602 ランチタイムで何故それを選ぶのか
「解せぬ」
人魚組には好きなものを頼んでいいと言った。
これは? あれは? と聞かれるたびに説明した。
食品サンプルや写真もあるからビジュアル面でもギャップは少ないはずだ。
さぞかし色んなものを頼むのだろうと思ったのだが。
結果は人魚組全員がホットドッグと牛乳を選択。
気分は四つん這いのガックリ状態であった。
『いや、旨いよ。
旨いけどさ……』
「どう考えても、おやつだよな。
何故にジャンクフードをランチで食べるかね」
しかもソーセージだけの具なしのやつだ。
ケチャップとマスタードはお好みでどうぞというスタイル。
シンプルの極みと言えば聞こえはいいかもしれない。
しかしながら実際にはチープさが際立つ訳で……
人魚組が美味しそうに食べているのが悲しく見えてしまう。
『まるで俺が食べさせていないみたいじゃないかっ』
断じて否である。
だが、傍目にどう見えるかを考えるとね。
虐待とかDVなんていう物騒な単語が頭の中を飛び交ってしまう。
本人たちが選んだメニューのはずなのに。
「えー、うちは好きやけどな。
このチープさがええんやないの」
そんなことを言いながら13個目のホットドッグに手をつけるアニス。
『もしかして元凶は此奴か?』
そういや学食に来るなりホットドッグを連呼して騒いでいたな。
連呼した数だけ積み上がっているのを見たときは馬鹿じゃないのかと思ったものだ。
『フードファイトに参加するんじゃあるまいし』
ちなみに、うちの学食はスマホで注文するスタイルだ。
専用の注文アプリを開発したんだよね。
これは学食内で使用すると厨房に注文が通るようになっている。
学食外だと注文は保存されるだけで厨房には送信されない。
ちゃんと学食に行かないと注文が通らないようにしてあるのだ。
待機状態の注文は学食に入ると[注文しますか?]のメッセージと共に再表示される。
学食開設当初にはなかったシステムだ。
この注文アプリを導入したことで昼食時の混雑が何割か解消された。
細かくデータは取っていないが、目に見えて効果があったので間違いないだろう。
ただし、アニスのように大量注文する強者が出てくることまでは予測できなかったが。
「その意見には同意するわ」
呆れた目でホットドッグを頬張るアニスを見ているレイナである。
「せやろ」
視線に込められた意味など知らぬ存ぜぬと言わんばかりにホットドッグを咀嚼していく。
「アンタねえ……」
レイナが溜め息を漏らして頭を振った。
その動きがアニスの視界に入ったようだ。
「ん、なんや?」
ようやく気付いたように13個目を食べきりつつレイナの方を見る。
ジト目でアニスを見るレイナ。
いや、月影の他の面々もジト目モードだ。
「「「「「13個はさすがに食べ過ぎ!」」」」」
アニス以外の全員がハモって注意した。
「ええっ、そうなん!?」
真顔でそんなことを言ってのけるアニス。
「「「「「そうなのっ!」」」」」
「うち、普通に食べられたけど」
「バッカじゃないの」
レイナはキレ気味である。
「馬鹿って言う方が馬鹿なんやで」
「キィ────────ッ!」
レイナが完全にキレてしまった。
「落ち着きなさいよ」
そう言いながら羽交い締めにするリーシャ。
「離せええええぇぇぇぇぇぇぇっ!」
ジタバタと暴れて傍迷惑極まりない。
だが、体格とパワーではリーシャの方が上である。
しかも背後からの羽交い締めでは手も足も出ない。
強制退場処分となった。
「ホンマに気ィ短いやっちゃなぁ」
『キレさせた張本人が言うなよ』
「程々にしておくのだな」
今度はルーリアが注意した。
「大丈夫、大丈夫。
心配せんでも、まだ序の口やさかい」
『マジかっ!?』
13個もホットドッグを食べておいて、序の口とか冗談キツい。
フードファイターとしてやっていけるレベルじゃねえか。
「そういう問題ではないと思うがな」
「どの辺が?」
一応は話し掛けに応じているが、心ここにあらずなアニス。
14個目と15個目を両手に持って二刀流スタイルで食べようとしている。
『この期に及んで、同時食いか?』
呆れて二の句が継げない。
「客観的に見て食べ過ぎだ」
「せやから、それは……」
「レイナだって心配だから怒ったのだということを忘れてはいけない」
「ぐっ……」
ルーリアの言葉に声を詰まらせたかのように思えたアニスだが。
次の瞬間、ガツガツと両手のホットドッグを食べていく。
やけ食いしているのは明らかである。
その姿はフードファイターさながらであった。
