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699 見ていて楽しいものじゃないがね

 その後は俺の出番などない。

 隊長に任せて後ろに下がるのみ。

 そう思っていた時期が俺にもありました。


「申し訳ございません!」


 隊長、その場で土下座です。

 見事なまでのジャンピングで決めてくれました。


 周囲の響めきが集中する視線が突き刺さるかのようだ。

 俺のことを説明してある一部の審査官は同情的な視線を隊長に送ってさえいた。

 そうでない審査官たちは訳が分からないながらも表情を引きつらせている。

 何かとんでもないことになったということだけは察したかのようだ。


 それらすべてが確実に俺のメンタルを削ってくれる。


『ドウシテコウナッタ』


 訳が分からん。

 悪党を取っ捕まえて黙らせた。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 謝られることはもちろん、土下座なんてされる覚えがない。


「おーい、訳が──」


 分からんぞと言いかけたが遮られてしまった。


「申し訳ございませんっ!!」


 隊長の必死な叫びによって。

 もちろん土下座したままですよ?

 しかも2回も言ってくれたし。


『何? そんなに大事なことなんか?』


 ますます訳が分からんのだが。

 チラリチラリと皆の方へ視線を向けてみたが苦笑が返ってくるばかり。


『ちょっとぉ、薄情じゃないかー!』


 内心で絶叫しても救援は来ない。

 いや、救援は来た。

 俺の背後から。


「立ちなさい、隊長」


 俺の横に並び立った総長が静かに告げた。


「ですが……」


 隊長は顔だけしか上げない。


「これは命令です」


 そう言われると下っ端に近い立場では従わざるを得ない。


「はっ……」


 戸惑いの残る返事ではあったが機敏な動作で直立の姿勢を取った。


『助かったー』


 内心でホッと一安心。

 もちろん【ポーカーフェイス】で平然としているように見せることを忘れない。


「車内でも言いましたが、お忍びです」


 やはり淡々と語る総長。

 それに対して隊長は小刻みに震えている。


『怯えている?』


 俺は何もしていない。

 土下座までされて謝られるようなことは何も。


「っ! 申し訳──」


「よしなさい」


 3度目の謝罪を仕掛けた隊長を総長が遮った。


『マジかー、何なんだよー……

 止められていなければ最敬礼してたんじゃないのか?』


「冷静になりなさい。

 お忍びだと言ったはずですよ」


「……はっ」


 隊長は顔を青ざめさせていた。

 体に力が入らないのか、生まれたての子鹿のようにブルブルと震えている。

 それでもどうにか直立を保っていた彼の心境は如何なるものなのか。

 俺には推し量りようがなかった。


『どうして謝っていたのか分からんことにはな』


「安心なさい」


 総長は優しく隊長に語り掛ける。


「誰もアナタたちを叱責などしませんよ。

 もちろん処罰することもありません。

 むしろ功績ありと記録されるでしょう」


 この言葉を聞いた隊長は呆気にとられたような顔をした。

 まあ、己の思い描いていたことの真逆の話をされたらこうなるだろう。

 ぶっちゃけ「訳が分かりません」状態だ。


「我々の説明不足なのですから」


『はて、何が説明不足なんだ?』


 総長の言うことは俺にもサッパリだ。


「この御方はアナタたちが思っているほど柔ではありませんよ」


「え……?」


 隊長の顔が困惑の色をより濃くしていた。


「このような輩の──」


 総長が足元で寝転がっている痩せ狐を一瞥する。

 それを見て、俺はようやく事情を察することができた。


『土下座で謝るわけだ』


「つまらない不意打ちで後れを取るような方ではないのです」


『ああ、やっぱり……』


 隊長は痩せ狐の最後の悪足掻きを阻止できなかったことで責任を感じていたのだ。

 総長が説明不足と言ったのも頷ける。

 隊長からすれば、外国の貴人を危ない目にあわせたという認識にしかならない。


 だが、先に俺の戦闘能力を聞かされていたとしても結果は変わるまい。

 にわかには信じられんだろうし。

 俺が何者であるかということの方が隊長の中では重要情報として占められていたはずだ。


『だから総長たちも説明を省いたんだろうな』


 これでは誰も責められない。


「理解が追いつかないかもしれませんが、職務を全うしなさい」


 総長はそう締め括った。


「はっ」


 隊長も我に返ったようにキビキビとした動きを見せ始める。

 部下に命じて痩せ狐を拘束。


「立て!」


 縄を巻かれた痩せ狐が乱暴に引き上げられる。

