485 井戸端会議は主婦の特権ではない
修正しました。
経験 → 軽減
すみません。
遅くなりました。
「ガブロー、審判任せるわ」
できる男であるはずのガブローも不意打ちには弱い時がある。
「はっ!? ちょ、それは……」
今もアタフタして目を白黒させていた。
「俺がやると不公平になるんだよ」
「どういうことですか?
知り合いなんですよね」
「ああ、どっちも知り合いだ」
「それなら──」
質問に肯定で答えが返ってきたのを受けてガブローが何かを言おうとしたが俺は遮った。
「ゴードンとは何度も会ってるし、それなりに話もしてる」
用事のある時だけだから頻繁ではないがな。
「だが、髭爺とは昨日までは1回しか会ったことがない。
それも話した時間はごく短いからな」
俺の魔法能力を証明するためにあれこれ実演して終わりだったからな。
エリスに呼び出しに行ってもらってからでも半時間とかかってないはずだ。
しかも喋りっぱなしではなかった。
この状態で親しい間柄とは間違っても言えない。
単なる顔見知りである。
「その点、ガブローならどちらも親しくはないだろ」
「それはそうですが……」
この期に及んで躊躇う様子を見せるガブロー。
今のままでは押し付け作戦が失敗してしまう。
俺はダメ押しすることにした。
「これは命令ね」
「そんなぁ」
伝家の宝刀を抜きはなった俺に情けない声で抗議してきた。
「決闘が終わったら、そのまま奥の部屋へ連れて行け」
有無など言わせない。
「今後の予定とかしっかり話し合っておけよ」
そう言うとハッとした表情になったんだけどね。
「分かりました」
自分の仕事に繋がることだと理解すると切り替えが早い。
決闘が終わった後のセッティングを側近に指示して訓練場の真ん中へと進んでいった。
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ルールは2人の独自のものを採用ということでガブローは「参った」を聞く係となった。
「審判はいらなかったな」
「決闘なんて初めて見るよ」
トモさんがそう言うとフェルトが同意するようにコクコク頷く。
「私も始めてだぁね」
「どうなるのかな」
マイカとミズキも興味津々。
他にもうちの面子が大勢いる。
完全に観戦を楽しむ気だよ。
屋内訓練場は大きな体育館って感じでバスケットボールなら4試合同時に行える。
『こっちの世界にバスケは持ち込んでないけどね』
普通の訓練施設と異なる点は階段席が沢山あること。
大勢での観戦も鮨詰めなんてことにはならないようになっている。
案内されてきたゴードンやブラド、その護衛たちは呆気にとられていた。
「……賢者が関わっとるな、これは」
真っ先に我に返ったのはゴードンだった。
『いい勘してるわ、ゴードンの奴』
さすがに俺が街づくりを一からやってササッと終わらせたとは思わないだろうけど。
「そんなにか!?」
真顔で驚いているブラド。
『普段のふざけた態度は芝居か?』
どっちが地なのか分からんな。
『まあ、ジジイの性格やら本性なんかは知りたくねえよ』
必要になるなら話は別だが、そんな日は永久に来ないでほしい。
「神の予言を聞く男だぞ」
「なんじゃ、それは!?」
「それくらいスゲえ奴ってことだ」
「そんな説明じゃ全然分からん。
超一級の魔導師というのは知っとるがの」
「ほほー、何をやらかした?」
「破壊力満点の爆炎球を5連発じゃ。
そのせいで訓練場に大穴が空いたわい。
おまけに魔法で穴をあっと言う間に埋め戻しおった」
「ほう」
「後はチンピラどもを決闘で叩き伏せたそうじゃ」
「はっ、極めつきのアホだな。
賢者相手に喧嘩を売った時点で終わってる」
「お前がそこまで言うほどなのか」
ゴードンのコメントに髭爺は困惑の表情を浮かべている。
「なんだよ、直に見てねえのか?
