698 悪党ほど往生際が悪い
「身柄を拘束せよ!」
即座にダニエルが命じた。
が、しかし──
「いないぞっ」
「何処に行った」
審査官たちは痩せ狐の姿を見失っていた。
『やはり気付いてなかったか』
馬車の屋根を引っ剥がす指示を出してそう間もない頃のことなんだが。
わずかな時間で奴は動揺から立ち直っていた。
それと分からぬようジリジリと動きながら隙を覗っていたくらいだ。
審査官の作業に気を取られたように見せて視線を外すとニヤッと笑いやがったし。
生憎と【天眼・遠見】スキルで監視してるんだよ。
スッと動いて人混みに紛れ込む技術は大したものだと思ったけどな。
『お前だけができると思ったら大間違いだぜ』
何のためにうちの面子を動かしたと思う?
まあ、それを聞いたところで答えはしないのだろうが。
とにかく痩せ狐は逃げ始めている。
『人混みを抜けて、どう動くかだな』
徒歩で隣国へ逃げ込むか。
向こうの入国審査があるから考えにくい。
だが、そこを切り抜けられるなら手配犯として追われる心配がなくなる。
もしくは引き返すか。
手配犯として追われる恐れはある。
それを乗り切れば追う側に国外へ脱出したのではと思わせることも不可能ではない。
いずれにしてもリスクがある。
『さて、奴ならどう動く?』
逃げるにしても徒歩では厳しい。
それを逆手に取ることも考えられなくはないが、手ぶらではどうしようもない。
水や食料なしで移動できる距離などたかがしれている。
『フード付きのマントかローブをかっぱらうのは前提だな』
人相と風体はバッチリ見られている訳だし。
『後は最低でも水は確保するだろ』
徒歩で逃げるなら少なくともこれだけの準備が必要になる。
だが、手順が多い分だけリスクも増える。
痩せ狐が逃走手段として選択するとは思えない。
『もっと手っ取り早い逃走方法を考えるはずだ』
そうなると何処かの馬車に紛れ込むのが奴にとっての正解になるだろう。
『入国審査が終わりそうな馬車の近くが怪しいな』
この状況下でも再審査なんてしないだろうし。
奴の能力なら密かに審査済みの荷馬車へ潜り込むことも可能だろう。
そう推理して【天眼・遠見】で監視していると──
『ビンゴか』
読み通りの方向へと向かっていた。
この状況で発見されないというのは大したものだ。
悪党に感心するのもどうかとは思うが。
とにかくコイツは己が利益を得るための嗅覚は異常なまでに鋭いと言える。
この場合の利益とはなり振り構わずに生き残ることだ。
積み荷や馬車のことなど見向きもせず、ひたすら逃げ果せることだけを考える。
なかなかできることではない。
それができるからこそ痩せ狐は生き残ってこられたのだろう。
『執念……だな』
対して従業員とされる者たちは諦めが早い。
大人しく投降していた。
いや、そうせざるを得なかったと言うべきか。
「彼らのことはよく調べてくれるか?」
俺は隊長に声を掛けた。
「はい、それは間違いなく……」
即答しながらも困惑の表情を浮かべる隊長。
禁制品が見つかった以上、取り調べは入念に行うのが常だ。
そのことを俺が知らないのだろうかと思っているのかもしれない。
「ああ、取り調べの前に確認してくれるか」
「確認ですか?」
隊長から困惑の表情が消えた。
俺の言いたいことを読み切れないまでも何か意味のあることだと察してくれたようだ。
「鑑定の魔道具はあるよな?」
そう言っただけで隊長が引き締まった顔になった。
「おい、鑑定の魔道具を持ってこい!」
即座に手近にいた審査官に命じていた。
「はっ」
敬礼で応じた審査官が詰め所へと走る。
それを見送った隊長が俺の方へと向き直る。
「違法な奴隷ですか?」
「おそらくな」
いや、間違いなく違法な手段で奴隷に落とされた者たちだ。
俺の方では密かに鑑定済みである。
「見た目では分かりませんが……」
隊長の口振りからすると、にわかには信じがたいと言っているのは明らか。
それを言ってこないのは迷いがあるからだろう。
俺が言っていることを否定していいものかと。
本人は己の知識と常識に照らし合わせて否定に傾いているようだが。
隷属の魔道具には首輪か腕輪しかないと。
『確かにダンジョンや遺跡で発見されるものはそうだけどな』
だが、そんなものは簡単に出回るものではない。
極端に数が少ない上に普通は処分されてしまうからね。
『所持しているだけで罪に問われる禁制品だしなぁ』
ダンジョンから持ち帰った場合にのみ冒険者ギルドで買い取りがされる。
首輪や腕輪だからといって隷属の魔道具とは限らないからだ。
見た目だけで判断できないから持ち帰らざるを得ない。
そこで隷属の魔道具と判明した場合は回収され報賞金が支払われる。
『希に冒険者ギルドで鑑定をせずに他者に売る者も出てくるがね』
それが直接、世間に出回るかというとそうではない。
希少なオリジナルであるが故に原本として扱われることになる。
これを可能な限り模倣したものが違法な奴隷に使われている訳だ。
「世間に出回っているのはダンジョン産じゃないんだぞ」
これも常識のはずだがピンと来ないようだ。
「職人が作ったレプリカに制限なんてあると思うか?」
「制限、ですか?」
「そうだ」
「それはどういう意味でしょうか?
