608 ハルト距離感に惑う?
一通り回ってみたけど、体調不良や様子がおかしいなんて面子はほぼいなかった。
ほぼってことは1人はいることになるんだが、まだ話せていない。
俺が見回りしている間ずっとコソコソついて回ってたからな。
『ストーカーかよっ』
そんなツッコミを入れたくなるのを我慢して確認して回る。
点呼もかねているので、これが終われば出発準備は完了である。
人魚組も楽しみにしていたようで、みんな一様に朗らかな笑みを見せていた。
強化授業の時とは打って変わってリラックスムードである。
「本当によろしいのですか?」
「何だか恐縮してしまうのですが」
ナギノエとヤエナミは妙に恐縮していたけど。
まあ、他の国民を差し置いて自分たちが楽しむのは云々と考えているのだろう。
それについては強化授業参加を募ったときに説明してあるのだが。
強化授業を最後まで乗り切った者には御褒美で海水浴に連れて行く、と。
「遠慮することはないさ。
勝ち取った権利だからな」
それだけのことはしてきている。
だからこその急激なレベルアップだ。
よく頑張ったと思う。
引き上げるために、あれやこれやと手を尽くしたのは俺だが。
挫けずに最後までやり通したのは彼女らである。
『見かけによらずガッツがあったよな』
脱落者がいなかったことが、それを証明している。
ちゃんとケアしながらだったとはいえ誇っていいと思う。
「未だに夢のようなのですが」
「私もです」
2人がこんなことを言うのは、瞬く間にレベルアップしたからだろう。
俺の【教導】スキルが仕事をしたというのはあると思う。
『熟練度がカンストした特級スキルだもんなぁ』
今更だが、やり過ぎだったかもね。
加減はしたから強化授業に無理があったとは思わない。
ナギノエたちにこんな感想を持たせたのは【教導】スキルをフルで使ったせいだ。
スキルをオフにしておけばレベル3桁に到達する者はいなかったはず。
ナギノエ以下6名がレベル100を超えてしまったのは誤算だった。
教える側からすると、伸びるからついってやつだ。
『せめて本気を出さずに加減しておけば……』
本当に今更である。
が、こんな風に思うのも今後のことがあるからだ。
本来であればレベル100を超えた時点で卒業なんだが。
今のナギノエたちを卒業させるわけにはいかない。
座学とか戦闘以外の実習にまるで手をつけていないからだ。
本来なら満遍なくカリキュラムを消化するようになっている。
それを強化授業で引っ繰り返してしまった。
『やっぱり俺はアホだな』
調子に乗って戦闘に関連する技能だけ上げてしまったのだから。
最初はギリギリで調整して帳尻を合わせるつもりだったんだけど。
程々にしておけば良いものを本気なんか出したものだから……
「そういうことは卒業してから言ってくれ」
2人には苦笑されてしまった。
なぜ卒業できないかとかの説明はしたからな。
「帰ってきたら頑張って卒業を目指します」
「私もです」
「そうしてくれ」
海水浴に行く前からちょっと落ち込んでしまった。
【ポーカーフェイス】で誤魔化しましたよ。
皆に悟られるわけにはいかないもんね。
今日みたいな日に落ち込んでたら雰囲気を悪くしてしまう。
『卒業条件は少し弄るか』
レベル3桁に到達だけじゃ、今後も今回のようなことをやらかしかねないし。
必要な単位を修得かつレベル3桁になることを条件にしよう。
ナギノエたちと別れた後は他のレベル3桁に到達したドルフィーネたちとも話した。
「陛下、おはようございます」
「おはよう」
最初に挨拶してきたのは、おっとりお姉さんなマリナミだった。
『この人は物怖じしないから話しやすいんだよな』
共通の話題なんて何もないんだけど……
話題がないと言えばクノミカである。
「………」
無言でペコリンとお辞儀をした。
「ああ、おはよう」
挨拶を返してもニコリともしない。
けれども敵愾心を胸に秘めているという感じでもない。
ノエルに近いタイプだ。
おそらく、よほど慣れていないと表情からは何も読み取れないだろう。
現時点ではサッパリである。
自発的に挨拶してくるくらいだから、かなり愛想良くしてるとは思うのだが。
ただ、まだまだ親しいとは言えないので精神的な距離は感じる。
そういう意味では4人の中で一番遠いのが地味子さんなアスカミかもしれない。
「あっ、あのっ……」
マリナミの背後から出てきてモジモジしている。
「ん?」
何かを言いたそうにしているが、なかなか言い出せないようだ。
「アスカミだったな、おはよう」
切っ掛けになるようにと、こちらから挨拶してみたんだが。
「ああああのっ」
思惑通りに口は開いてくれたものの舌をもつれさせている。
「おはやふ、ございましゅ……」
それでもなんとか挨拶は返してくれた。
もつれたままだから噛み噛みだったけど。
そしてペコペコとお辞儀する。
何故かは分からんが、とにかく凄く焦っているのだけは分かった。
『まさか緊張しているのか?』
そうとしか思えない。
訳が分からん。
理由が思い当たらないもんな。
初対面なら理解できなくもないんだけど。
強化授業でさんざん指導してきたはずだから、そんなこともない。
特に上位6名の1人だから比例して指導時間も長かったし。
マンツーマンの状況にはなかなかならなかったかもしれんが。
アスカミは地味なせいか影が薄いのだ。
『そういや授業中も俺から距離を取っていたなぁ』
気が付けば間合いから外れている感じ。
まるで忍者である。
普段は修行のためにオフにしている特級スキルの【気力制御】が必須ですぜ。
まあ、授業はちゃんと受けてくれていたのでスキルには頼らんかったけど。
とにかくアスカミとの距離を感じる。
物理的にも精神的にも。
先の2人とは大違いである。
そのくせ話し掛けてこようとするのは何だろう?
