487 ジジイの戦い
「うおぉぉぉりゃああぁぁぁっ!」
『うるさい!』
突進してパンチを入れるだけのために、こうまで絶叫するとか勘弁してほしい。
叫びながらの動作はパフォーマンスを上昇させるそうだから完全否定はしないが。
それにしたって煩すぎだ。
こうまでしても拳は風壁を展開した髭爺には届かない。
殴りつけるたびに風壁の防御力は落ちるので無駄ではないのだが。
ただ、その状態をゴードンは確認できていない。
空気の流れが見えるなら、それも容易いことなのだろう。
『普通は見えねえよなぁ』
故にゴードンは歯噛みしながら飛び退る。
その行動が暴風のブラドに余裕を与えていることに気付かずに。
髭爺はその時間を利用して風壁を展開し直しているからな。
「ああー、勿体ないなぁ」
そう言ったのはマイカだ。
「そうだね、連打を入れれば突破できるのに」
ミズキが相槌を打つ。
が、そこにトモさんが疑問を呈した。
「どうだろう?
あの魔法使いの爺さん、意外としたたかだぞ。
三味線を弾いているようなところがあると思うんだが」
「んー、そだね。
筋肉ジジイを上手くいなしてるし。
もしかしたら隠し球くらいは用意してるかな。
最初はアホなジジイだと思ったけどさ」
マイカがそう言うと皆がうんうんと頷いた。
皆の表情から察するに隠し球の部分じゃなく最後の言葉に同意したのがわかる。
感心するより呆れた感じだもんね。
もちろん俺も同意する。
「ふぬぁあああぁぁぁっ!」
再びダッシュ&フックを敢行するゴードン。
「甘いわ!
この脳筋ジジイ」
『いや、アンタもジジイだろ』
髭爺に対して内心でついついツッコミを入れてしまう。
別に俺は関西人ではないんだがな。
「何度も同じ受けをすると思うたか!」
そう言いながら、髭爺は巻き込むようなパンチを風壁をコントロールして受け流す。
拳を流された直後には隙ができる。
これが逆の立場であったならゴードンは気合いの乗ったパンチを放っていただろう。
それこそ絶叫付きで。
が、髭爺はそんな真似はしない。
実に静かなものだ。
小さく呪文名を呟いていたりするが常人には聞き取れないだろう。
この魔法も特製ワンドから発射しているようだな。
ガラ空きの腹部にすかさずエアスマッシュが撃ち出された。
さして大きくはない。
せいぜいが野球のボール程度だろう。
「パァーン!」
割と派手な音がする。
室内でプロの選手が投球したボールを捕球したときのような音だ。
『なるほど。
小さくすることで確実に当てに行ったか』
ワンドに溜め込んだ魔法とはいえ、発動までにはタイムラグがある。
威力や規模の大きな魔法ほどラグは多い。
ここで決着をつけるようなダメージを狙うなら特大のを見舞おうとするだろう。
だが、ゴードンも素人ではない。
空振りで去なされれば反撃されるくらいは百も承知である。
長年の経験により体が自然と反応するのだ。
すなわち隙を見せている時間は短い。
大技が発動するまでに対処しようとするだろう。
だから、ここでの正解はゴードンが硬直している間に攻撃を叩き込むこと。
小さいエアスマッシュでタイムラグを少なくする。
回避されてしまっては元も子もなくなるから間違った選択ではない。
1発でダウンは奪えなくても当て続ければダメージとして蓄積していく。
もちろん威力が弱すぎては、ただ当てただけになってしまうがね。
『それくらいは髭爺も分かってるだろうがな』
当たれば痛みを覚えるくらいの威力は持たせてある。
というよりワンドに溜め込んだ魔法だから、雑魚な魔物なら即死する威力はあると思う。
「おほーっ、痛そうな音」
トモさんは顔を顰めつつも何だか楽しそうだ。
『Sの気があるよな』
「これが隠し球ですか?」
フェルトが聞いてくる。
「いやぁ、そんなことないだろ」
俺が答えようかとも思ったが、迷っている間にトモさんが即答していた。
「筋肉爺さんの方も防御はしてる」
トモさんの言う通りだ。
ゴードンは歯を食いしばって空気の塊を受け止めていた。
『受け止めたというか当たりにいったようなものだな、あれは』
野球のキャッチャーが捕球できなかったボールを体で止めにいったかのようだ。
鍛えられた腹筋があるからこその芸当。
当然だが装備している革鎧も威力を軽減はしている。
効果の程はしれているけどね。
「あんま痛そうに見えないね」
「あのお爺さん、笑ってるよぉ」
マイカが気味悪そうにゴードンを見ている。
気味悪いなら見なきゃいいのにとは思うのだが、俺も見てしまう。
何故か見たくないものほど見てしまうものなんだよな。
「フハハ、効かぬわ。
