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697 狡猾な狐は芝居を好む

「我々は真っ当な商人にございます!」


 糸のような細い目の痩せぎすな男が叫ぶように訴えていた。

 馬車から全員が引っ張り出され逮捕寸前の状況。

 これで逮捕されてしまえば、どうなるかを承知しているが故に叫ぶのも道理であった。


 この先は王都へ移送され極刑が待ち受けるのみ。

 必死にもなろうというものだ。


 コイツの言い逃れようとしている作戦は簡単に読める。

 まずは貴族らしい車の後ろにつけて審査時間を短縮しようとしていただけだと訴える。

 それが通れば税を逃れようとしていたけど御免なさいで押し通そうってことだ。


 だが、俺は冷めていた。


『よく言うよ』


 同時に呆れてもいた。

 コイツが芝居をしていることに気付いているからだ。

 周囲には必死なように見せて同情を誘うように仕向けている。


 だが、奴の目はその場にそぐわない光を宿していた。

 細い細い瞳の奥にあるのは怯えでも必死さでもない。

 冷徹に観察しようとする人間のそれである。

 危機的な状況を迎えていることは理解しているはずなのにだ。


『コイツ、まだ余裕があるんだな』


 感心すらさせられてしまう。

 どれだけ図太いのかと。

 修羅場を潜ってきた数は山ほどありそうだ。


『その度に狭く入り組んだ活路を見出して生き残ってきたか』


 焦っても生き残れないことを体の芯から理解しているからこその態度なのだろう。

 現場で磨いた度胸は一級品。

 綻びを見つけ出そうとする冷静さからは狡猾さも感じ取れる。


『コイツは虎の威を借る狐のすごい版だな』


 外見的特徴からも狐というのは言い得て妙だと思う。


『この痩せ狐め、どう切り抜けるつもりだ?』


 奴自身は抜け目がなかろうと、奴の連れは違う。


『明らかに怯えているじゃないか』


 見るからに挙動不審。

 ガタガタと震えてさえいる。


「御覧くださいっ。

 私の部下たちが怯えているではありませんか!」


 わざと声を張ることで関係のない連中の視線を集める作戦か。

 少しでも多くの同情を集め、こちらを悪者にしようと仕立てている訳だな。

 積み荷から禁制品が発見されないと確信しているかのようだ。

 時間をかけて複数の審査官たちが調べているというのに。


『なるほど、そういうことか』


 こちらに人手を割いたことで他の審査が滞っている。

 そうでなくても混雑していたのだ。

 より遅れが生じることになるのは明白。

 それにより待たされるのは無関係な者たちな訳で。


『そういう者たちの不満を同情に変えようって寸法か』


 人間の心理というものを上手く利用している。


『痩せ狐め、詐欺師の素養があるな』


 いや、これは既に詐欺師として何度も仕事をしているだろう。

 ますます狡猾なイメージが定着していく奴だ。


 審査担当の責任者にあえて詰め寄り訴える。

 これで禁制品が見つからなかったらお前たちが糾弾されるのだと言わんばかりだ。


 まあ、そう見えているのはうちの面子だけかもしれないが。

 俺はもちろん、全員が白けているからね。

 悪党の気配を察知する感覚は身内以外の誰よりも鋭いのだ。

 きっと、こう思っているだろう。


『コイツは隠し球を持っている』


 切り札と言い換えてもいい。

 とにかく、この窮地を逃れる術があるのだ。

 調べている審査官たちが徐々に焦りの色を見せていることからも明らかだ。


「見つかったか」


「いえ、税の対象品はあるのですが……」


 などというヒソヒソ声の会話が漏れ聞こえてくる。

 【聴力補正】のスキルを使ってのことだから痩せ狐には聞かれていないはず。

 もし、聞かれていたなら内心でほくそ笑んだことだろう。


「これだけ念入りに調べても禁制品は出ないではありませんか!!」


 芝居がかった身振りを交え無実を訴える痩せ狐。

 ここが見せ場だとばかりに更に声を張ってみせた。

 そして映画やドラマを見慣れた日本人組には陳腐とさえ映る芝居が続く。


「紛らわしい真似をしたことは謝りましょう!」


 そんなことを言いながら、その場でクルリと回って見せた。


『それが謝る態度かよ』


 目立つのは確かだが、殊勝に見えるのは表情だけだ。

 そちらも作り物だろうがな。


 トモさんの方を見てみたが真顔で首を傾げてきた。

 俺と同じ意見で理解不能らしい。

 三文芝居の価値もないってことだ。


「税金も規定の金額をお支払いいたします」


 この発言はどうかと思う。

 輸出に制限がかかるものを国外に持ち出そうとしている認識が欠如している証拠だ。

 それに賛同する者は多そうだが。


『税金を徴収することで不完全ながらも物流を調整しているのにな』


 著しい物品や金銭の偏りを防いでいると気付けないのは責められない。

 商人にしてみれば商売を邪魔する無駄なものという認識だろうし。

 実際、それに近い状態の国もあるようだ。


 その点においてゲールウエザー王国やエーベネラント王国は健全であると言えよう。

