687 太ると痩せたくなるか
総長の話が続く。
王太子が文通で感じたことだそうだが。
そういう話の中にも情報が埋もれていることがある。
「少し太ったことを気にしているようだと殿下は仰っていました」
「ふむ」
「殿下はそれが病と関連があるのではと気にしていらっしゃいました」
「何故そう思ったかは聞いているかい?」
「それが……」
総長が言い淀む。
聞いていないという訳ではなさそうだが。
「何となくだそうです」
根拠のない情報だから言い淀んだか。
王太子は文面から違和感を感じたのだろう。
「いや、そういうのも大事な情報だ。
推測や判断を補強する材料になる」
「恐れ入ります」
「それにしても、太ったことを気にしていたか」
「そんなに気になることでしょうか?」
ナターシャが不思議そうに聞いてきた。
まあ、そんなものなのかもしれない。
地球でも肥え太ることは豊かさの象徴とされていた時代があったのだ。
ルベルスの世界でも似たような状況だったとしても変ではない。
ただ、王女が太ったことを気にしていたそうだし、丸々同じではないだろう。
「痩せた太ったは個人の主観によるものが大きく影響するからな」
標準体重なんて概念がない世界だから尚更だろう。
それを知らないナターシャはピンと来ないらしく首を傾げているが。
「今まで着ていた服が窮屈になっただけで太ったと言い出す者もいるんだよ」
実際は成長過程で体全体が大きくなっただけかもしれないのにだ。
「あ……」
ナターシャはそう声を漏らすと、妙に納得した表情になった。
何か心当たりがあるらしい。
「子供の頃、親に愚痴られたことがあります」
急にションボリした様子になった。
「ずっとチビだったのに急に育ちすぎだと。
半年の間に次々と服を変えることになったので……」
余程のトラウマなのかドンヨリした空気を纏っている。
「そいつは御愁傷様だ」
返事がない。
しばらくナターシャはポンコツ状態だろう。
気にしていても始まらないので、無視して話を続ける。
「いくつか確認しておきたいことがある」
「フェーダ姫のことですな」
心得ているとばかりにダニエルが返してきた。
「ああ、そうだ」
「私自身は会ったことはありませんな。
使者として出向いた者の話では小柄で痩躯だったということですが」
『とするとデブデブになった訳ではなさそうだな』
「それは何時の話だ?」
「2年とは経ってはいませんが」
「現在の年齢は?」
「15才になるとのことです」
環境的な面から考えると王族がさばを読むのは難しいだろう。
ならば、ダニエルの言った年齢で間違いはないはずだ。
『15才か。
個人差はあるだろうが……』
年齢次第では普通の成長過程だと思っていたのだが。
『どうやらピッタリ当てはまりそうだな』
もっとも、このことが今回の一件に関連しているかは不明だ。
現状では関連性は薄いと思っておいた方が無難だろう。
俺が考えをまとめていると──
「ヒガ陛下」
総長が声を掛けてきた。
「なにかな?」
「殿下のお話は、そんなに重要な情報だったのでしょうか?
私はヒガ陛下がそこまで気にされるとは思っていなかったのですが」
「重要かどうかは分からんよ。
それこそ事実が判明するまではな。
だったら分かることは全て知っておいた方が無難だろ?」
「そうでしたか」
総長は納得がいったとばかりに頷いた。
ダニエルは重苦しい表情で考え込んでいる。
「どうしたよ、何か問題でもあったか?」
「いえ、実に悩ましいものだと思いましてな」
「悩ましい?」
「はい、今後どう動くべきかと考えておりました。
下手に確認をしようものなら問題となりますし。
何もしないままなのも問題にする輩が出てくるでしょう」
「ああ、そういうことか」
俺は相談を受けるだけの立場だが、ダニエルは違う。
宰相として方針を決定しなければならない。
それを周知徹底することで隙を作らないようにする訳だ。
『国内は大丈夫なようだが、周辺国は煩いだろうしな』
勝手に婚約破棄の噂を流したりしてくることもあり得る。
もちろん表立ってそういう動きは見せずにだ。
それで噂のせいで婚約破棄にでもなろうものなら堂々と動く筋書きである。
有り体に言ってしまえば自分の所の王族を婚約者候補として紹介するための手だ。
噂でエーベネラント王国との関係性を破壊。
更には自国がその後釜に入ろうという訳だ。
上手くいけば国益になる。
ただし周囲の迷惑は顧みないから敵は多くなる。
