576 隠れたままだったりする
ヤエナミとドルフィーネの隠れ里に向かうことにした。
全員で行くと威圧しかねないとの指摘を受けて人数を絞ったのだが。
そうなると出迎え組以外は暇になる。
ということで一旦、全員で戻った。
ただし、オオトリではなくミズホシティに。
ドルフィーネたちをオオトリに招こうかとも思っていたんだけどね。
『予定は未定。
そして変更するためにあるのだよ』
まあ、それは冗談なのだが。
『どうせなら落ち着いてから遊ぶのがいいよな』
というのが主な理由だ。
ドルフィーネたちを慌ただしく連れて来ても最初はバタバタするだけだからな。
ちょっとうちの文化や生活に慣れてもらってから遊ぶのが吉だと判断した。
『あと、ベリルママのクールダウンも必要だろうし』
俺が招待すれば何を置いても飛んで来そうだけど。
それだけに今すぐ呼んでも楽しめないんじゃないかと思うのだ。
どこかの誰かさんをお仕置きしている最中だろうし。
少なくとも一区切りはつけてからの方がいい。
そのあたりの判断は本人にしてもらった方がいいかもだけど。
『海水浴、楽しみにしてたもんな』
という訳でエヴェさんにメッセンジャーを頼むことにした。
ワンクッションが必要と判断したからだ。
『メールとか電話だと、今すぐ飛んで来かねないんだよな』
そういった事情も含めて説明し──
「という訳でよろしくお願いします」
俺はエヴェさんに一礼した。
陽気な亜神ではあるが礼儀は必要だもんな。
親しき仲にも礼儀あり、だ。
礼を尽くしたいと思えない亜神もいたりするけれど。
「任しておくんなはれ!」
拳でドンと胸を叩いてエヴェさんは快諾してくれた。
そして挨拶もそこそこに転送魔法で帰っていく。
一応は皆でそろって見送ったけどさ。
「ほな、さいなら」
メタルサーバントから全員が降りてフェリーもどきに集合したら、即だよ。
フットワークが軽いなんてもんじゃないよね。
『つーか、海水浴の時は一緒にどうぞって言えなかったじゃねえか』
さっさと誘わなかった俺のミスではあるんだが。
連絡先も貰ってない。
『しゃーない。
後でルディア様にメールしておくか』
「あー、慌ただしい人だよ」
お仕置きを受けている約1名よりはマシなんだろうけど。
思わず溜め息が漏れてしまう。
そしたら「ハッハッハ」と笑われてしまった。
トモさんである。
「ハルさんらしいね。
亜神様を人あつかいか」
「基本、俺は相手を人として考えるから。
その方が面倒がなくていいだろ」
特にうちの国の場合は人間種だけが国民じゃないからな。
神様やその眷属がホイホイ来るし。
西方でこんな国はないからね。
「あと、亜神様って言うと怒られる」
「しょうなのぉ?」
ここで荻久保清太郎さんの物真似を挟んできますか。
「名前以外で様をつけるとクレームがつくんだよ」
妖精組からの報告で判明したことだ。
「神様として半人前だからダメなんだってさ。
名前に様をつけるのは人間でもやってることだからセーフらしいけど」
「そいつは知らなかったYO」
『今度は誰の真似だ?』
声の質は変えてないから物真似じゃないかもだが。
『向こうの世界で流行ってるのかね』
まあ、どうでもいい。
動画とかで確認するのも面倒だし。
「すまない。
俺の連絡ミスだ」
とにかく伝達を忘れていたことを詫びておく。
「気にしてないYO」
『それは分かったから』
スルーして皆に呼びかける。
「それじゃあ、俺たちも帰るよー」
「「「「「はーい」」」」」
妖精組の元気な返事が真っ先にきた。
全員の息がピッタリである。
『日頃、無駄に訓練しているだけはあるんだよな』
もちろん妖精組だけではない。
バラバラまちまちで他の皆も返事してきた。
そんな訳でフェリーもどきを回収しつつ転送魔法で帰還したのである。
『ミズホシティに残っている国民たちもフェリーは見たことないからなぁ』
パニックは起こさないまでも騒ぎにはなりそうだし。
せっかくメタルサーバントを回収した意味がなくなってしまう。
『どっちも騒動の元だよな。
沖合に出没した巨大物体の方がマシそうってだけだわ。
王都の側に現れた巨人たちの方がヤバそうではあるか』
後者の方がパニックを引き起こしかねないとは思う。
そうなったら一部が暴走しかねない。
ブルースとかの元戦闘奴隷組がね。
『あいつらも頑張ってるからなぁ』
