580 ポンコツさんだった
『これくらいが限度かな』
敵対的な対応をされても困るので適当な所で立ち止まった。
『たぶん大丈夫だとは思うがな』
念のためということだ。
残り距離は十メートル程度だろうか。
さすがにもう向こうにも俺の姿は見えている。
結界で光を外部に漏らさぬようにしているから光量は充分だし。
こちらは最初から表情も含めて確認できる状態だったがね。
相手の見た目は病的にやつれた感じだったよ。
『おいおい、大丈夫かよ』
慢性的な魔力の使いすぎが明らかに見て取れた。
それでも美貌は損なわれていないのは凄いと思った。
『人魚の美女、か』
俺の第一印象である。
隠れ里から出てきたんだしドルフィーネであるのは当然として。
彼女は腰まで伸ばした藍色の髪が特徴的な美女だった。
どことなく面立ちがヤエナミに似ているが……
『姉妹という感じもしないよな』
よく似た他人といったところか。
『恐らく年上だな』
彼女の方が大人っぽくはある。
見た目通りの年齢ではないだろう。
『妖精だから当然か』
ちなみに拡張現実の表示はオフにしている。
【鑑定】スキルもまだ使ってはいない。
頼りすぎると観察眼などが鍛えられないので、しばらく使わないことにしている。
答え合わせは後でするとして格のようなものは雰囲気として感じていた。
年上と判断した理由はそのあたり。
若く見えるが、相手は妖精である。
見てくれだけでは決して判断できない。
そこから分かるのは子供ではないということだけだ。
だが、俺はその所作から相応の地位にいる者だと判断した。
その割には護衛や世話役などの面子がいない。
なにか違和感がある。
『はて、何だろうな?』
そのドルフィーネは強張った表情をしていた。
『俺が誰なのか理解していそうだな』
だからこそ失敗したかとも思う。
【ポーカーフェイス】スキルで誤魔化したけどね。
『いかんなぁ、怯えさせてしまったか?』
そう思う一方で──
『目が違うか。
少なくとも引く気はなさそうだ』
女は覚悟を決めた人間の目をしていた。
『さて、どうしたものか』
次の対応を間違えると面倒なことになりそうだ。
それだけに躊躇するものがある。
とはいえ、何もしない訳にはいかないだろう。
『少なくとも俺から声を掛けた方が無難だろうな』
まずは無難に挨拶からかと思ったその時。
「こんばんは」
意外なことに相手の方から声を掛けてきた。
「ああ、こんばんは」
「ミズホ国の王様でいらっしゃいますね」
「そうだ。
分かるか?」
「私は【鑑定】スキルを持っています。
ですが、それで分かるはずのものが何も見えません」
「そうかい」
それを根拠に判断したか。
だとしたら弱い。
うちの面子を見ても結果は同じだろうしな。
が、あえてツッコミは入れない。
『話がややこしくなりそうだしなぁ』
「俺の名はハルト・ヒガ。
ヤエナミから聞いただろうがミズホ国の王だ。
西方じゃ一部で賢者と言われたりもするがな」
「これは名乗りもせずに失礼いたしました。
我が名はナギノエ。
この地に逃げてきたドルフィーネの長を務めてきた者でございます」
言われなくても、そういう雰囲気は感じていたさ。
若く見えるのに齢を重ねた者の重みがあるのだ。
貫禄というのとは違う何かを。
これは慈愛の深さだろうか。
いまひとつ言葉では説明できない。
とにかく一般人ではないことだけは分かる。
まあ、そう思うのだから仕方がない。
『それにしては付き従う者たちがいないのは気になるがな』
俺の場合は例外だから除外してくれ。
普通は重要な地位にいる者が単独行動など考えられない。
『いや……』
それだけじゃない。
何とも言いがたい嫌なものを感じる。
俺を騙そうだとか仇をなそうというのではなさそうだが。
腹に一物なんてものはないと言える。
『ただの勘だけどな』
引っ掛かるんだよ。
ナギノエの目は決意を抱いた者のそれだから。
つまらん小細工や姑息なことをしようとしている人間の目じゃない。
仮にこの場で死を選んだとしても俺は驚かない。
『死を選んだとしても、か』
そう考えて、ふと思い至ったことがあった。
きっと違和感の理由はそれだ。
外敵が排除されたことはヤエナミから聞かされたはずだ。