 顔を顰めるのは肋骨を何本か折っているせいだ。

 なんかギャーギャー喚き始めたけど遮断した。

 解散って感じで俺たちはバスの方へ向かっている。

 罪人の泣き言を聞く趣味などないのでね。


 ここから先は俺たちが関わる問題ではないのだし。

 罪人が捕らえられた場所はゲールウエザー王国である。

 この国の法でこの国の人間によって裁かれるべきだろう。


 痩せ狐はそのまま詰め所へと連行されようとしていたが──


「待ちなさい」


 護衛隊長のダイアンに呼び止められた。


『あー、すぐにやっちゃうかー』


 些か憂鬱な気分になる。


『こういうのって首チョンパが常みたいだからなぁ……』


 グロ注意なシーンは苦手なのだ。


『戦って命のやり取りをする分には平気なんだが』


 妙なものだ。

 だが、矛盾しているとも思わない。


「トモさん」


「なんだい?」


「処刑だ。

 じきに始まる」


 そう言いながら首を切るジェスチャーをした。


「OH クビキリ」


「尋問してからと思ったが、宰相は見せしめを優先するようだ」


 抑止効果は果たして如何ほどかと思ってしまうのだが。

 情報伝達手段が口コミじゃあね。

 伝達速度はどうしても遅くなる。

 拡散性と正確さも弱い。


 それでもダニエルが間違っているわけではない。

 情報環境が貧弱な西方に問題があるだけのことだ。

 それを考えると最大の効果を狙った適切な判断と言えるのだろう。


 現行犯を即処刑するというのはインパクトがあるし。

 王国の強い姿勢を見せることにもつながる。

 結果がどうなるかは、この件がどう伝わるか次第だ。


「斬首はきっついなー」


 好んで見たいものじゃないのは分かる。

 俺だってそうだ。

 何度も言うようだが、グロは見たくない。

 避けて通れないならしょうがないけど。


「見たくないならバスに急ぐべし」


 視覚的にも音声的にもどうにかするという意味を込めて言ってみたのだけれど。


「いいや、見ていくよ」


 トモさんはあっさりと歩みを止めてしまった。


「いいのかい?」


「ああ」


 痩せ狐の方を向いて短く答えたトモさん。

 気負いもなく淡々としたものだ。

 本当に覚悟完了しているのかと思わせるくらいである。


「こういう命乞いをするのが明らかな状況での処刑も見ておくべきだと思う」


「その心は?」


「そういうシチュエーションは擬似的に色々と見てきているからね」


 数多のアニメやゲームで悪役の狡猾なシーンを見てきているトモさんらしい返答だった。


「似たような状況になった時に判断を迷わないようにしたいってのはある」


「あー、なるほどー」


『こっちの世界はハードモードだからなぁ』


「場数は踏んでおくべきか」


「ハルさんもそう思うだろ?」


「こういうのは戦闘経験と似ているけど違う部分もあるからな」


「そうなのかい?」


 トモさんはそこまでは考えていなかったようだ。

 まあ死をもたらすという意味では戦闘も処刑も変わらない。


「直接かかわる人間のメンタル面で差が出るよ」


 トモさんが首を捻っている。

 ピンと来ないようだ。


「戦う時は多少でも興奮するものだろ」


「そうだね。

 冷静なつもりでもフラットではないかな」


「じゃあ自分が処刑の執行者になったと仮定したら、どうだい?」


「当事者として最も前に立つ立場か」


 トモさんはしばし考え込む。

 そうして導き出した答えは──


「興奮とは逆の状態になるかな」


 俺と同じものであった。


「こうやって考えている以上に重いんだろうね。

 冷静な状態で一方的に死を与える立場になるってさ」


「だから猿ぐつわと目隠しがされるんだよ」


「あー、そうみたいだね」


 痩せ狐はなり振り構わず叫んでいたようだけど、今は誰の耳にも届かない。

 これで周囲にいる者たちも動揺しなくなるだろう。

 必死になって命乞いする様子を見て馬車の影に隠れる者も少なくなかったし。


「準備完了か」


 ダイアンが手にした幅広の斧を振りかぶる。


「あ、斬った。

 随分とあっさりやるんだな」


 トモさんが言うようにダイアンは何の予告もなく斧を振るっていた。


「やっぱりグロ注意だ」


「同感だ」


 トモさんが同意した。

 元から見ていて気分のいいものではないんだけど。


「でも、思ったほどショックじゃないかな」


 首を傾げているトモさん。


「それだけ、この世界に馴染んでるんだと思うよ」


「そいつは嬉しいね」


 隣にいるフェルトを見てトモさんは頷いた。


読んでくれてありがとう。

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