザインを取り入れながら洋服のように柔軟性がある。
全体が均質に柔軟性があるのではないところがミソだ。
でないと着づらくなってしまうからな。
それはそれとして、重要なのは引っ張り出したブツである。
「何ですかな、それは?」
はがき大で厚みは親指の幅ほどのそれを見てダニエルが聞いてきた。
首を傾げつつも興味深げな目を向けている。
それは他のゲールウエザー組も似たようなものだった。
注目がより強く集まるのを感じる。
その中で俺は、それのサイドの部分にある目立たない出っ張りを押し込んだ。
「ジャカッ!」
バスの車内でそれが展開する音が響き渡る。
ブツは二枚貝のように片側を大きく開いた。
「「「「「おお─────っ!」」」」」
折り畳んでいたものが開いただけなのに、この反応。
『新鮮だな』
「こいつはオペラグラスと言う。
その中でもコンパクトになる折りたたみのタイプだ」
「オペラグラスですか……」
俺の掌の上に乗せられたそれを覗き込むようにして繁々と眺めるダニエル。
他の面子も食い気味だ。
どういう用途で使うものかも説明していないのに。
『こうまで期待されると逆に怖くなるな』
怖いは言い過ぎかもしれないが、不安であるのは確かだ。
が、いつまでも見せるだけの状態でいるわけにはいかない。
「オペラグラスは双眼鏡の一種で観劇をする時に使うため特化したものだ」
「双眼鏡?」
「使ってみれば分かる。
コイツを覗いてみな」
そう言ってダニエルに折りたたみ式のオペラグラスを手渡した。
わざわざクルッと向きを変えて覗き込むダニエル。
首を捻って困惑するのも無理はない。
逆から見れば縮小されるからな。
おそらくは何が見えているのかすら理解できていないだろう。
初めて使う道具だ。
覗けと言われれば大きく開いた方から見てしまいたくなる気持ちも分からなくはない。
「違ーよ、元の向きに戻してから見てみな」
「おおっと、これは失敬」
アタフタとしながらも正規の方向に戻して覗き見るダニエル。
「……………」
反応がない。
いや、声が出せないだけだ。
眉がしかめられている。
『まあ、そんなものか』
不意にオペラグラスが下げられた。
グルンと勢いをつけて俺の方を見るダニエル。
何かを言おうとして言えずにいる。
言葉を探しているという風には見えなかった。
動揺で舌を噛みそうになるのを危惧している感じだ。
『冷静さを多少は残しているか。
だったら大丈夫かな』
「上の方についてるギザギザの所を動かしてみな」
言われるがままに無言でダイアルを弄るダニエル。
「そう、それを反対側で止まるまで回すんだ」
ダイアルを回しきったダニエルが俺の方を見た。
「もう一度、見てみな」
恐る恐るといった様子で覗き込む。
直後──
「なっ!?」
覗き込んだ状態でフリーズすること数秒。
「うむむむむむ!」
唸り声を上げたかと思うと、今度は右に左にと首を巡らす。
「どうしたのです、宰相?」
ダニエルの奇行に総長が困惑しながら問いかけた。
が、それに対する返事はない。
それどころか一度オペラグラスを下ろして窓際に張り付く始末だ。
もちろんオペラグラスで外を見るために。
「おおっ!
これは凄い!」
1人で子供のようにはしゃぎ始めてしまった。
ひとしきり楽しんだ後──
「総長、これで外を見てみたまえ」
窓際に総長を招きオペラグラスを手渡した。
「こっ、これはっ!?」
『ダニエル2号、誕生だな』
そしてナターシャも続く。
「何ですかっ、これっ!?」
その後は以下略と言っていいような状態であった。
護衛たちもメイドたちも「ひょえー」とか「ふわー」とか言うばかり。
よく分からないハイテンションでひとしきり見た後は放心状態。
中にはグッタリしている者までいる始末。
初めての体験に心と体が先走りすぎて思考が追いつかなかったか。
『はしゃぎすぎだよ』
そう思う一方で立場が違えば俺もそうなっていたのだろうと感じてもいた。
読んでくれてありがとう。