なのにドルフィーネの長が単独で動く。
死を覚悟すらしている雰囲気を纏って。
『どう考えてもおかしいだろ。
死ぬ必要が何処にある?』
助かった人間の考えることじゃない。
俺のことが信用できないのであれば引きこもればいいだけだ。
おそらく隠れ里から出ないという意見が大多数を占めたのだろう。
『そこは、しょうがねえわ』
ヤエナミが馬鹿正直に喋っただろうからな。
話半分で聞いても恐れを抱くなと言う方が無理というもの。
大陸でのデモンストレーションだけでもヤバいと思うはずだ。
それどころか自分たちは逃げ惑うしかなかった軍勢相手に少数で無双。
一番の極めつきは魔神の完封である。
俺たちの前に出てくるためには、どれほど勇気を振り絞らねばならないか。
せっかく脅威は去ったというのに怖い思いはしたくないはず。
それが普通ではないだろうか。
どれだけヤエナミが説得しようと変わるまい。
それならそれで、ヤエナミを使いに出せばいいだけのことだろう。
説得できなかったと報告してくれりゃ済む話である。
『それをしない、させないか』
理由はともかく何をしようとしているのかは見当がついてきた。
「一番の責任者ってことでいいんだよな」
「はい」
「じゃあ、お互い腹を割って話をしようじゃないか」
ナギノエは返事ができなかった。
『凄んだつもりはないんだがな』
何か感じるものがあったようだ。
『まあ、いいさ』
構わず話を続ける。
いきなり直球の真っ向勝負を挑むことにした。
向こうが勝手に気圧されているなら引く必要はない。
むしろ引くのは愚策だろう。
「なぜ死に急ぐ」
返事はない。
が、ナギノエの体が強張るのは分かった。
肯定したも同然である。
「自分の命と引き替えに隠れ里へ侵入できないよう封印をかけるつもりなんだろ」
確証などない。
だから鎌をかけた。
「っ!?」
驚愕に表情を塗り固めるナギノエ。
分かり易すぎる。
『そこはもう少しポーカーフェイスで誤魔化すとかさ……』
やりようがあったのではないだろうか。
『俺としちゃ助かるんだが』
「分からねえと思うか?
必死すぎるんだよ。
命をかけてますって顔に書いてある」
ハッとした顔になってナギノエがうつむいてしまう。
『おいおい、アンタ長でしょうが』
素直すぎて怖くなってくる。
「申し訳、ありません……」
絞り出すような声でナギノエが謝罪を口にする。
「別に謝らなくてもいいさ。
喧嘩を売られた訳でもないしな」
「ですが、何の説明もなく──」
最後までは言わせない。
「俺は別に失礼無礼とは思っちゃいねえよ」
その言葉が意外だったのだろう。
ナギノエは驚きに目を見開いて顔を上げた。
「長なんだろ。
もっとドーンと構えろよ」
苦しげな表情をして再びうつむいてしまうナギノエ。
「私に長の資格はありません。
多くの同胞を死なせてしまいました。
人魚の長の肝を食べれば不死となるなどという下らない噂のせいで」
『あー、そういうことか』
そう言えば、その話があった。
今まで思い出せなかったのが不思議なくらいである。
「それで封印かけるついでに死んで仲間が狙われないようにしようって考えたのか」
「はい」
「そりゃ勘違いもいいとこだな」
「っ!?」
ナギノエの顔が跳ね上がる。
その顔には何故なのかと疑問が浮かび上がっていた。
『気付いてないのかよ……』
ナギノエのポンコツ振りにガックリである。
「身内は長が死んだと分かるだろう。
じゃあ部外者はどうなんだ」
「あ……」
『あ、じゃないって』
「仮に長が死んだと周囲に知れ渡ったとしようか。
それでも人魚が狙われ続けるだろうよ」
「何故ですかっ!?」
「噂から長の部分が消えるからだよ。
人魚の肝を食べれば不死となるってな。
噂なんて無責任極まりないから都合良く変えられていくさ」
「ああ、なんてことでしょう」
ナギノエはとうとう両手で顔を覆って泣き始めてしまった。
『勘弁してくれー』
女の子に泣かれるのはダメなんだよ。
逃げ出したくなってしまう。
もちろん逃げられないのは分かっている。
だからこそ勘弁してほしいのだ。
簡単に泣き止むとも思えないし。
『どうすりゃいいんだぁ』
読んでくれてありがとう。