レプリカは劣化コピーであるのが常です。
制限が加わるのは分かりますが、無くなるとは思えません」
『そう来たか……』
どうにも話が伝わらないのがもどかしい。
先入観が邪魔をすると思考は阻害されるらしい。
模倣品であるが故にレプリカも首輪や腕輪ばかりが出回っていると思ってしまうようだ。
「術式の記述は劣化コピーなのは分かる。
だが、それを刻み込む物品まで同じものである必要はあるまい?」
そう言うと、さすがに隊長も理解したようだ。
顔色が一気に青ざめる。
「ベルトなら服で隠れるよな。
あるいは指輪なら従来品とは異なるために気付かれにくい」
今回は後者ではないが、いずれ誰かが作りそうだ。
『俺でないのは確かだけどな』
ギョッとした視線が一斉に俺へと向けられた。
「なんだよ?」
そんなに驚かれるようなことを言った覚えはないんだが。
どう見ても過剰反応である。
ただし、そう思ったのは俺だけのようだ。
「本当ですか!?」
ダニエルが代表して聞いてくる。
「賢者、嘘つかない」
またしても俺はうそぶいてしまった。
『こんなことしてるから誤解が積み重なって変なイメージが定着するんだよな』
後悔先に立たずという諺を知っているのに、この有様である。
静かに感嘆する声があちこちから漏れてくる。
「鑑定の魔道具を使わずそこまで……
さすがでございますな」
ダニエルには面と向かって称賛される始末だ。
「そうでもない」
軽く否定するのが精一杯だ。
「御謙遜を」
などと笑われてしまうので、どんどん肩身が狭くなるのだが。
逃げ出したくなる心境に追い込まれてしまったのは自業自得と言わざるを得ない。
そういうタイミングで救いの神はやって来た。
「くっそ野郎が!」
離れた場所から聞こえてくる悪態をつく声。
『捕まえたのはハリーか』
理力魔法で動きを制限させつつ襟首を掴んでいる。
「放しやがれっ!」
痩せ狐は先程までと違って乱暴な口調だった。
これが奴の素だと思われる。
『放せと言われて解放する奴がいるかよ』
「いいぞ」
『いたよ』
ハリーは奴の襟首だけでなくズボンを掴み持ち上げた。
「なっ、何しやがるっ!?」
痩せ狐は吠えるが、ハリーは答えない。
代わりにグルグルと軽く3回ほど回転して反動をつけ奴を斜め上へ放り上げた。
まるで砲丸投げである。
「うわあああああぁぁぁぁぁぁっ!」
投げられた痩せ狐は空中でバタバタと藻掻いている。
まるで溺れているようだ。
「「「「「おお───っ!」」」」」
事の推移を見守っていた無関係な者たちがどよめいた。
『なるほど、ハリーが派手にやらかす訳だ』
あんな大袈裟な真似をしなくてもハリーなら片手で楽々と投擲できたはずなのだ。
すなわち、あれはパフォーマンス。
見せつけるためのものではなく、周囲を納得させるためのものだ。
『まあ、あれだけやっても普通じゃ真似できないけどな』
幾つもの馬車と何人もの人々の頭上を飛び越えるような投擲など。
幸いにして、ここはレベル次第で無茶なことがまかり通る世界である。
ギャラリーは驚きこそすれど誰もあり得ないとは思わなかったようだ。
「あああぁぁぁぁぁっ!」
藻掻いて叫んでいた痩せ狐が俺の頭上を飛び越えようとしていた。
それを片手を突き出して止める。
投擲の勢いの大半を殺した上で地面の上に投げ捨てた。
「ぐはっ」
投げ技のダメージくらいは入っただろう。
痩せ狐はうずくまった状態で震えている。
そこへうちの面々が戻ってきた。
「こ、こうなることを予測されていたのですか!?」
隊長は驚愕に身震いすらしていた。
「まあな」
「まったく、恐れ入りますな」
背後から声を掛けてきたダニエルに振り返る。
「大したことじゃない」
そう答えた刹那──
「死ねっ!」
懐に隠し持っていた短剣を手に痩せ狐が飛び掛かってきた。
「バカが」
突き出された短剣を半身で躱しつつクルリと回って密着し、掌底。
久々になんちゃって八卦掌である。
「ごふっ」
痩せ狐は突進の勢いを失い、その場に崩れ落ちた。
読んでくれてありがとう。




