599 配布してみた
全員で視聴覚教室に移動した。
いくつかあるうちの最大級のものである。
通常の教室だと全員が入れないし、授業中の教室は多い。
国民たちも頑張っているけどレベル100に到達できていない者の方が多いからね。
ちなみに、この視聴覚教室はやたら広い。
空間魔法で拡張して千人単位で収容できるようにしてある。
え? そんなんじゃ後ろの席の人間はモニターが見られないって?
『心配御無用!』
スマホと連動して網膜投影するからプロジェクターなどは不要なのだ。
なに? それは視聴覚教室の意味があるのかだって?
HAHAHA! 気にしてはいけないね!
数十人規模で使う視聴覚教室はプロジェクター代わりの大型モニター完備ですぜ。
今は一番大きい視聴覚教室だろって?
『ハイ、オッシャルトオリデス』
操作側とごく一部しか確認できない大型モニターとか。
教室内に施された術式でマイクいらずとか。
広すぎて階段教室である意味が薄れるとか。
机が追加された階段講堂じゃないかとか。
視聴覚教室である必要性に疑問が湧いてしまうのは事実だ。
だけどね、そういうことは言ってはいけないのだよ。
『こういうのは雰囲気が大事なんだからさ』
一応は雰囲気だけじゃなくて意味はあるかな。
教室内のスマホに再生データを一斉送信する魔道具が設置されているから。
他の教室と違って窓際に闇魔法の術式がセットしてあって暗室への切り替えもすぐだ。
そんな訳で、ここは大視聴覚教室であることを主張したい。
とにかくタッチパネル式の魔道具を操作する。
学校内に配置した自動人形とリンク。
タッチパネルとは別のモニターが画面分割表示で映像を表示していく。
この画像を確認できるのは人魚組と向かい合っている俺サイドだけ。
『後はスマホを渡せば準備完了っと』
俺は倉庫からスマホをひとつ取り出して腕を伸ばしきって掲げた。
「見えるか?」
そうは言ったが、最後尾だと何を持っているかは確認できないだろう。
そこは幻影魔法を多重起動してしのぐ。
各個人に対応するのではなく大きめのモニターをいくつか用意する形だ。
デカい方が見栄えがするからな。
とはいえ、これはスマホを配布するまでの暫定措置である。
俺以外の人間だと魔力が足りても制御面で厳しいことだってあり得るからね。
たとえば先日になって教員アシスタントデビューしたブルース・ボウマン。
え? 教員アシスタントって何ぞやだって?
簡単に言えば仮免許で授業をする教師かな。
3桁レベルに達していればうちでは教員としての資格は得るんだけど。
だが、それは資格ありってだけだ。
どんな授業でもできるかと問われれば微妙なラインだろう。
そこで導入したのがレベル85以上の者をアシスタントにして勉強させる当制度。
現場で覚えさせるのが一番だからな。
路上教習ならぬ教育現場教習ってことだ。
その資格を先日、ブルースが得た。
『ついこの間レベル82になったばかりなんだがな』
急成長する要因が何かあったのだろう。
[ブルース・ボウマン/人間種・ヒューマン+/男/31才/レベル88]
急成長と言うには、うちでは小幅な成長かもしれないが。
『まあ、オッサンも頑張ってるのは間違いないよな』
む? そんなオッサンなど知らんだって?
名前だけじゃ誰か分からんか。
ブルースはバーグラーの騒動の時に拾った元戦闘奴隷の1人だ。
レオーネを補佐してたと言えば分かるだろうか。
サブリーダー的な立場だったオッサンなんだけど。
俺の中では某ゲームの潜入ミッションが得意な人にそっくり認定されている。
でも、両目はあるし義手でもない。
奴隷時代は左脚が義足だったけどね。
ラソル様があれこれやって脚は再生したけど。
あ、そのときに短足気味だったのが、そうではなくなったか。
特技は弓で【狙撃】スキルを持っている。
こんなものだろうか。
これ以上の情報を求められても、さすがに俺にも無理だ。
無い情報を開示することはできない。
とにかく教員デビューしたブルースではスマホなしで俺のような真似はできない。
これだけの人数が一度に集まる状況は些か考えにくいだろうけど。
あと、教員アシスタントをいきなりそんな状況に送り込むこともない。
それでも何があるか分からんからな。
『机にモニター表示できるようにするか』
まあ、今後の課題は時間のあるときに対処するとしよう。
今は学校の案内だ。
学校内にいるのに疑似体験的になってしまうのは微妙ではあるが。
人数が多いからしょうがない。
これだけの面子を引き連れて授業の見学とか無理だからな。
何組かに別れてとも考えたけど、すぐに却下した。
余計に時間がかかるのは間違いないからだ。
それに、ここでは全員の顔が楽に確認できる。
階段教室になっているお陰だ。
さっと見渡した限りでは食いつきは悪くない。
「これはスマートフォンという魔道具だ。
