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686 疑うと切りがない

 俺の主張を受けてナターシャも萎んだようだ。

 己の言動が俺を危機に陥らせる恐れがあることに気付いた証拠である。


「誠に申し訳ありませんでした」


 素直に謝罪して反省しているようなので特に追及するつもりはない。


「とにかく話を聞くだけで判断しろと言われても答えようがない訳だ」


 迂闊なことは言えない。

 この国の中でのことなら多少は動くつもりもあるけどな。

 エーベネラントは俺とは何の繋がりもない国だ。

 ゲールウエザー王国の友好国だから信用度はゼロではないがね。

 それでも全面的に信用するつもりはない。


『自動人形にある程度は調べさせるか』


 深入りするつもりはないが表面上の情報くらいは自前で調べておいた方が良さそうだ。

 他人の評価と異なるなら要注意だろう。


「仕方ありませんな」


 疲れたような顔でダニエルが溜め息をついた。

 気力が抜け落ちたように肩が下がってしまっている。


『後継者の将来に関わる問題だからなぁ』


 宰相としては心労も並大抵のものではないだろう。

 いや、大叔父としての心配の方が上回るかもね。

 そのあたりは聞いてみないと分からない。

 が、聞いても答えてはくれないだろう。


『しょうがないなぁ』


 保険を掛けて逃げてばかりもいられないか。

 親しくしている相手に頼られている訳だし。


「ただ、疑念はいくつかある」


「「「っ!?」」」


 3人の顔つきが変わった。

 とにかく、どう動くべきかの判断材料となる情報が欲しいのだろう。

 疑念と言われりゃ必死にもなるというものである。


『まあ、不信感は抱いていたようだが』


 でなきゃ、ここまで敏感に反応はしないと思う。


「断定的なことは言えんぞ」


「それはもう、はい!」


 気力を再注入されたかのようにダニエルが声の張りを取り戻していた。

 3人とも力強く頷いている。


「まず、ひとつ。

 フェーダ姫が衰弱しているという情報がないのはどういうことだ?」


「「「あっ」」」


 3人とも唖然としていた。

 指摘されて初めて気付くようなことでもないと思うのだが。

 使者が相当な役者なのかもしれない。

 あるいは王太子の将来が気がかりで、そこまで気が回らなかったか。


「病気だとは聞いた。

 中級魔法で回復しないとも。

 伏せっているにしては変じゃないか?」


「言われてみれば変ですな」


 うむむとダニエルが唸った。


「こんなことに気付けないとは……」


 総長が唇を噛んでいる。


「必ずしも衰弱していないと言ってる訳じゃないぞ。

 中級魔法で回復しないのだから察しろということかもしれんしな」


「それはどうでしょうかな。

 病状を説明に来て情報を制限したり省略するというのは考えにくいですぞ」


「滅多なことでは使者にならないような相手が来たんだろ」


 王弟が出てくるなんて普通はあり得ない。


「そうですな。

 王弟が来るなど滅多なことではありませぬ」


 まず、ないと言って良いだろう。


「それ故に説明が不慣れで失念していたなんてことも無いとは言えない」


「ぬう……、確かに」


 王弟なんて身分の人間は常に報告を受ける側である。

 逆の立場になったことなど数えるほどもないのではないだろうか。

 経験が乏しいのは明白である。

 ならば不慣れなことに対応しきれなかったとしても不思議ではない。


「これでは断定的なことも言えませんな」


 ダニエルが諦念を感じさせるような溜め息をついた。


「ですが、それを見越しての使者だったということも考えられませんか?」


 ナターシャが疑問を口にした。

 後で慣れていないからと言い訳ができるようにしていると言いたいのだろう。

 これ以上ないほどの立場の人間である。

 責任を問うこともできない。


 しかも、そこに気付いても追及不能である。

 下手をすれば国際問題に発展するからな。

 相手側に配慮しているように見せて裏では舌を出していることだってありえる。

 そうではないかもしれないあたり質が悪い。


「それもあるか」


 とうとう苦り切った顔になるダニエル。

 腹の中では相当に苛立っていることだろう。


「疑えば切りがないってことだ」


「ヒガ陛下のお話では他にも疑念があるそうですが」


 総長が聞いてきた。

 知りたくなるのも無理はないだろう。

 エーベネラント王国側がどんな爆弾を持っているか分からんからな。

 最悪の形で暴発されでもしたらなどと考えてしまうだろうし。

 気が気ではないだろう。


「わかり得る範囲の状況だけで考えれば想像が及ぶものだ。

 これもまた確定的なことが言えない上に国の面子が絡んでくることになる」


 国の面子という言葉を聞いた3人の反応はそれぞれであった。

 共通しているのは「ヤバい」と感じさせる表情になっていたことだ。


 ダニエルは唸りながら腕を組んで考え込み始め。

 総長は酷い頭痛に悩まされているように、こめかみを押さえ。

