702 説明よりも先に進むことを優先したら……
ゲールウエザー組の全員がオペラグラスで外を見た。
時間をかけて堪能したと言った方がいいのかもしれない。
「そいつで見たから、もう分かるよな?」
ダニエルに問いかける。
ゲールウエザー組一同がコクコクと頷いた。
「遠くのものを拡大して見ることができるとは思いませんでした」
しみじみとした様子で呟くように語るダニエル。
「まったくです。
このような魔道具を作り出すとは……」
似たような状態の総長は、その手の上に鎮座するオペラグラスに視線を落としていた。
『気持ちは分からないでもないんだがな』
だが、認識を間違えている。
あの騒ぎっぷりからそうなるんじゃないかと危惧はしていたけれど。
「おいおい、何が魔道具だって?」
俺がそう言うと、向こうの一同から怪訝な表情を向けられた。
完全に「なに言ってんだコイツ」の目をしている。
「はあ……」
思わず溜め息が出てしまった。
「総長、それの何処に魔力を通す経路があるんだ?」
魔力の経路は魔道具に必須のものである。
電子機器で言うところの回路の配線に相当するものだ。
「え?」
俺の方を見て唖然とする総長。
『こういう表情を狐につままれたって言うんだろうな』
そこから俺の指摘する意味を理解するのに数秒。
再びオペラグラスへと視線を向ける。
それは真剣な面持ちで。
そして数秒もすると、両目を見開いた驚愕の表情へと変わっていった。
「ま、魔力の流れが……」
「総長?」
ナターシャが怪訝な表情をしながらも総長の背中に手を当てている。
無理もない。
総長はガタガタと震えていたからだ。
まるで凍えているかのように。
「ナターシャ、これを手に取って魔力の流れを感じてみなさい」
「は、はい……」
戸惑いつつも手を出してオペラグラスを受け取るナターシャ。
そして──
「こっ、これはっ!?」
総長と同じように両目を見開くナターシャ。
『似たもの親子ならぬ似たもの婆孫だな』
2人は実際には血縁ではない。
が、反応や仕草がそっくりすぎて、そうとしか見えないような状況だ。
当人たちからすれば当然の反応なんだろうがね。
俺からすると──
『さすがに大袈裟だろ……』
思わず引いてしまうような驚きっぷり。
状況を理解できている俺ですらこうなのだ。
何が何やらサッパリ分からぬ状態だと困惑とドン引きのコラボレーションになる。
それが今のゲールウエザー組一同の状態だ。
呆然とするナターシャの手からヒョイとオペラグラスが持ち上げられた。
不意打ちもいいところである。
にもかかわらずナターシャは固まったままだ。
驚愕が強すぎて反応が遅れたのとは違う。
現にオペラグラスを奪取された今もそれに気付けていない。
「ふむふむ、なるほど」
オペラグラスを手にしたのはシーニュこと神官ちゃん。
……いや、逆だった。
神官ちゃんことシーニュである。
「ふわっ、いつの間に!?」
ようやく気付いたナターシャがビクリと体を震わせた。
神官ちゃんの方は気にした様子もなくオペラグラスに視線が釘付けである。
「これは興味深いですよ」
矯めつ眇めつして見る様を呆然と眺めるゲールウエザー組。
普段は影が薄い彼女が自発的行動をするのが珍しいのだろう。
俺は総長の言葉を否定した時から神官ちゃんのスイッチが入ったのに気付いていたけど。
『変わったアイテムとか魔法に反応するんだな』
いつもより多く語っております状態だから間違いないだろう。
「何処にも魔力の流れるラインがありません」
確信を持って語る神官ちゃんに周囲が唖然とした表情になった。
「シーニュよ、魔道具でないと言うのか?」
たまらずダニエルが問いかける。
神官ちゃんが、こくんと頷いた。
そしてオペラグラスをダニエルへと手渡す。
魔力を流してみろというのだろう。
「い、いや、ワシでは確認しようがないぞ」
困ったように俺の方を見てオペラグラスを返却してくる。
懐経由で倉庫へと戻す。
「確認するまでもなく魔道具じゃないから」
「「「「「ええ─────っ!?」」」」」
護衛組やメイド組が今更のように驚く。
「ど、どうやって物を大きく見せることができるのですかっ?」
興奮気味にダイアンが聞いてきた。
「説明するなら大幅に時間をロスするがいいのか?」
「それは……
申し訳ありません。
勝手なことを言ってしまいました」
心底、無念そうにしているが引き下がるようだ。
他の皆も残念そうだ。
些か可哀相な気がしないでもない。
『でも、面倒だしなぁ』
ちょちょっと説明して終わりならやぶさかではないのだが。
あるいはメモライズ系の魔法が使える相手なら、それで終わらせていた。
ミズホ国民じゃないから安易に使うわけにはいかない。
『こんなの部外者に使ったら騒ぎになるだけで終わる気がしねーって』
必然的に座学で対応せざるを得なくなる訳で。
何より厄介なのが光の屈折だろう。
空気中と水中やガラスでは光の進む速度が違うという説明だけで終わるとは思えない。
『まず光に速さがあるのかなんてことを言い出すに決まっている』
それをゲールウエザー組が納得いくまで説明するのに、どれ程の時間を要するか。
『考えたくもないぜ』
知的好奇心を沸き立たせるのは好ましいのだが。
現状でいつまでもそれに付き合っているわけにもいかない。
「とにかく、こいつより性能のいい双眼鏡を使って監視していた訳だ」
ここに持ち込むまでが長かった。
大幅に脱線したような気分である。
だが、必要なことだったはずだ。
オペラグラスなしで説明していたら、今も終わりは見えていなかっただろう。
「気付かれると思うか?