 それだけに上から目線の言い様には違和感を覚えた。


「なんでしたら倍の金額を支払っても構いません」


 この発言に周囲で待たされている者たちから響めきが起きた。


「嘘だろ!?」


「頭おかしいんじゃないか?」


「いやいや、あれは抗議だよ」


「自分たちは潔白だと言いたいのか」


「なるほどね」


 こんな声が聞こえてくる。


『そろそろ限界かな』


 これ以上、向こうのペースにさせておくのは得策ではない。

 未だに積み荷の検査は続いているが、禁制品はひとつも出てこないし。


 俺はダニエルに目配せで合図する。

 渋い表情で痩せ狐の芝居を見ていたダニエルだが、小さく頷きを返してきた。


『では介入を開始するとしよう』


 ハンドサインで指示を出す。

 ゆっくりとうちの面子が動き出した。

 気配を周囲に紛らせつつ誰にも気付かれることのないように。

 それに合わせて俺は審査隊長の側まで進み出る。


 痩せ狐は怪訝な表情で俺を見た。

 隊長は俺が近づいてきたことに気付くと向き直って敬礼する。

 バスの中に呼び込んだ時に友好国の王だと説明してもらったから、こんなものだろう。


 片手を軽く上げて答礼した。

 こうしないと敬礼しっぱなしだからな。


「お待たせして申し訳ありません!」


 隊長はひとこと謝ってから直立の姿勢になった。

 敬礼を解いたとはいえ俺の方を見たままだ。


 痩せ狐は完全に無視である。

 まあ、向こうも何か言えるような状態ではないけどな

 何者かまでは分からなくても隊長が敬礼をするような相手が出てきたのだ。

 唖然とした表情で固まっている。


 まさか貴族らしき相手が出てくるとは思わなかったのだろう。

 俺の正体が不明なところも動揺を誘発しているようだ。

 ふてぶてしいとさえ思った相手だったのだが。


『意外に脆いものだな』


 想定外のトラブルに弱いとは思わなかった。

 だが、いま俺が目的とする相手はコイツではない。


「いましばらくお待ちください」


 隊長はそう言いながらも焦りの表情を見せている。

 まるで俺が追い込みに来たかのように思われているのではないだろうか。

 本人にも周囲にも。

 まずは俺が援軍であるということを知ってもらおう。


「いや、助言をしにきた」


「助言……でありますか?」


「そうだ」


 困惑しつつチラリとダニエルの方を見る隊長。


『無理もないか』


 他国の王は上司ではないからな。

 助言を受けていいものかどうかを問いたいのだろう。

 正常な判断をしていると言える。


『好感が持てるね』


 一方で痩せ狐は無表情になっていた。

 驚いたままでは不利になると判断したか。


『対応力はそこそこあるんだよな』


 無表情が精一杯みたいだけど。

 それでも動揺している姿を見せなければどうにかなると思っているようだ。


『禁制品の隠し場所に絶対の自信を持っているというだけなら終わってるぞ』


 一応は忠告しておく。

 もちろん内心でのことなので届く訳はないのだが。


「すみませんでしたっ」


 俺が痩せ狐に気を取られている間に確認できたのだろう。

 ガバッと隊長が頭を下げた。


「いかなる助言か、お伺いしてもよろしいでしょうか?」


「ああ、もちろん」


 俺は痩せ狐の方を見て返事をした。


「屋根に上がって上から引っ剥がせ」


 そう言った瞬間の奴の顔は見物であった。

 ひとことで言えば滑稽なのだが、そんな単純なものではなかった。

 驚愕、焦り、苛立ちが複雑に変化している。

 痩せ狐の心情を再現しているかのようだ。


 取り繕うことすらできずに、どう逃れるかを考えているはず。

 いや、何故バレたのかという思いの方が強いだろうか。


「下からだと簡単に二重天井を見つけられるがな」


 さすがにそれを発見できない審査官ではない。

 そこからは税金逃れしようとする品が出てきた。

 ただ、これはそれ以上の追求から目をそらすためのデコイである。

 更にもう1段あるとは思わないだろという発想がいやらしい。


 しかも本命は下から出し入れする手段がない。

 審査官たちが発見できなかったことを怠慢というのは、やや酷だろうか。

 助言があれば仕事は早いのだが。


「ありましたっ!」


 さほど待つこともなく、その声が聞かれた。

 粉状の薬物なので発見しただけでは禁制品とは言い切れない。

 まあ、隠し方から見てほぼ間違いないのだが。


「ありましたな」


 ダニエルが呆れたように感心している。


「伊達に賢者を名乗ったりはしないさ」


 などとうそぶくと──


「そうでした。

 馬車の構造まで熟知されているとは本当に博識ですな」


 妙な勘違いをされてしまった。

 本当は鑑定したからとは言えないので、そういうことにしておく。

 その間にも粉末は検査されていった。


「麻薬です!」


 さほど待つこともなく審査官から報告が入った。

 痩せ狐の有罪が確定した瞬間である。


読んでくれてありがとう。

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