579 ようやく出てくる?
異変の始まりは不自然な魔力の揺らぎであった。
隠れ里の出入り口に相当する場所で発生。
『なんだ?』
【天眼・遠見】スキルで注意深く観察してみるが、大きな変化はない。
『外に出ようとしているみたいだな』
それにしては奇妙な感じがする。
ヤエナミが入るときは実にスムーズだった。
見事なものだと密かに感心していたくらいだ。
『出るときだけ出づらくしてるのか?』
どうしても、そんな風に見えてしまうのだ。
『普通は逆だろう』
状況によっては脱出しなければならないこともあるはず。
にもかかわらず外に出づらくするなど理に適わぬ話だ。
むしろ入りづらくして外敵に対処していなければおかしい。
俺の見間違いなのかと何度も繰り返し確認するが、見落としているようには思えない。
俺が観察した限りでは厳重に閉じようとしながらも隙間から出ようとしている者がいる。
無理に出ようとして止められている感じではない。
そんな力技を使おうとしているせいで出てくるのに時間がかかっていた。
「ちょっと行ってくるわ」
俺は皆に声を掛けて立ち上がる。
みんなも立ち上がろうとしたが。
「俺1人で行く」
手で制しながら言うと、立たずに俺を見上げてきた。
ベッタリだったマリカも「待て」もしくは「ステイ」の状態だ。
特に理由は聞いてこない。
尻尾が脱力した感じで微妙にユラユラしているけどな。
内心では連れて行って欲しいのだろう。
『これで付いて来るように言えば尻尾はバタバタの全力運転だな』
その前に飛びついてくる可能性があるけど。
「トラブル?」
首を傾げながらノエルが聞いてくる。
「まだ何とも言えないな」
「誰かが出てきたんでしょうかー」
ノエルと同じように首を傾げるダニエラ。
それだけで胸のものが、ゆさっと揺れるのは反則だと思う。
自分の奥さんであるという自覚はあるんだがね。
何というか、視覚の暴力と誘惑を同時に体現しているというか。
今は煩悩を退避させておかねばならない時だ。
「誰か隠れ里から出ようとしてるんだよな。
それが変な方法だから様子を見てくる。
デリケートな問題を孕んでいるかもしれないから皆で行かない方がいいだろう」
「主よ、戦うことになる訳ではないのじゃな」
確認するように問うてきたのはシヅカだ。
なんだかんだ言って心配性な姐さん女房である。
「それはないだろうな」
仮にそうなったとしても、そんじょそこらの輩にやられるほど柔ではない。
「ならば待つとしよう。
何かあったら遠慮なく呼ぶのじゃぞ」
「おお、そうする」
「ハルト様、お気をつけて」
「お気をつけて」
レオーネとリオンの姉妹が歓送の言葉をくれた。
ガンフォールとハリーは共に無言。
静かに頷くのみである。
『まあ、信用されてるってことか』
「くうくぅー」
いってらーとか短縮語で送り出そうとしているローズ。
『ローズだけは付いて来るって言うかと思ったんだがな』
予想は外れてしまった。
が、その気になれば転送魔法で呼び寄せられる。
『そのあたりを見越して残るのか』
誰かが隠れ里から出ようとしている状況をローズも把握しているのかもしれない。
聞いて確かめることまではしないけど。
俺は居間を出て玄関へ向かう。
そのまま海中へ転送魔法を使わないのは靴を履くためだ。
理力魔法で覆うんだったら不要だろと言われそうだが。
まあ、気分の問題だ。
玄関で靴を履き外に出る。
既に周囲は夜闇に包まれている。
『結構、待ってたんだなぁ』
割とどうでもいいことを考えていた。
『まあ、腹が減ったら飯は食ってたし』
皆でそれなりに遊んでいたから時間がたつのも早かったようだ。
それを思えば、ようやくドルフィーネたちに反応があったと言うべきか。
『どっちかというと早い方かもな』
場合によっては何日かかかると見ていたし。
日付が変わりそうな場合はヤエナミに念話で連絡を入れて一旦帰ったけどね。
向こうから連絡したいときは自動人形に伝えればいいし。
特に不自由はないはずだ。
「帰らなくて正解だったけどな」
そんなことを呟きながら小島の縁の部分まで歩いて進む。
明かりに乏しい夜の海だが、気にしない。
俺には昼間と変わりない状態で周囲が見えるからな。
縁のギリギリに立った俺は下を見た。
「よし、ちゃんと調整完了しているな」
ジワジワと海抜が下がるようにしていたが、さすがに何時間も待った後だとね。
とっくに終わっている。
今の海抜は数メートルというところだ。
『最初は断崖絶壁状態だったからなぁ』
お陰でリオンの何気ない一言で無駄にダメージをくらったさ。