結局、モジモジしたままで終わってしまったのだけれど。
ちなみに4人のうちの最後の1人であるユリノエは座り込んでいた。
見ようによっては具合が悪いようにも見えただろう。
鑑定してそれはないことを確認している。
「なあ」
「はい、なんでしょう?」
ユリノエを見ながらマリナミに声を掛けた。
一番まともそうな相手に話を聞くのが正解だと思ったからだ。
クノミカは無口すぎて返答が期待できないし。
アスカミはつい今し方の状態を考えればコミュニケーション能力に疑問が残る。
聞く以前の問題だ。
「ユリノエはどうしたんだ」
「ああ……」
俺の質問を聞いた途端にマリナミは苦笑した。
「この子は寝ているだけです」
俺はその言葉を聞く前に態度で問題ないことを理解した。
寝ていることは鑑定したから分かっていたからね。
理由までは分からないが、良くあることなのだろう。
「いつもこうなんだな」
俺が確認するようにそう言うと、マリナミは再び苦笑した。
そして頷く。
「朝が弱いんですよ」
いつも眠そうな顔をしているユリノエらしい理由だった。
「納得した」
ドルフィーネに低血圧症があるとは予想外だったが。
「すまんが、気に掛けてやってくれ」
いるのは確認したのに連れて行きそびれたとか、ありそうで怖い。
気付いた時点で迎えに来ればすむことだけどね。
ただ、その時に置いて行かれたと思われても面倒だ。
「もちろんです」
返事をしたのはマリナミだったが、クノミカも同時に頷いていた。
アスカミも体を揺するように全身で頷いている。
『そこまで必死にならんでも』
いいんじゃないのかとは言えなかった。
必死な表情過ぎて些か引いてしまったからだ。
なんにせよ任せられるのであれば、それに越したことはない。
「じゃあ、頼むわ」
俺は4人と別れ見回りを続行する。
途端に強い視線を感じたが、これはアスカミのようだ。
『なんなんだよぉ』
言いたいことが言えなかったからなんだろうが。
行動原理がよく分からない地味子さんである。
アスカミが喋り出すまで待ってはいられないのでスルーした。
何が言いたかったかは謎である。
なんにせよ、そのことばかり気にしているわけにもいかない。
「おはよう」
人魚組の中を縫うように進みながら挨拶していく。
皆の状態を確認しながら。
「「「「「おはようございます」」」」」
すかさず返ってくる朝の挨拶は気持ちがいいものだ。
だからこそ微妙に感じることもある。
アスカミの時にも感じた距離感である。
『疎外感を感じるほどじゃないんだが……』
強化授業で嫌われたとかじゃないはずだ。
それなら気さくに挨拶を返してくれたりはしないだろう。
この距離感は知り合いレベルと言える。
友達よりも少し遠い感じ。
『もっと踏み込んで欲しいんだがなぁ』
それは人魚組以外の国民とも感じるものである。
何かが足りないのだ。
『寂しいものがあるよな』
何とかしたいとは常日頃から思ってはいるのだが。
なかなか実行できないでいる。
『だがっ!』
今日は遊び倒すイベントの当日である。
俺が遊んでいいものかと悩みもしたが、遊ぶと決めた。
ならば、これを機会に人魚組と距離を縮められればと目論んでいたりする。
それができれば他の国民たちとの距離も、なんて虫がいいことを考えているのは内緒だ。
果たして上手くいくかは俺にも分からんがね。
最初から躓くことだってあるだろうし。
あるいは人魚組と親しくなるだけで終わりということもあり得る。
やはり遊ぶというのは親しくなる切っ掛けとしては大きいものだ。
先々を考えると俺の考える国づくりはまだまだである。
そこまで考えて、ふと保留にしていたことを思いだした。
『そういや、コソコソしてる奴は何がしたいんだ?』
ずっと尾行してくるだけだったからな。
話し掛けることができずにいたという意味ではアスカミに似ている。
彼女は俺に付いて来ることはなかったけれど。
『さて、どうしたものか』
読んでくれてありがとう。