「そんなん言われたかて、うち最近これにハマってるんや!」
ザ・魂の叫び。
そう言えるだけの気迫はあった。
あったが──
『なんだ、そりゃ……』
そう言いたくなるくらい、ホットドッグをガッツ食いしながらでは締まりがない。
「ハマってるかどうか以前の問題だと思うんだけどー」
珍しくダニエラがツッコミを入れている。
退場処分になったレイナの代わりなんだろうが似合わない。
それだけではなくて迫力不足と言わざるを得なかった。
『どっちかというと癒やし系だもんなぁ』
人間、外見というものは大事である。
そのせいもあってかアニスは返事もせずに2個のホットドッグを貪り食っていた。
「「そうだよ、食べ過ぎると太るよー」」
そこに追撃を入れるメリーとリリー。
彼女らも迫力には欠けるのだが込められた弾はなかなかに殺傷力が高かった。
食べると太る。
女子には効果覿面のワードである。
「ぐっ……」
さすがのアニスも急停止。
とは言っても、既に2個のホットドッグはすべて口の中だ。
リスが頬袋を膨らませたかのような状態だけれども。
狐耳なのにリスとはこれ如何に。
『そのままで止まってんじゃねえよ』
既に口の中に放り込んだものを元には戻せないだろうに。
だが、少なくともここから先は食わないだろう。
最期まで見届ける必要もないと判断して俺は他を見て回ることにした。
ちなみにノエルは全員でのツッコミに参加しただけだ。
後は静かに黙々とサンドイッチを食べるのみであった。
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月影の側で食べていたドワーフ組のメニューはカツ丼であった。
選択はまともなんだが……
「食い過ぎだ」
彼等の目前に積み上げられた丼を見れば、その言葉が真っ先に出てくる。
俺の言葉にピタリと止まるドワーフ組一同。
「まさかとは思うが」
そこで一端区切る。
「大食いの結果で晩酌を掛けたりしてないだろうな」
素知らぬ振りを押し通すガンフォールとハマー。
だが、老獪さにはほど遠いボルトは顔で「しまった!」と語っていた。
バレバレである。
「程々にしておけ」
少なくともコイツらにはディジェストは使ってやらん。
あと、アニスもな。
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元ゲールウエザー組はバラバラのものを食べていた。
『確かにバラバラなんだがな』
エリスがきつねうどん。
マリアが月見うどん。
クリスが天ぷらうどん。
アンネがかき揚げうどん。
ベリーがカレーうどん。
見事にうどんうどんうどんである。
『うどん県人かっ』
ツッコミを入れたかったのだけれど、グッと堪えて我慢した。
言っても通じないのが明白だったからだ。
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ツバキとカーラとハリーの弟子組。
こちらは対抗したわけでもないだろうに、そばそばそばであった。
以下略と言いたいところだ。
が、そば県なんてあっただろうか。
あるかもしれないが少なくとも聞いたことはない。
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レオーネとリオンの姉妹は幕の内弁当を食べていた。
食べているものについては特にコメントすることはない。
あえて言うならバランスのいいメニューか。
だが、そんなことより追及したくなることがあった。
「なんで端っこで寂しく食べてるんだよ」
「「えっと……」」
姉妹2人で返事に詰まっている。
「ダメとは言わんが、できれば皆と仲良くしようぜ」
「「はい……」」
恥ずかしそうにうつむき気味で返事をする姉妹であった。
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他にも古参組は銘々が好きなものを食べていた。
だからこそ人魚組のホットドッグ一択は際立つのである。
「なあ、なんでそれを選んだんだ?」
ヤエナミやナギノエに聞いてみた。
「アニスさんが美味しそうに食べていたからです」
「昨晩の屋台ではなかったメニューでしたから」
「そんだけ?」
「「はい」」
真顔で答えられてしまった。
嘘ではないだろうが、全員が一致するのは何なのだろう。
『まあ、いいか』
一応は謎も解けたんだし、よしとしよう。
決して追及するのが面倒になったからではないぞ。
読んでくれてありがとう。