失敗すれば窮地に陥るのは言うまでもない。
それでも当事者がグズグズしていると、こういうことを仕掛けてくるバカが出るのだ。
「意外とエーベネラント側が王弟を使者にしたのも周囲を黙らせるためなのかもな」
「大物が出てくることで我が国との関係性が強いことをアピールしたということですか」
「そうなるな。
安っぽいパフォーマンスに思えるかもだが」
「効果的ではあるでしょうな」
そう言って溜め息をつくとダニエルから重い空気が消えていった。
「少しは時間を稼げたということですか」
「だろうな」
次の手は早急に考える必要はあるだろうが。
『これだから国同士の関係って面倒なんだよ』
滅ぼした旧バーグラー王国をゲールウエザー王国に任せて正解だった。
丸投げされた方は堪ったものではないが。
そこは、何かあったら助けるということでチャラにしてほしいものだ。
『そういや旧ブレット王国とかも密かに丸投げした形になるよな』
あちらは侵攻しようとしていたのを潰した結果なんだが。
『チャラでいいんじゃないかな』
優秀な人材をゲットできたはずだし。
『いいことにしておこう』
後はダニエルが宰相として計画を立案するのを待つだけだと思っていたのだが。
「そういえば……」
不意に総長が何かを思い出したように呟いた。
「どうした、総長」
ダニエルが声を掛けるが返事がない。
考え込んでしまっているせいだろう。
「総長、宰相閣下がお呼びです」
ナターシャが肩に手を置いて呼びかけると、我に返った。
ポンコツ状態から復帰できたらしい。
「えっ!?
あら、失礼しました」
「何か思案していたようだが?」
「はい、王太子殿下からお伺いした話を思い出しておりました。
ヒガ陛下が分かることは全て分かった方が無難と仰られたので」
「うむ、確かに。
それで何かあったのかね?」
「フェーダ姫が御ひとりで食事をされるようになったという話を聞いたことがあります」
「それほど珍しいということでもないだろう。
ワシも忙しい時は執務室で食べるからな」
ダニエルはその情報に価値を見出せなかったようだ。
「いや、それはずっと1人という意味だよな?」
引っ掛かるものを感じた俺は総長に問いかけた。
「そのようです」
「ふむ? 家族と喧嘩でもしたか」
ダニエルも少しは変だと感じたようだ。
「いつ頃からかは分かるか?」
「殿下のお話では1年半ほど前のようです」
「フェーダ姫が太ったことを気にし始めた時期は?」
「1年ぐらいかと」
「何か関連性があるのですかな?」
俺が時期を気にしていることから何かあると思ったのだろう。
ダニエルが聞いてきた。
「さて、どうだろうな」
こちらの世界にその概念があるかどうか。
「もしかするとダイエットをしているのかもな」
「なんですかな、それは?」
ダニエルが困惑の表情で聞いてきた。
総長やナターシャは興味深げにこちらを見ている。
いずれにせよ分からない単語だった訳だ。
「痩せることを目的とした活動全般を指した言葉だ」
3人そろってよく分からないという顔をした。
「具体的には、食事の内容や分量を制限したり運動をしたりする」
「何故そんなことをするのですか?」
ナターシャが困惑の表情を見せながら聞いてきた。
「動機は人それぞれだ。
体重を減らしたいだとか。
出っ張った腹を引っ込めたいとか」
「わかりません」
本気でそう言っているようなので幻影魔法を使うことにした。
「もし、自分がコイツみたいな体型だったらどうする?」
「──────────っ!?」
引きつった顔で後退るナターシャ。
「これは酷い……」
ダニエルも映し出された男の姿に呆れ気味である。
「この人物は誰ですか?」
総長が聞いてきた。
「とある悪徳商人だ。
俺は白豚と呼んでいた」
これを見せたことでナターシャは納得した。
あれほど酷くたるんだ体をしている人間を見たことがなかったのだとか。
せいぜいがチョイポチャ体型までらしい。
「ですが、フェーダ姫はそんな体型ではないのですよね?」
「どの段階で拒絶反応が出るかは個人差がある。
以前より少し体重が増えただけで必死になる者もいるからな」
呆気にとられるナターシャ。
どうにか理解しようとしたのだろう。
かなり無理があるようだが。
「ちなみに精神を病んだ状態だと痩せていても痩せようとするぞ」
「「「っ!?」」」
3人が目を見開いていた。
「こんな状態でないといいんだがな」
読んでくれてありがとう。