そして見逃すと思うか?」
答えはどちらもノーである。
誰も異論は唱えなかった。
「という訳で旧街道へ進路を取る」
ブルースに合図を出すとゆっくりとバスが動き始めた。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「そろそろ追いつきそうだな」
そんなことを呟いたら、ゲールウエザー組にギョッとした顔で見られてしまった。
無理もないと思う。
車内から見る限り王弟の馬車はまだ見えないからだ。
「ブルース、止まってくれ」
俺はお構いなしで指示を出す。
バスはすぐにブレーキがかけられた。
縦走モードなので後続のことを気にする必要がない。
トレーラーも遅延なくブレーキがかかり、等距離のまま停車した。
「まだ、何も見えませんが……?」
戸惑いながらダニエルが聞いてくる。
「ああ、さっきのオペラグラスの原理を魔法で再現すれば見えるぞ」
見ているとは言わない。
実際は【天眼・遠見】を用いているからな。
ふと、ゲールウエザー組の視線が集まっているのを感じた。
何か言いたげなのは明らか。
でも、誰も語らない。
諦めたような感じの目で、ただ見つめるのみ。
その目が喋ることができたなら何と言っただろうか。
『まあ、呆れた感じの一言だろうな』
故にスルー決定である。
「この先にある廃村で野営するようだ」
そう言った俺の言葉に対して使者としての経験を持つリンダが首を傾げた。
「どうした?」
「あ、あの……
些細なことなんですが」
リンダは言いにくそうにしている。
「そういうのは意外と大事だぞ。
些細だから何もないとは限らない。
何かあるとも限らないが絶対じゃないからな」
「はい」
どうにもリンダの表情が硬い。
己の抱いた疑念に自信がないのだろう。
「ヒガ陛下の仰る通りだぞ、リンダ。
我々は無駄骨を繰り返して当たり前の護衛だということを忘れるな」
ダイアンがリンダを促した。
「廃村で野営するのが不可解だったものですから」
「日が暮れるまでには次の村に到着できるから、そう言いたいのだな」
リンダがギョッとした表情になった。
「はい、その通りです」
それでも気を取り直して返事をした。
「無理をしなくても到着できるはずです。
廃村を利用して野営するよりも村で宿泊した方が……」
そこまで言いかけてハッと何かに気付いたようになってリンダは動きを止めてしまった。
「気付いたか」
俺はリンダに声を掛けたつもりだったのだが──
「どういうことですかな?」
聞いてきたのはダニエルであった。
「盗賊と思しき連中の襲撃があったようだ」
「「「「「─────っ!?」」」」」
一瞬で場の雰囲気が変わった。
冷や水を浴びせられたように微動だにしない一同。
ただし、うちの面子は「ああ、そうなんだ」な感じでくつろいでいたが。
バスに搭載したカメラの望遠映像をスマホの網膜投影モードで確認しているからだ。
「廃村の手前でその連中の死体が転がっている。
ああ、王弟と護衛たちの被害はないようだぞ」
その言葉で張り詰めた空気が弛緩した。
「心臓に悪いですぞ」
「事実を述べたまでだ」
「そうかもしれませんが、もっとこう綿に包むと言いますか……」
「宰相、そんなことを気にしている場合ではありませんよ」
総長の言葉でダニエルは我に返ったように表情を引き締めた。
「そうであったな」
読んでくれてありがとう。