そのせいで状況を碌に確認もせず動くこともないとは言えないのだ。
空回りなどされては堪ったものではない。
という訳で身軽な状態になって城の敷地内に直接戻ってきた。
「さっそく行ってくるから、皆は好きにするように」
とだけ言い残して再び転送魔法。
返事も聞かずに跳んで来た。
実に慌ただしい。
『俺も人のことは言えないな』
苦笑を禁じ得ない。
それはともかく、現在地はドルフィーネの隠れ里から少し離れた洋上である。
ヤエナミにそのことを説明して海に入っていく。
呼吸や浮力の調整、濡れないようすることについては各自が魔法で対応だ。
みんなミズホシティで漁の仕事をしているから手慣れたものである。
あと忘れがちなのが水中での会話をするための魔法である。
ドルフィーネは自然習得しているようだが、こちらは練習あるのみだったよ。
俺じゃなくて皆がね。
この魔法を習得してから水中での連携もスムーズになった。
漁以外で使う機会がなかったけどね。
まさかこんな日が来ようとは思わなかったさ。
「という訳で、ヤエナミだけで行ってきて」
こんな具合に淀みなく聞こえる。
もちろん地上と違って聞こえ方は違うけどね。
喋ると空気の泡がボコボコ出るなんてこともない。
でないと会話が成り立たなくなってしまうからね。
そこは魔法で制御する範疇である。
「行ってきてと言われましても……」
困惑の表情を浮かべるヤエナミ。
「あー、隠れ里が分かんねえのか」
「申し訳ありません」
「しょうがないさ。
むこうが本気で隠れているんだから。
ヤエナミが謝ることはないよ」
『そうは言ったものの、どうしたものか』
偽装を強引に引っ剥がす訳にも行かない。
そんなことをしたら信用してもらえなくなる。
それ以前にパニックになりそうだ。
収拾がつかなくなる恐れが大いにある。
『無理矢理、侵入するのも同じだし』
そうなると向こうに出てきてもらうしかない。
たとえ時間が掛かったとしてもね。
「とりあえずヤエナミ1人で行ってきな。
自動人形を先導させるからついて行けばいい」
「えっ」
ヤエナミが目を丸くして俺を見る。
「俺が一緒に行ってどうにかすると思ったか?」
「えーっと……」
何か言いづらそうにしている。
「俺らが一緒に行ってもお仲間は出てきてくれないだろうよ」
「じゃろうな」
「警戒される」
俺の言葉にガンフォールが同意し、ノエルが理由を述べる。
「申し訳ありません」
ションボリした様子でヤエナミが謝ってきた。
思わず皆で苦笑してしまう。
「誰も悪くはないさ。
戦いが苦手なら用心深くなるのは当然だ」
「……………」
返事はない。
俺の言葉が理解できない訳ではないだろう。
納得できない風でもない。
「怖いか?」
たぶん理由はこれだ。
1人では心細いのだろう。
「は、はい」
『やっぱりそうか』
「大丈夫ですよー」
「ん、危険は何もない」
ダニエラとノエルがフォローする。
だが、ヤエナミの反応は鈍い。
『漠然と不安を感じているだけだろうからなぁ』
こればかりはどうしようもない。
筋金入りのビビりだし。
『よく囮が務まったな』
ついついそんなことを考えてしまうくらいに。
「自動人形が一緒だから心配は無用だ。
何かあっても俺なら一瞬で駆けつけられる」
「……はい」
どうにか納得してくれたようだ。
そんなこんなでヤエナミを隠れ里へ向かわせる。
魚に変形させた自動人形に先導されてヤエナミが俺たちから離れていく。
時折振り返りながら。
「しょうがないんだろうな、アレは」
苦笑しながら皆の方を見た。
「ん、頭で理解しても感情は納得しきれていない」
「ですねー」
ノエルとダニエラが真っ先に同意していた。
ヤエナミの気持ちが分かるようだ。
命を狙われながら追われる立場を経験したからだろう。
無言ではあるが、ハリーも頷いている。
ギリギリの環境で生きてきたからな。
共感できるのはむしろ自然なことのようだ。
レオーネとリオンもハリー同様に頷いている。
弱者という立場を嫌と言うほど理解しているだろうからな。
残りの面子も否定するつもりはないようだ。
こういうときに甘えるなと言いそうなガンフォールも理解を示す。
「非戦闘員じゃからな」
厳しいだけではないようだ。
そうこうするうちにヤエナミが無事に辿り着いた。
「さて、出てきてくれよ」
こればかりは相手しだいだからな。
読んでくれてありがとう。