奴は戦士としても超一流だぞ」
「ううむ、報告は正確だったか」
髭爺が唸る。
どうやら俺が呪いをかけたチンピラ冒険者どものことは報告を受けていたようだが。
話半分くらいに思っていたようだ。
あの信用できそうなオッサン冒険者から話を聞いたんじゃないのかね。
他の連中からも聴取したか。
中には話を盛ってくるのもいたのかもしれない。
「ということは治癒魔法を使ったというのも事実なのだろうな」
「あー、決闘で徹底的にボコった訳か。
喧嘩を売るだけでもアホなのに怒らせたようだな」
「随分あっさりと信じるんじゃな」
「そりゃあ、賢者の凄さを何度も見せられたからな」
「そんなもんかのう」
どうも信じ切れないといった感じで髭爺は首を捻っている。
「爆炎球が5発に地魔法と治癒魔法で余力があったんだろ」
「まあのう」
「それくらいなら弟子でもできるだろうな」
「なんじゃと!?」
「弟子も超一流の魔導師なんだよ。
言っとくが、俺がこの目で見たからな」
髭爺は言葉を失っていた。
「しかも戦士としての腕も超一級だ。
ついこの間も衛兵が大勢で抑え込めなかったオーガの群れを完封したと聞いたし」
顎が外れんばかりに大口を開ける始末。
髭爺が連れて来た護衛たちも側にいたゴードンの護衛の方を見る。
「そういや子供も交じっていたな」
「見たのかよっ!?」
「最後の方だけな。
たまたまダンジョンから帰ってきたタイミングで見たんだよ。
街の正門から少し離れた場所で派手に戦ってたぜ」
「マジか……」
なんだか嫌な感じで話が広まりそうな感じだな。
どうにか拡散しないようにお願いしたいところだ。
まあ、そういう護衛たちの話も耳に届いていたのであろう髭爺が唸り始めた。
自分の常識を大幅に塗り替えされてしまったか。
「弟子でそれなのか」
やっと絞り出すようにそう言うと、ゴードンは溜め息をついた。
「アイツら普通じゃねえからな」
『酷い言われようだな』
「人を抱えて塀を跳び越えたりできるんだぜ」
『そういや、そんなこともしたか』
ギブソンを始末した時と蝗害の時だ。
「誰が見たってあれは人間業じゃねえよ」
『そうなんだ……』
あれくらいは皆できるようになっていたから感覚が麻痺していた。
「それは、さすがに言い過ぎじゃろ」
「言い過ぎなもんかよ。
俺はこの目で見たんだ」
「……それは本当に賢者なのか」
「弟子は魔法戦士だが、賢者は賢者だぞ。
俺の目の前で冒険者登録したからカードも見た」
「なんでギルド長のお前の前で登録するんじゃ」
「上位版の登録機が壊されたからだな」
髭爺はその話を耳にして目を閉じながら記憶をたどり始めた。
「おー、そういや端末が壊されたとかで補充の申請が来てたのう」
ほんの数秒でサルベージに成功。
髭爺は記憶力の方もまだまだ現役のようだ。
「じゃが、それがどうしたというんじゃ?」
「応急処置でワシの目の前で使えるようにしたのが賢者だ」
「報告書にもあったが本当じゃったか」
このジジイは自分の目と耳で確かめないと信じないのか?
この件の報告書はゴードンかエリスが書いてるはずだ。
まさか、この2人を信頼していない訳はあるまい。
報告書の偽造か改ざんでも疑っているのだろうか。
『誰がそんなことするんだよ』
いまひとつ理解に苦しむジジイである。
「ああ、それで思い出した」
「なんじゃ、まだ何かあるのか」
「賢者は商人ギルドの金クラスだ」
「商人ギルドの会員が冒険者登録に来おったか……
あそこの試験は難問中の難問と聞いたことがあるんじゃがな。
賢者であれば試験をクリアすることなど造作もないのかの」
「試験の結果までは知らねえよ」
「それもそうじゃな」
「けどよ、商人ギルドの幹部連中が先生と崇めてた」
「……もはや言葉も見つからんわい」
そう言いながら肩をすくめて髭爺は溜め息をついた。
沈黙が訪れたところでガブローが声を掛ける。
「そろそろ始めませんか」
なかなか辛抱強い男だ。
さっさと話に割り込みかけて勝負させれば良かったのに。
2人の心証が悪くなるから我慢したのかもしれんが。
「それとも決闘は中止しますか」
その割には皮肉が効いたことをしれっと言いやがる。
まあ、仲良く話し込まれちゃな。
気勢が削がれて止めるのかという話になっても不思議はない。
ガブローは、この2人が止めるつもりなどないと読んでいるようだ。
向かい合う2人の脇で審判をする気は充分といったところである。
ジジイどもの思考を読むのはお手の物なのかもな。
身近に年寄りが多い環境で育ってるからさ。
それでも嫌みはついつい出てしまうらしい。
『表情は平静を保っているが……ってところか』
俺も「とっとと始めやがれ」と言いたいのを我慢してたから気持ちは分かる。
ジジイどもの長話に付き合わされるこっちの身にもなってみろ。
おまけに話題は俺のことである。
止めさせなかったのは、俺に対して根掘り葉掘り聞いてくる恐れがあったからだ。
それならここで先に吐き出させて満足させた方が俺の被害が軽減するはず。
『あの様子だとなんとも言えないがな』
決闘が終わったら即時撤退しよう。
で、肝心の2人はというと──
「「やるっ」」
短くそう言うと共に大きく飛び退いて距離を取った。
どちらも現役で通用するだけの動きをしている。
この時点で期待外れなら観戦はせずに立ち去っただろう。
過度の期待は禁物だが、果たしてどうなるやら。
読んでくれてありがとう。
 




