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600 密かに感じる成長と始まる学校案内

「視界いっぱいに拡がるなんて……」


「とにかく大きく見えるわ」


「大きくって凄いの」


「なにコレ、おっきー。

 なんでなんでぇー、面白ーい」


「大きいは正義だわっ」


『……………』


 どこもかしこも大きさを話題にするのは何故なのか。

 網膜投影のお陰で大画面に見えるってだけなんだが。

 リアルでずっと大きなもの見てきてるだろってツッコミ入れそうになったさ。

 城に役所に学校の建物、さんざん見てきたはずなのに。


『それで、これなのか』


 どんだけ大きいもの好きなんだ。

 というより、どこまでと言うべきか。

 俺にはまったく想像がつかない。

 謎である。


『ひょっとして人魚組は何でもスケールの大きいのが好みとか言わないよな』


 【諸法の理】で確認してみたけど、そういう種族的傾向はない。

 群れとしてならあるかもしれないが。

 そこまで確かめる気にはならなかった。

 必要に迫られている訳でもないしな。

 個人の趣味なんだし。


 できれば大きいものを目撃するたびに過剰な反応をするのは控えて欲しい。

 今もしばらくは静まりそうにないし。

 ここは待つしかあるまい。

 その間にどう案内するかを決めておこう。

 最初は行き当たりばったりでと思っていたんだが、時間が取れるなら話は別である。


「ん?」


 不意にクイクイと袖を引っ張られた。

 そちらを見ると──


「ああ、ノエルか」


 いつの間にか側に寄ってきていた婚約者さんにして桃髪天使ちゃんである。

 猫のように音もなく静かに接近していた。

 驚きよりも、してやられた感がハンパない。


『あちゃー』


 見事に懐に入り込まれてしまった訳だ。

 こういう油断しきった状況でも対応できるように日頃から訓練しているつもりだったが。

 完全に一本取られた。


 気配関係のスキル使用をオフにしていたからというのもあるけれど。

 まあ、言い訳である。


 どのみち俺が密かにやっていることだからな。

 ノエルは用があるから俺の側に来ただけ。

 俺と競い合うとか懐を取るとか、そんなことは微塵も考えちゃいないはずだ。

 勝手に負けを自己判定して勝手に悔しがっているだけである。


 もちろん表情に出すような真似はしていない。

 人前でそんなことをしていたら訝しがられるのがオチだ。


『下手すりゃ変態呼ばわりされそうだよな』


 それにしても悔しい。

 ノエルのように自然体で近づかれると気付きにくいとはいえな。

 気配を殺す訳ではないところが味噌である。

 薄くして周囲に同化する感じと言えばいいのか。


『下手に消そうとするより分かりづらいんだよな、これが』


 たとえ存在に気付かれても簡単には位置を把握されない効果がある。

 ノエルはこれが普通にできてしまうのだ。

 お陰で俺も密かに訓練する気になったのだけど。

 そして久々の敗北である。


 言い訳くさくなるが、今回はこの技に凄みが増したような気がする。

 今までなら気を抜いていても、ある程度の距離で気付いていたはずなのだ。

 以前のような隙がなくなったせいだろうか。


『そういや皆がレベルアップしたことを失念していたな』


 それが一番の原因ではありそうだ。

 もし、ノエルに声を掛けるなら「腕を上げたな」というところか。

 いきなりそんなことを言ってもノエルは訳が分かんないだろうけど。


 なんにせよノエルの成長が感じられる瞬間であった。

 そう考えると悔しい以上に嬉しくもある。

 思わずニヤついてしまいそうだが自重する。


『1人で勝手にニヤニヤしたらヤバすぎだもんな』


 ところで──


『どうなってるんだろうな』


 ノエルは俺を見上げるばかりで何も言わない。


「どうした、何か用事か?