「……………」
思い出すと地味にジワジワきそうだ。
ここはスルーしてさっさと隠れ里の様子を見に行くのが吉である。
そこで、ふと思いついたことがあった。
「んー」
多少迷ったが、やってみることにした。
地魔法で小島のヘリを階段状に変形させていく。
最初の段に足をのせる。
数段下りてみた。
そこで階段が止まっている訳ではなく、具合を確かめただけだ。
『1段の幅と高さはこんなものか』
確認が終わると、足を乗せている段を斜め下に送り出させた。
「エスカレーターでございっと」
魔道具化した訳ではない。
魔力と制御力にものを言わせた地魔法による力技だ。
『螺旋状のエスカレーターなんて見たことないけどな』
すぐに海中へと突入し、柱状の小島の外周部をドンドン下っていく。
エスカレーターにしては速過ぎるスピードである。
さすがにジェットコースターのようにはしなかったが。
「おほー、こりゃ楽しいや」
それでも海底に到着するまで爽快感があった。
パノラマでありながら車窓感覚というか。
なに? 訳が分からんだと。
オープンカーに乗れば近い感じが味わえると言っておこう。
微妙に違うがな。
なんにせよ面白い。
こんなことなら海底までは皆と一緒に来れば良かったかもしれない。
まあ、今更だ。
気を取り直して隠れ里の方へ向かう。
ちょうど誰かが出てくるところであった。
『1人のようだな』
揺らぎの中心からジワッと抜け出てきたドルフィーネ。
すぐに魔力の揺らぎに向かって両手を突き出すと魔力を放っていた。
それに呼応するように揺らぎが消えていく。
俺にはそれが鍵を施錠しているように見えた。
『さて、どうしたものか』
とはいえ声を掛ける選択しかないだろう。
問題は相手をビビらせずに、それができるかだ。
『暗闇のままというのはマズいよな』
まずはそちらの問題を解決することにした。
『こんなことなら下ってるときに明かりを用意しておくんだったな』
つくづく俺はアホである。
この場合は気が利かないと言うべきか。
まあ、どっちでもいい。
とにかく俺は光魔法を使った。
ちょっと久々かもしれないマルチライトである。
『そんなに前でもないんだが』
基本的にダンジョンに潜りでもしない限りは必要になることが少ない魔法だからな。
夜間も使うような状況になったことがほとんどない。
屋外で使ったことなんて数えるほどしかないはず。
『俺が真っ先に思い出すのなんて妖精組に初めて御馳走したときだもんな』
色々と派手なことをしている割には自分も健全な生活をしているのかもしれない。
「……………」
『馬鹿なことを考えている場合じゃないな』
マルチライトを使うにあたり細心の注意を払う。
大雑把にパッと明るくさせたりはしない。
『それやると必要以上に相手の警戒心を呼び起こしかねないし』
そういう訳で最初は行灯をイメージして淡く光らせる。
「っ!?」
それでも向こうは過敏に反応したようだ。
彼女は凄い勢いで振り返った。
これだけで向こうがヤエナミでないのが分かる。
『ヤエナミなら振り返る反応ができたか怪しいところだもんな』
まあ、それ以前に最初から外見で違うと分かっていたのだが。
『今まで気付いてなかったのか』
ちょっと脱力。
『不用心すぎるだろ』
気配はダダ漏れになるようにしてたんだがな。
『それだけ目の前のことに一杯一杯だったか』
あるいは感知能力が低いのか。
なんにせよ俺は彼我の中間あたりの位置にマルチライトを持って行く。
それに合わせて光量調節もした。
薄暗すぎるままだと相手が判断しかねるようだし。
同時に光が遠くに届かぬように周辺領域を結界で覆う。
『これくらいで人影が見えるくらいか』
推測されるドルフィーネの視力に合わせてギリギリの明るさになるようにした。
そのお陰なのだろう。
向こうが息をのむのが分かった。
だが、それだけだ。
他には何のリアクションもない。
埒が明かないので接近を試みる。
ただし徒歩でだ。
2歩近づくごとにマルチライトを1歩分前に進めるのも忘れない。
互いの距離が縮まってくると相手の緊張感が高まっていくのが分かった。
殺気が高まったり呼吸が乱れるなどの派手な変化ではなかったが。
もちろん、俺は威圧的なことは何もしていない。
いつものようにぼやっとした表情でゆっくりと歩くだけである。
それでも向こうには血圧が上がるようなプレッシャーになっているようだ。
『あまり刺激しすぎてもマズいか』
近づきすぎないように注意する必要がありそうだ。
読んでくれてありがとう。




