696 国境を越えるのも楽じゃない?
街道を通ると検問所なんてものを通らなければならない。
そういうものがあることは空中空母からの空撮などで確認済みだ。
『ルート確認は大事だよな』
が、違和感があるというかピンと来ない。
日本人だった頃はもっぱら国内旅行専門だった俺には縁のなかったものだからだ。
イメージと違ったからというのもあると思う。
検問所はゲールウエザー王国とエーベネラント王国の双方にある。
それは理解できるのだが。
『随分と離れているんだな』
互いに国境線よりもかなり引いた場所にあるのだ。
検問所なんてリアルで見たことなんてないので俺の想像でしかないのだが。
『いや、国境線が曖昧なんだったか』
とすると理由がよく分からない。
だが、そのあたりの事情まで知りたいとは思わないのでスルーである。
そんなことより検問所のあたりで馬車の列ができている。
「ブルース、減速だ」
「はい」
俺の指示に従い馬車より少し早い程度にまで速度を落としていく。
「縦走モードに切り替えろ」
「切り替えました」
これで後続のトレーラーはオートパイロットへ移行した。
車間を詰めて先頭車両である小型バスに追随して走行し始める。
何故こんなことをするか。
それは部外者を割り込ませないためである。
事前に調査してみたんだが面倒なのがちょくちょく出てくるようだ。
同行者であるかのように振る舞って審査をかいくぐろうとするセコいのがね。
商人なんかだと運ぶ商品によっては税金を支払う必要があるからな。
これを逃れるために大きな隊商へコバンザメのように紛れ込む訳だ。
運が良ければ検査を回避できる。
回避できなかったとしても税金を払うだけでお咎めはない。
『セコいよな』
だが、少しでも稼ぐために必死なのだ。
気持ちは分からんではない。
だからといって横入りを許すかどうかは別問題だ。
横入りしてきた奴が無関係であることを証明する必要が出てくるからな。
面倒くさいし、時間もロスする。
場合によっては犯罪者と同一視されかねないので用心が必要だ。
禁制品を運んでいる輩とか逃亡者とかがいるからな。
そういうのに限って横入りし慣れているから厄介だ。
「近づいてくる連中はなさそうだな」
追い抜きは発生するので、こちらから近づくことになることはあるが。
「それはそうでしょう」
俺の独り言に総長が反応した。
「ゲールウエザー王国の国旗があるのですから」
総長の言うように各車両の側面には国旗を掲示している。
『幻影魔法でだけど』
もちろんダニエルの許可を得てのことだ。
「こうでもしておかないと検問所で恐ろしく時間を取られるかもしれませんぞ」
出発前にそんなことを言われていた。
『思わぬ所で役に立ったな』
総長に指摘されるまで、すっかり忘れていたのは内緒だ。
『これなら縦走モードは不要だったか』
こんな風に考えてしまうのを油断と言わないでほしい。
誰だって考えくらいはするはずだ。
これを言葉にして発してしまうとフラグが立ったりするものだが。
しかしながら今回は言葉にしなくてもフラグが立ってしまう。
それはブルースからの報告により始まった。
「陛下、追い抜いた馬車が最後尾につけようとしています」
運転席に座る者にはレーダーの情報がスマホへリアルタイムで転送される。
あと、各車両に搭載しているカメラ映像も。
網膜投影された情報から俺に報告してきた訳だ。
『なかなか嫌らしい手を使うじゃないか』
検問所までの距離を考えると加速して引き離すのは得策ではない。
検問破りと誤解されかねないからな。
それに急制動を掛けて停止した場合の周囲への影響もある。
砂埃を巻き上げて迷惑なことこの上ない。
その場にいる全員の心証を悪くするだろう。
だからどうしたと言える立場ではあるが……
『できればしたくないよな』
わざわざ自分から悪印象を植え付けるような真似はしたくない。
ひたすらに土下座されるよりはマシだがね。
だが、嫌なものは嫌だ。
悪いのは後ろにつけようとするセコい奴であって俺たちじゃない。
「なかなか肝の据わったのがいるようですね」
そんな風に言う総長の表情がやや冷たさを感じさせるものになっている。
「何が狙いだと思う?」
「補給物資を運ぶために雇われたとでも言って検査を免れるつもりでしょう」
『なるほど、積み荷を見られたくないのか』
それなら最後尾につけるのも意味がある。
戦場なら輜重部隊が護衛に囲まれていたりもするだろう。
だが、ここは戦場ではない。
最後尾にピッタリくっついているだけで連れだと勘違いされやすい状況を作れる訳だ。
疑念を抱かれたところで堂々としていれば更に勘違いされやすくなる。
『現場で審査をする者も人間だからなぁ』
不審な態度を見せなければ、そういうものかと思考誘導されかねない。
相手は国旗を掲揚するような団体だ。
そこで畏れ多いという感情が働けばどうなるか。
いちいち確かめたりもできないだとか。
確かめようとして不敬を理由に罰されたりしないだろうかとか。
本当に雇われていたら手間を掛けさせられたと言われ処分されるのではないかとか。