たかがそれしきの攻撃で俺が倒せるものか。
来ると分かっていれば大したことはない」
更に歯を見せてニィと笑う。
本人としては不敵に見えるように演出したつもりなんだろうがな。
元が強面の顔だから良くてより怖く、悪いと不気味に見えてしまう。
「あれは負け惜しみなのですか?」
カーラが聞いてきた。
なかなか面白いことを聞いてくるな。
「何故そう思う?」
聞きながらも喉の奥から笑いが漏れてしまう。
そのせいで皆の視線が集まってしまった。
「ほらほら、ちゃんと見ておけよ。
答えはあの2人の勝負の中にあるんだからさ」
注意すると、それぞれが2人の方へと目を向ける。
後ろ髪を引かれるかのように俺の方を気にしながらだけどな。
「で、どうしてそう思うんだ?」
俺がカーラに聞き直すと皆の耳がピクピクと動く。
ジジイどもの決闘に動きがないことをいいことに意識は完全にこちら側か。
「ほんのわずかですが脚が痙攣しています」
「「「「「あっ……」」」」」
次の瞬間、みんな一斉に俺たちの方へ向けていた意識をゴードンの方へ向けていた。
『気付いたか』
ゴードンの膝がごく僅かながら震えていた。
指摘されて始めて気付いた者も多い。
が、何も言わなかったが気付いていた面子もいる。
ローズを初めとする俺の守護者たち。
後はツバキとノエル、そしてハリー。
レベルが関係しているのかとも思ったが、そうではない。
「言われてみると踏ん張って耐えてるわね」
「やせ我慢が凄いよ」
マイカとミズキが気付いていなかったからな。
まあ、この両名は戦闘経験が乏しいからというのもあると思うけど。
「ホントだニャ」
「ホントだー」
「さすがはカーラだねぇ」
「「気付かなかったぁ」」
子供組がちょっとションボリしている。
「いや、あれなら気付かなくても無理はない」
そう言ったのはルーリアだった。
「あそこまで抑え込めるとは思わないだろう」
半ば呆れ気味である。
筋肉の痙攣など意思の力で抑え込めるものではないからな。
「おそらく対戦相手の風魔法使いは気付いていないはず」
「気付かなくて当然」
ノエルがボソリと呟いた。
「そらそやな、うちらも気付かんかったんやし」
アニスが苦笑する。
「ちょっと情けないよねー」
レイナが自虐的な笑みを浮かべた。
リーシャや双子の妹たちも同意するように苦笑しながら頷いている。
「そうじゃない。
あのお爺さんは無意識のうちに身体強化の魔法を使っている」
「ええっ、そやの!?
魔力の流れはほとんど見えんかったんやけど」
「使われている魔力の量が少ない。
それと使っている場所が筋肉じゃなく神経だから気付きにくい」
「うわー、そないに芸の細かいことよーするなぁ、このオッちゃん」
アニスは感心のあまり狐耳と尻尾がピンと立ってしまっている。
『そこまで感心するほどのことだろうか』
意識してやっているのならともかく。
本人は原理を理解していないだろうからな。
神経を強化することで本来なら痙攣している筋肉を意識して抑え込めるようにしている。
完全ではないけどな。
『なんかもう無茶苦茶だな』
「そうかなぁ?」
疑問を呈したのはレイナだ。
「やってることは脳筋だと思うんだけど」
「うちもそうは思うんやけど、これって駆け引きしとらへんか?」
「どういうことよ?」
「あの筋肉のオッちゃん、効いとらへんように見せへんかったら畳み掛けられとるがな」
「あー、それもそっか。
魔法のジジイは筋肉ジジイが次に何をしてくるか読もうとしてるんだ」
ダメージを誤魔化すために芝居しつつ回復を待つゴードン。
それに対し、ゴードンが自分の隙を覗おうとしていると誤解している髭爺。
魔法の威力を理解しているからこそ動揺しているのだろう。
本来なら、体をガクガク震わせながらでも距離を取ろうとするはずと。
「思い込みって怖いわね」
リーシャが呟いた。
皆が一様に頷く。
「そろそろダメージが抜けるんじゃない?」
「魔法のオッちゃんは、まんまと騙されてもうたな」
「深読みしすぎ」
ノエルがなかなか辛辣な評価を下す。
『実際、その通りだけどな』
この後がどうなるかだ。
そろそろ痙攣ダメージは抜けてきているはずだ。
上手く誤魔化すには、その場で反撃する手が必要だと思う。
同じ手が何度も通用するような相手じゃないからな。
「ふん、もう1発あるかと思ったんだがな。
無いと言うなら、こちらから行くぞ!」
ゴードンは深く体を沈み込ませた。
さあ、どんな手を使ってくる?
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