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683 訳が分からないんだが

 俺が新しい魔道具を売り込むつもりがないと聞いて困惑の表情を浮かべる宰相。


「いや、しかしですな……」


 深読みしすぎて何か法外な要求をするのかと思われたのかもしれない。

 勝手に訪れておいて無茶振りするとか迷惑極まりないだろ。

 もちろん、そんな真似をするつもりはない。

 アポなしで来た時点で充分に迷惑行為をしているとは思うけど。


 他人から見たら五十歩百歩かもしれない。

 向こうの印象をこれ以上悪くする前に誤解は解消しておきたいところだ。


「変に構えて考えられても困るんだがな。

 俺としちゃあ友好国を気兼ねなく訪れたいだけだし」


 そう言ってみても強張った雰囲気が緩む様子はない。


『面倒くせえなぁ、もう……』


「ぶっちゃけると貸し出す用意があるってだけだ」


「えっ!?」


 ダニエルの爺さんは表情を隠すこともできないままに驚いている。


『あ、これマジのやつだ』


 向こうの想定問答に含まれていなかったことが判明してしまった。

 それだけ強い思い込みによって俺のことを見ていたってことになるよな。


『大国の宰相がそれってどーよ?』


 本人に聞きたくなってしまうが、そういう訳にもいくまい。

 とにかく話を進める。


「俺が唐突に訪問するのは気が引けるから貸すと言っているんだが」


「……………」


 返事がない。

 驚きすぎて失神したという訳でも無いんだが。


「おーい」


 呼びかけてみても無反応。


『勘弁してくれよ』


 途方に暮れるとはまさにこのことだろう。


「なあ、出直そうか?」


 向こうも動揺したままじゃ拙かろうと提案してみた。

 魔道具の貸し出し交渉すら満足にできない恐れもあったからね。

 俺としちゃあ軽い提案のつもりだったのだが。

 その場にいた向こうサイドの面々が慌てだしたのがハッキリと分かった。


『何だ?』


 どうなってるのかサッパリ分からない。

 とはいえ俺が帰ると都合が悪いと言わんばかりである。


『あー、またしても厄介ごとかー……』


 トラブルの気配がひたひたと近寄ってきた。

 まだそれ程には嫌な感じはしないけどな。

 ベリルママに予告されていたからだと思う。


『聞いといて良かった』


 自分から首を突っ込みに来たようなものだがね。

 ただ、この方がマシになると思えるのだ。

 来るのが遅くなるほど面倒な度合いが増していく気がしてならない。


 何の根拠もないただの勘ではあるのだけれど。

 ただ、火消しは小火のうちに終わらせる方が楽だ。


『現状が小火レベルで済んでいればいいんだが』


 既に火が回り始めていることだって充分に考えられる。

 そのあたりは、どんなトラブルなのかを知るまでは判断のしようがない。


 とにかく泡を食う人々が目の前にいる。

 それを見れば、ただ事ではないことだけは分かった。


 ただ、宰相が正気に戻らないことには話も進まないんだけどな。

 どうしたものかと思ったら。


「っ!?」


 突如としてダニエルが再起動した。

 俺の一言はフリーズ状態から復帰するに充分な刺激となったらしい。


「失礼しました!」


 謝罪と同時に最敬礼されてしまった。


『勘弁してくれよ』


 本日、二度目の愚痴である。

 フリーズしたままよりはマシなんだが。

 あるいは土下座よりは、ずっとマシではあるが。


 それでも、この状態が続くのは好ましくない。

 幸いにも少し待たされただけで頭を上げてくれたがね。


「ただでさえ大きな借りがあるのです」


 身を乗り出すようにダニエルは言った。

 顔が近い。

 鬱陶しいというか暑苦しいというか。

 何処かのギルドマスターと似た空気を感じた。

 アレのように唾を飛ばしてこないだけマシだとは思うが。


「この上となりますと我々も身動きが取れなくなってしまいます」


「大きな借り?」


『向こうが借りということは俺が貸していることになるんだよな』


 そんな貸しを作った覚えは──


『あるようで無いような……』


 断言できるようなものは無いはずだ。


『バーグラーの一件では面倒事を丸投げで押し付けたしなぁ』


 俺の中では貸し借りなしのつもりだ。

 むしろ俺の借りになりそうだが、そこはスルーである。

 向こうから何か言ってきたら適当なものでチャラにしようと思っている。

 魔道具か物資かになるだろう。


「そんなのあったっけ?」


「なんとっ!?」


 愕然とした様子のダニエル爺さんが見られた。

 いや、その場にいたゲールウエザー組の全員が同じように驚いて固まってしまっている。


『こんなことならエリスを連れて来た方が良かったか』


 あるいは月影の面々とか。

 前に一緒に来た面子なら何か思い出したかもしれない。

 妙に張り切っているのを抑えるために留守番を言い渡したのが悔やまれる。


「申し訳ありません!」


 突如、ダニエルが全力で最敬礼をした。

 土下座でないだけマシだが、先程より力が入っている。


「なんなんだよー」


『サッパリ訳が分からん』


 それは他のゲールウエザー組も同じようだ。

 オロオロした感じで宰相を見ている。

 それまで同じような反応をしていたのに。


『どうすんの、これ?