こんな風に判断を鈍らせたとしても不思議ではない。
『大胆不敵であればこそ人は疑わないか』
自らの常識に照らし合わせ「まさか、それはないだろう」と考えてしまうが故に。
故に勝率の低そうな賭に見えるのに勝ち続けてしまうという珍事が発生してしまう。
もちろん常勝とはいかないが……
『この連中は勝ってきたんだろうな』
悪運が強いにも程がある。
自ら引き寄せてさえいるのかもしれない。
『ならば、今回は特に楽な勝負だと思っているかもな』
悪党らしい大胆な発想だと思う。
直接、聞いた訳ではないので本当にそう思っているかは不明だが。
思っているかどうかは別にして何か良からぬことをしようとしているのは明らかだ。
それもコソ泥レベルの話ではないだろう。
『リスクが大きすぎるからな』
チップが自分たちの命であることくらいは向こうも承知の上のはず。
「だとすれば禁制品を積み込んでいるか」
「恐らくはそうでしょう」
総長も同意した。
推量的な物言いでありながら少しも考え込むような素振りはなかった。
彼女の中では微塵も疑いを抱いてはいないようだ。
「愚かなことですな」
ダニエルが愚か者どもを断じた。
「検問所に到着したら審査官を呼びましょう」
それはつまり徹底した調査をさせるということに他ならない。
『連中の悪運はここまでのようだな。
バレないよう俺たちの後ろにつけたつもりか?』
レーダーがあるから通用しないがね。
向こうにしてみれば上手く死角に隠れたと思っているのかもしれないが。
西方では後方確認のミラーやカメラもないから無理からぬところだ。
今までは通用していたからと高をくくると痛い目を見ることになる訳だ。
『コイツらなりに技術を持っていたんだろうがな』
誰にも称賛されない犯罪のための技術だが。
セコい連中には相応しいかもしれない。
コソ泥チックというか小悪党的であると言えるかもね。
『その程度の存在でありながら今まで通用していたのがスゲえわ』
検問所で審査される側が確認しないのも一因だと思われる。
『混雑しているからなぁ』
審査時間の短縮が必須となれば、それもやむを得ないのかもしれない。
『結果として通常の審査がザルになるのは承知の上ってことか』
その代わりに禁制品が見つかった時は厳罰になる。
『それがますます審査官の思い込みを誘発させるんだろうがな』
まあ、他所の国のシステムだ。
俺が口うるさく言うことでもない。
人手も予算も関係してくる話だしな。
そこに口を出せば内政干渉になってしまう。
『うちが被害を受ける状況なら、うるさくもなるがね』
とりあえずはお手並み拝見だろうか。
徹底した調査をすると言っているのだから結果も辛口となるだろう。
「ならば、このまま小細工をせずに進んだ方がいいか?」
「そうですな。
油断しきっているなら悪事の痕跡も見つけやすくなるかと」
その返事を受けて俺はブルースにそのまま縦走モードで直進と指示した。
場合によっては最後尾のトレーラーを停止させてやろうかとも考えていたのだが。
その後は幻影魔法で停止し続けているように見せたまま本物は走るのみ。
最終的には幻影魔法を解除だが、その頃には俺たちの審査が終わっている。
そういう筋書きは考えていた。
断罪前提になったことで崩れてしまった訳だが。
『まあ、これはこれでいいかもな』
犯罪抑止の効果はあるだろう。
とはいえ待たされることになるのは面倒だ。
「手っ取り早く終わらせてほしいものだな」
「申し訳ありません。
こちらの都合に巻き込むような形になってしまいました」
「そこまで言ったつもりはない」
「いえ、この場で終わらせる方が手間がかかりませんのでな」
「どういうことだ?」
「悪事の痕跡を発見した場合は現場で処理させます」
「ほう」
ここで言う処理とは穏やかではない代物のはずだ。
「本来であれば王都へ移送し裁判を経て極刑となるのですが」
『やはり、そういうことか』
グロ注意を見ることになる。
ぶっちゃけて言えば首チョンパだ。
「そっちの都合か」
「はい、そうなります。
お手間を取らせてしまい、誠に申し訳ありません」
「いやいや、犯罪の撲滅には協力しないとな」
こちらにとっても益となることだ。
「こういうのは現場で終結させた方が見せしめの効果もあるだろ?」
短期的視点では時間のロスかもしれない。
が、長い目で見れば抑止効果が期待できる。
それは俺がトラブルに巻き込まれる確率を減らすことにもつながるだろう。
え? 大した数字につながらない?
いいんだよ。
千里の道も一歩からって言うだろ?
小さなことからコツコツとってな。
「御理解と御協力に感謝します」
丁寧にお辞儀をするダニエル。
この状況ではダイアンたちがいる手前、四角四面にならざるを得ないようだ。
『談笑レベルで終わらせられる話ではないからなぁ』
自分としては面倒くさいと思うのだけれど。
「前に言わなかったか。
堅苦しいのは御免被るってな」
そう言うと、なぜか俺以外の全員から苦笑されてしまった。
『むう、解せぬ』
読んでくれてありがとう。




