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607 当日の朝に何やってんの?

 短期集中強化授業が終了した翌日の早朝。

 城の庭には今日のイベントを楽しみにしている面々で溢れかえっていた。

 イベントとはもちろん海水浴である。


 みんな楽しみで仕方なかったようだ。

 そのあたり顕著だったのが妖精組である。

 気の早いのは日も昇る前から準備して朝食を済ませていた。


『そんなのもいるだろうとは思っていたけどさ』


 だから前日に朝食について注意を促した訳で。

 体調不良でない限り必ず食べることってね。


 暴飲暴食を封じるため屋台の営業はすぐには行わないようにした。

 故にオオトリに行ってから朝食にするという手は使えない。

 タイミングをずらすだけで食べ過ぎを防げるかどうかは疑問が残るところだけど。


 なんにせよ、みんな朝食は食べてくれた。

 食堂に配置した自動人形からの報告メールで確認しているので間違いない。

 メニューは消化吸収に優れたおかゆと味噌汁。

 朝食抜きで貧血を起こすような者が出なければ、それでいいという内容である。

 すぐに腹は減るだろうが、その頃合いを狙って屋台を出す予定だ。


『さてさて、吉と出るか凶と出るか』


 俺としては皆が程々に自制してくれると信じたい。

 ちなみに日の昇る前から起き出してきた面子の中には軽く仕事をしてきた者までいる。

 たとえば黒猫3兄弟。

 此奴らは農作業をしてきた。


「こんなに収量が上がるとはな……」


 呆然と呟く長男ニャスケ。


「思ってもみなかったな、兄者よ」


 同意するように頷いている次男ニャンゾウ。


「量より時間の短縮の方が凄まじいものがあると思う」


 三男ニャタロウは違う意見を出した。


「「それもそうだな」」


 しみじみと頷く兄たち。

 あっさり肯定したのも納得の効果があったからこそだと思う。

 一気にレベルが上がった事実は大きい。

 植生魔法の威力も精度も桁違いと言えるほど上がったからな。


 こんな具合に農業でひと仕事終えてきた代表格が3兄弟である。

 一方で海で活躍してきたのはキースだ。


「たこ焼き用のタコを捕ってきました!」


 数メートルはあろうかという魔物を手に報告に来たし。


「たこ焼き用のって、マッドオクトパスじゃないか」


 クラーケンとは種類が異なるがタコの魔物である。


「いやー、楽しみで楽しみで眠れなかったっす」


 いい笑顔でそんなこと言われたら怒ることもできない。

 だって地味に迫力のある顔をするんだもの。

 というのは冗談だ。


 強面のハスキー顔だけど見慣れてしまうと、そうでもない。

 新入りである人魚組なんかは「ひっ」と息をのんだりもしたけどね。

 それについては今日ではなく強化授業中においてのことだが。


「で、これだけじゃないんだろ」


 溜め息交じりに確認してみる。

 デカいとはいえタコが1匹な訳がない。

 俺に見せた分にしたって倉庫から引っ張り出したしな。


「分かりますか?」


 キースはそう言いながら、イタズラが見つかった子供のように笑う。


「これが後20匹ほど倉庫に入ってます。

 それとマッドスクウィッドも25匹、確保しました」


「イカもか」


 こちらも全長数メートルのイカの魔物である。

 マッドオクトパス同様、クラーケンとは関係のない魔物だ。

 デカすぎて姿焼きには利用できないが、イカ焼きにはできるだろう。

 そんなことをしなくても材料ならいくらでもあるのだが。


「で、他には?」


 これで終わるはずがないと確信を持って問うと、キースは照れくさそうに笑った。

 後は魚群に遭遇したとかで、魚が山ほどあるようだ。


「なんで、ここまでやるかねぇ」


 溜め息しか出ない。


「ももも、申し訳ありません」


「謝らなくてもいいけどさ。

 今日のイベントに影響しちゃうのは嫌だろ」


 ショボーンとしてしまうキース。

 強面くんが落ち込むとギャップがあるせいで可哀相な感じが割り増しである。


 これでは俺が悪者に見えてしまう。

 思わず溜め息が出そうになるものの我慢した。

 ここでそんな真似をしたら余計に悪者感が演出されてしまう。


 そうでなくても罪悪感ゲージがレッドゾーンに突入しているというのに。

 皆に白い目で見られたりなんかしたら耐えられない。


「楽しみだったのは分かるからさ」


「はい……」


「眠れなくて集合時間まで待ちきれなかったんだろ?」


「はい……」


「手持ち無沙汰だったんだな?」


「はい……」


「次から気を付けようぜ」


「はい……」


『なんだかなぁ……』


 ここで「いいえ」としか返事のしようがないことを聞いても「はい」と言いそうだ。

 ちょっと捻くれたことを考えてしまったが、それは却下する。


「今日は楽しめよ」


「はいっ!」


 同じイエスの返事でもまるで違った。

 テンションが一瞬で反転したかのようだ。

 俺には苦笑しかできなかったさ。