 ナターシャは血色を失った青い顔で助けを求めるような視線を俺に送ってきた。

 まあ、話の先を促しているのだとは思うが。


「もしも中級魔法を使ったという話が嘘だったとしたら?」


 俺は3人に問いかける。


「嘘というのは色々と問題が出てきますな」


 ダニエルが渋い表情で即答した。

 宰相としては、そこを考えてしまうのは無理のないことだ。

 決着をつけるための落としどころに頭を悩ませることになるだろうし。


『胃に優しくない問題だ』


 とはいえ、そういうことを言いたいのではない。

 その先にもっと面倒な問題が控えている恐れがあるのだ。


「ですが、それを些細なものにしてしまうほどの問題が背景にあるのかもしれません」


 総長は気付いたようだ。

 が、ストレートな言い回しは避けている。

 ワンクッション置くことでダニエルを気遣ったのだろう。


「もしかして仮病ですか?」


 ナターシャが一気に切り込んできてしまったが。

 それはダニエルにとっては刺激的な言葉だったようだ。

 一瞬、鬼のごとき形相になった。

 どうにかギリと歯噛みするだけで堪えたが。


『まあ、総長の言葉の後だからな』


 それがなければ叫んでいたかもしれない。


「まあ、そういうことも考慮しておいた方がいいかもしれんってことだ」


「断言はできませんものね」


『さすがは総長。

 よく分かっている』


 決めつけるのは危険だ。

 事実が異なった時に諍いの元となりかねない。

 国同士のそれは特にマズかろう。

 言外にそういう意図を込めてダニエルを諫めている。

 それが分かったのだろう。

 ダニエルは軽く深呼吸した。


「ヒガ陛下の見解をお聞かせ願いたく」


 そう言って頭を下げた。


「分かった」


 俺の返事を受けて顔を上げると、怒気は消えている。

 少なくとも表面上は。

 それくらいできなくては宰相は務まらんだろう。

 ここが内密の話をする場でなければ、もっとセルフコントロールしていたとは思う。


「まず前提条件として、俺はフェーダ姫の人柄を知らん」


 これをハッキリさせておかないと、話をする上で齟齬が生まれる恐れがある。


「誰かが書いた筋書きかもしれないし。

 もっと単純な理由があるのかもしれん。

 判断材料が少ない状態では、そのあたりは不明だ。

 故に理由や理屈よりも可能性の話になるだろう」


 ダニエルが頷いた。

 了承した上で話を聞くと言っている。


「筋書きとしては結婚に嫌気が差して引きこもったってところか」


 仮病にせざるを得ないときの典型的パターンだ。

 王弟を使者にしてハッタリをかましているなら無いとは言えないだろう。


「自分の意思で本当に引きこもっているとしても、いま挙げた理由とは限らんが」


「他にも理由があると?」


「年頃の人間なら吹き出物に悩まされて人に見せられない顔になっているとか」


「ありそうですな。

 吹き出物となると病気とは言えませんし」


「治癒魔法は有効だぞ」


「本当ですか!?」


「皮膚の病気みたいなもんだからな」


「それでは中級魔法で効果がないというのは?」


「表面だけ治しても、ぶり返すことがある」


 中高生の頃はニキビ治療薬を何本も使って必死になっていた同級生が何人もいた。


「なんと!?」


 ダニエルが驚いている。

 知らなかったんじゃしょうがない。


「あくまで可能性のひとつだし、他にも想定できる理由は色々あるだろう。

 あと、自分の意思による引きこもりでないことも考えておいた方がいい」


「それはっ!?」


 俺の言ったことが何を意味するか理解したようだ。


「考えにくいか?

 幽閉されている恐れがあるなんて」


 普通に考えれば荒唐無稽な話かもしれない。


「あくまで可能性、でしたな」


「だが、無いとも言い切れない。

 向こうは王弟を駒として使ってきているからな」


「─────っ!」


 驚愕に目を見開くダニエル。


「表現は不穏当だが、状態だけで言えばそういうことだろ?」


「それはそうですが……」


 いまひとつ煮え切らないのはどういうことか。

 何か俺の知らない情報があるのだろう。


『王弟の性格とかは聞いていないしな』


「ひとつ、よろしいでしょうか」


 そこに総長が声を掛けてきた。


「ああ、構わない」


「王太子殿下が仰っていたのですが……」


『勇ましそうな名前の王子様か』


 渦中の人物ではある。

 文通の話以降、不思議なほど今まで気にならなかったが。


『影の薄さも才能だな』


 実務能力は高いそうだが。


『あと、筆まめなんだっけ』


「手紙がフェーダ姫の直筆だった頃から様子が少しおかしかったそうです」


「ほう?」


 何度も手紙をやり取りしたからこそ分かる変化というのもあるだろう。

 よほど姫に入れ込んでいるようだ。


『恋は盲目か、それとも……』


読んでくれてありがとう。

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