 向こうに分かんないんじゃ俺に分かる訳ないだろ』


「せっかく助けていただいたというのに礼の言葉を失念しておりました」


 その一言に他のゲールウエザー組は一気に青ざめた顔になっていた。

 どうやら宰相が何を謝っていたのかが判明したらしい。

 相変わらず俺にはサッパリなんだけど。


「「「「「申し訳ありませんでしたっ!」」」」」


 文官、騎士や兵士、メイドたち、全員が最敬礼。

 しかも彼等は震えている状態だ。

 俺は相当に失礼なことをされたらしい。


『だから、何なんだよー?』


「あのさ」


 とにかく事情を聞こうとするも──


「なにとぞ平に御容赦の程をっ」


 頭を下げたままのダニエルが声を張って言ってきたことで遮られてしまった。


『これじゃあ土下座と同じじゃねえか』


 違いは罪悪感とか精神的プレッシャーをあまり感じないだけだ。

 こちらの動きが無視されている時点で結果は変わらない。

 そう思うとイラッとした。


「恩義を受けたにもかかわらず礼節を弁えぬ我々を許し難いとは思いますがっ」


「誰が許さんなんて言ったよ?」


 息継ぎの瞬間を狙って割り込んだ。


「えっ?」


 呆気にとられたダニエルが顔を上げる。

 お辞儀の出来損ないのような中途半端な姿勢でポカーンとした顔をさらしていた。


「とりあえず全員、顔を上げようか」


 最敬礼のまま小刻みに震えるばかりの面々に呼びかける。

 が、反応は芳しくなかった。

 顔を上げることもなく、震えもそのままである。


「俺は詫びなんて求めてないんだが?」


 ダニエルの表情が困惑のそれに変わっていく。


『そんな顔されてもなぁ……』


 困惑したいのはこちらの方である。

 ちなみに最敬礼組は聞こえていないかのように、そのままだ。


「勘違いしているようだが」


 その言葉を強調して前置きしておく。

 ただし威圧感を感じさせないように大声にはならぬよう注意した。

 実に面倒くさい。

 が、これで更にビビられたりしてはシャレにならん。


「俺は怒っているわけではないぞ」


 最敬礼状態はそのままだ。

 それでもガタガタと震えることは無くなった。

 代わりと言ってはなんだが戸惑っているような雰囲気がある。


「宰相さんよ」


「はい」


「お互いの認識に齟齬があるようだ」


「そのようですな」


 さすがに気付かない方がどうかしている。

 宰相も、その点については即座に同意した。


「だったら部下を何とかしてくれねえか?

 ずっと最敬礼されたままじゃ、どうにも居心地が悪すぎる」


「っ!?」


 俺に指摘されるまで気付いていなかったらしく、背後を振り返って驚いていた。


『マジか……』


 慌ててこちらを見て──


「これは失礼いたしました。

 少々、お待ちいただきたく」


 そう言って頭を下げると、再び背後へ向き直って命令を下していた。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 宰相のダニエル爺さんと認識の齟齬について話し合った。


「なんだ、そんなことか」


 理解した直後の俺の感想である。

 それを聞いたダニエルは目を丸くしていたが、知ったこっちゃない。


 向こうサイドが恩義を感じていたのは干ばつ対策だ。

 確かに手を貸した。

 だが、俺はまともな国だと思ったからそうしたまでだ。


『シャーリーやアーキンがいる国だし。

 ゴードンやケニーにも世話になったしな』


 当時、既にそれだけの知り合いがいたのだ。

 友達と言うには関係性が弱いかもしれないが、良くしてくれたのは間違いない。

 そういう相手が困窮するような事態に陥らせたいとは思わないだろ?


『まあ、ダニエルたちはそういう事情を知らんしな』


 彼等に分かるのは最悪の事態を回避できたこと。

 更には被害を最小限に抑えられたことだろう。

 現状で死亡者はゼロ。

 なおかつ干ばつの影響で飢えや渇きに悩まされる者はいないそうだ。

 そういった情報があるというのが大きいようだ。


 この王城に勤める者の中にも親戚などがいたりするそうで。

 いたく感謝される結果となってしまった。

 その場にいた文官、騎士や兵士、メイドたちが再び最敬礼をしてきたくらいだし。


 だが、俺からすると「良かったね」とひとこと言えば終わりの感覚でしかない。

 やって当然のことを、いたく感謝される形になったと言えばいいのだろうか。

 なんにせよ、そこで認識の差が開いてしまった訳だ。


『ああ、ややこしい』


読んでくれてありがとう。

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