『まあ、本気で楽しんでくれそうだから何でもいいけどね』


 その後キースの肩をポンと叩いて他の皆の様子を見るために移動した。

 すると城門の方から子供組が帰ってくる。


『子供組も農作業してきたのかよぉ……』


 しかも泥だらけである。

 どうやら畑仕事をしてきたようだ。

 一瞬でゲンナリさせられてしまったさ。


「あっ、陛下にゃ」


 ミーニャが真っ先に気付いて駆け寄ってくる。


「おはよう」


「「「「「おはようございます」」」」」


 ペコリンと体を二つに折るかのようなお辞儀をする子供組は実に愛らしい。

 けれども、そのせいで背中まで汚れているのが丸見えである。


 思わず注意をしそうになって緊急停止した。

 キースの時の二の舞になりそうだったからな。

 これ以上、罪悪感ゲージのアクセルを踏み込むような真似はしたくない。

 代わりに生活魔法のドライ洗浄を全員に掛けた。


「うにゃっ?」


「汚れが消えたです」


「忘れてたの」


 ミーニャを始めシェリーもルーシーも驚いていた。


「「陛下の魔法……」」


 ハッピーとチーはモジモジと恥ずかしそうにしていたけれど。


「「「「「ありがとー、陛下」」」」」


「なんのなんの」


 舌足らずな感じで一生懸命にありがとうを言われると実に照れくさい。


「けど、次からは帰ってくる前に汚れを落としておこうな」


「「「「「はーい!」」」」」


 そろって手を挙げながら返事をする。


「ところで、ひとつ聞きたいんだが」


「なにかニャ?」


 ミーニャが小首を傾げる。


『くっ、思わずモフりたくなるじゃないか』


 モフリストのマイカなら間違いなくモフっているだろう。


「どうして農作業なんだ?」


「試したかったの」


 疑問に答えたのはルーシーだった。


「ああ、レベルアップした成果を確認したかったんだな」


 子供組全員がコクコクと頷く。


『昨日まで強化授業を手伝ってもらっていたからなぁ』


 そんなの海水浴から帰ってきてからでいいじゃないかとは言えない。

 気持ちは分からんではないしな。

 他のことで時間を潰すくらいなら植生魔法で自分たちの成長ぶりを確認したかったと。


 念のためにゲームとかで時間を潰す気はなかったのかを確認してみた。

 ここで言うゲームとは将棋だったりリバーシだったりする。

 対戦相手は必要だが、彼女らは単独行動なんてしないしな。


 答えは「ノー」であった。

 将棋とか始めると集合時間を忘れそうで嫌なんだと。

 それだけ夢中になってしまうってことなんだろう。


 またしても苦笑しかできなかった俺であった。

 子供組と別れ見回りを続ける。


「お」


 庭の片隅でしゃがみ込んで話をする褐色肌の姉妹を発見!


「お姉ちゃん、仕事じゃなくて海に行くって新鮮だね」


 リオンがニコニコしながら姉に話し掛ける。


「そうね」


 レオーネも笑みで返す。


「私もほとんどが仕事か訓練かだったし」


『うん、まあそうだよな』


 古参組には休めと口を酸っぱくして言っていた俺が皆に休ませるのを忘れるってどうよ。

 これ以上ないくらい罪悪感が俺の中で渦巻いてしまう。

 ここのところ忙しかったとかは言い訳にもならないだろう。

 せめて交代で休暇は取れたはずである。

 とにかく反省あるのみだ。


『今日は思いっ切り皆に楽しんでもらわないとな』


 そう考えると俺自身が遊ぶのは気が引けるところである。

 だが、裏方に徹しすぎてしまうと色々とチェックが入るだろう。

 それ以前にノエルとマリカまで遊ばず俺に付き合いかねない。


「……………」


 考えるだけでも不健全だ。

 もっとも遊ぶべき子供がお預け状態で遊べないなど、あってはならないことだ。

 子供組とセットにして遊ばせても俺の方ばかり気にするだろう。

 そんな状況で心から楽しめるはずがない。


『シャレにもならん』


 俺も一緒になって遊ばねばならんということだ。

 元日本人組も張り切っているし。


「いやー、ハルと海水浴に行くことになるなんて思わなかったわぁ」


「そうだね」


 やけに眩しい笑顔なマイカと些かシンミリした様子を見せるミズキ。

 ミズキの様子に不安をかき立てられたが──


「ちょっと夢みたい」


 この言葉で安堵した。

 何か問題あるのかとドキドキしてしまったのは内緒である。


「コラコラ、お通夜みたいな顔してんじゃないわよ。

 せっかく楽しみにしていたイベント当日なんだから楽しまないと損よ、損!」


「てへへ、ゴメン」


 マイカの前向きなツッコミにミズキが照れくさそうに笑う。


「そうだよね……

 今日は思いっ切り楽しまないと!」


 小さくガッツポーズをしてミズキは柔らかい笑みを見せた。


『これなら大丈夫か』


 俺は内心で溜め息をついた。

 今日は朝から気疲ればかりしてるな……

読んでくれてありがとう。

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