通称はスマホ。
これがひとつあれば色々できる」
色々と言われてもピンと来ないのか首を傾げる者もいる。
「たとえば電話機能。
離れた場所であっても互いにスマホを持っていれば話をすることができる」
「「「「「ええ─────っ!?」」」」」
具体例をひとつ出すだけで、こうも顕著に驚かれるとは思わなかった。
俺も驚かされたよ。
「似たような機能にメールがある。
これは直に相手と話すのではなく文字でやり取りするものだ」
幻影魔法の方でどういう代物かを軽く見せておく。
口頭での説明だけでは伝わりにくいからな。
「「「「「おお─────っ」」」」」
いちいち感心してくれる。
こういう初々しさは見ていて気持ちがいいね。
まあ、それに見とれていては先に進まなくなってしまう。
俺は次々とスマホでできることを見せていった。
簡単に説明したつもりだったんだが。
「「「「「……………」」」」」
一通り説明が終わると人魚組一同は口を開きっぱなしになっていた。
絵に描いたようなポカーンとした表情である。
多機能すぎて呆気にとられてしまったようだ。
極めつけは網膜投影を利用したシステムだろう。
これは地球製のスマホでは不可能なことだ。
そんなことまでは説明していないが、想像の埒外であることは間違いなかったようだ。
それ以前に普通のスマホの機能だけでも充分に目を丸くしていたけどね。
「そういう訳でスマートフォンをこれから全員に配布する」
「「「「「ええ────────っ!?」」」」」
何故か驚愕されるという反応がかえってきた。
自分たちがこれを貰えるとは思っていなかったようだ。
『なんでだよ』
思わず内心でツッコミを入れてしまったさ。
何のために説明したと思っているのだろう。
『自慢するためじゃないんですがね』
こういう場合はキャーキャー騒ぐんじゃないのか?
俺も訳が分からなくて些か混乱してしまった。
『まあ、いいや』
気にしてもしょうがないのでスルーした。
とにかく配布だ。
人魚組が席に着いている机をロックオン。
人数分のスマホはこの場に来るまでにコピーの連続で用意した。
その気になれば【多重思考】を使って人数分の俺で対処すればすぐだったがね。
まあ錬成魔法の多重制御訓練のつもりでやったので意味はある。
出来上がっているということは装填完了ということだ。
倉庫から同時に引き出した。
ロックオンした場所に出せば配布終了である。
ちょっとしたざわめきが起こったが、思ったほど騒がしくならなかった。
人魚組も少しは慣れてきたようだ。
「行き渡ったなー」
「「「「「はいっ」」」」」
返事は相変わらず元気だ。
机の上に現れたスマホには触れるのを躊躇うような様子を見せている者が多かったが。
「じゃあ、一旦ポーチに仕舞ってくれるか」
「「「「「ええーっ!?」」」」」
そりゃ配布してすぐに仕舞えと言われれば戸惑いもするよな。
しかも視聴覚教室で必須のアイテムだと説明した状態でだから尚更だ。
「説明は後だ。
まずは仕舞ってくれ」
有無を言わせぬ俺の発言に視聴覚教室内がざわめく。
それでも人魚組は従ってくれた。
『ありがたいことだ』
俺も彼女らの信頼に応えられるように頑張らないといけない。
具体的に何をすればいいのか思い浮かばないが、今は学校の案内に集中しよう。
視聴覚教室内に居ながらにして校内を案内する。
各所に黒猫型自動人形を配置したからできる芸当だ。
一部は上空から俯瞰する円盤型だが。
自動人形の映像をつなげる。
とたんに彼方此方から「きゃー」だの「うわっ」だの悲鳴が聞こえてくる。
自動人形からの映像が網膜投影された証拠だ。
彼女らに配布したスマホには初期登録と動作用の術式を仕込んでおいたからな。
まず触れた者を所有者として認識し登録。
続いて登録反映のための再起動が行われる。
ここまで画面表示は行われていない。
下手に表示させると興味を持たれて適当に触る者が出るかもしれないし。
術式実行中は反応しないようにしておいたが、何事も抜け道はあるのでね。
「驚かせたか、スマン」
ひとこと謝ってから説明に入る。
「いま見えているのはスマホが映し出している映像だ」
「「「「「おお─────っ」」」」」
どよめく人魚組の一同。
『そうだろう、そうだろう、驚くだろう。
収納した状態での網膜投影なんて、うちの国でしか使われてないからな』
ちょっと鼻高々である。
「おっきーっ!」
『なんだ、網膜投影に驚いたんじゃないのか』
ちょっとガッカリ。
「凄いね、幻影魔法を見ているみたい」
『お、やっぱり分かってくれる人はいたか』
「これだけ大きく見えるようにできるなんて凄い魔道具ね」
ガックリ……
期待した私が馬鹿でした。
『いや、まあ驚いてはくれてるんだけど』
期待とは違ったことでションボリするのは贅沢というものか。
読んでくれてありがとう。