 休憩が必要なら行ってきていいんだぞ」


 余人に聞かれぬようヒソヒソで耳打ちするが。

 ノエルは俺を見上げたままで静かに頭を振るだけだ。

 まったく喋らないのは何故だろうと思って、ふと気が付いた。


「別に視聴覚教室で喋っちゃいかんって訳じゃないんだぞ」


 ほんの少しだが目が見開かれた。


『うわっ、かなり驚いてる!』


「そうなの?」


 首を微かに傾げながら聞いてきた。

 いつもとは声のトーンが若干違うのは驚いている証拠だ。

 これは間違った知識を教え込まれたと見ていいだろう。


「そんなこと誰に教わったんだ」


「マイカちゃん」


 チラリと見ると、犯人はテヘペロしてやがった。


『コンニャロォ。

 微妙な嘘を教えやがって』


 ギルティ確定。

 有罪判決、今日はおやつ抜きの刑だ。

 それだと足りない気がするので、お休み前のチューもなしである。

 処刑宣告は後でメールすることにした。


 今そうしないのは、騒ぐのが目に見えているからだ。

 変に騒がれて案内に支障を来すのは本意ではない。

 とにかくマイカはお仕置きが決定した。


 残るはノエルである。

 被害者なので判決を下す必要はない。

 が、何か俺に用があったはずだから応対が必要だ。


「それで何かあるのか?」


「助手……」


 ボソリと呟く声が帰ってきた。

 以後は少し待ってみても何も言わない。

 単語だけで解釈しないといけないようだ。


「えーっと、助手がしたいってことでいいのか?」


 コクコクと頷かれた。

 その気になれば俺1人ですべてできるのだが。

 自己主張することが少ない桃髪天使ちゃんである。

 尊重しないという選択肢はない。


 こっちだって鼻息が荒くなろうってものだ。

 いや、荒くはしないけど。

 気合いが入ってモチベーションアップにつながったってとこだな。


『せっかく自発的に動いてくれるんだし』


「真っ先に手伝いを申し出てくれるとは偉いなぁ」


 褒めて撫でる。

 ナデナデナデナデナデナデナデナデ──

 撫でている掌が熱を持たない程度の圧力と速さだ。

 調子に乗ると撫でられるノエルの機嫌を損ねてしまうので16連ナデナデで終了。


『個人的には撫で成分が足りんのだが』


 贅沢は言えない。

 ノエルの様子はというと、少し俯き気味に顔を赤らめている。


 程々にしておいて正解だったか。

 それとも怒っているか。

 判断に迷うところだ。

表情の変化がほとんどないからな。


 見慣れた俺でさえ、どちらか分からん。

 するとノエルが顔を俯かせたままファイティングポーズのような構えを見せた。


『やべっ、怒らせたか』


 そう思った次の瞬間、俺の方を見上げてきた。


「おぅ、どした?」


 気圧されそうなほどの強い視線。

 いつもはやる気があるのかないのか判別しづらい目をしているのだが……


「頑張る」


 本人は気付いていないだろうが、鼻息が荒い。

 どうやらファイティングポーズではなくガッツポーズだったようだ。


「……そうか、頼むわ」


 あまりの意気込みに些か引いてしまったが、悪くはない。


『こういう変化もあまり見られない子だからな』


 むしろ、いつも以上に強い感情が見られて嬉しかった。


『俺も頑張らねーとな』


 気合いもチャージされるってもんだ。

 ただし、人魚組は相変わらず「大きい」で盛り上がっていたが……



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 更に待つこと数分。

 ようやく静かになった。

 ひととおり賑わった後は綺麗に静まりかえるので楽だけどね。

 待つだけで良かったから苦ではない。

 むしろ、その間にノエルと打ち合わせができたので丁度よかった。


「じゃあ学校施設の説明を始めるぞー」


 ノエルがすっと指先で手元のモニター映像に触れる。

 サムネイルの内のひとつだ。

 隣のモニターに拡大映像が表示される。

 人魚組の方にも、これが映し出されているはずだが。


「あっ、切り替わった」


 誰かが呟いた。

 上手く切り替わってくれたようだ。


「これは何処かしら?」


 そんな呟きも聞こえてきたのでノエルにハンドサインを送った。

 事前に取り決めておいたものだ。


 コクリと頷いてタッチパネルを操作するノエル。

 するとモニター映像が学園の見取り図に切り替わった。

 赤い光点がいくつか表示されている。

 その中で、ひとつが点滅していた。


「点滅の地点が映像の表示が切り替わった場所だ」


 人魚組の雰囲気が少し変わった。

 声には出さないものの感心しているのが見て取れる。

 その様子を目にして大丈夫と判断しノエルにハンドサインを送った。

 見取り図が部分表示に切り替わりつつ画面の隅に追いやられる。


「「「「「おおーっ」」」」」


 たったそれだけのことに人魚組がちょっとした驚きを見せていた。

 アニメーションで見取り図の表示が切り替わったことにビックリしたようだ。


『こういうのは新鮮だな』


 新入りが加わったときの楽しみのひとつである。


『おっと、こんなことに満足してちゃいかんのだよ』


 案内が疎かになるからな。


読んでくれてありがとう。

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