442 ハルトまたしても失敗する
遅くなりました。
すみません。
宿屋でチェックインをして案内は断り5階へと上がる。
勝手知ったるアーキンの宿だ。
とはいえ最上階だけしか知らないけどね。
始めて来る面子は興味津々な様子であちこちを見ている。
品定めまで始めるし。
わざわざ風魔法と幻影魔法を組み合わせて周囲に悟られないようにしている。
『お行儀良くしなさいとは言ったけどさ』
バレなきゃいい的な方法を使うのはどうなのかとは思うんだけど。
「……………」
俺は人のこと偉そうには言えないな。
お手本は間違いなく俺だから。
「驚きだねー。
魔道具化してないよぉ」
信じられないと言いたげにシェリーが驚いている。
馬鹿にした感じじゃないのが、せめてもの救いか。
こんなの宿の従業員に見聞きされたらシャレにならんわ。
口を閉じ、すまし顔で歩いているようにしか見えていないんだろうけどさ。
後で注意しておこう。
悪意のあるなしは関係ない。
俺自身も反省が必要だ。
俺の教育に問題があったということだからな。
「ホントだー」
ルーシーも同じように驚いている。
ハッピーとチーは無言ではあるが何かガッカリしたような様子を見せている。
まあ、似たようなものだ。
俺が教育した結果ならシェリーだけなんてことがある訳ない。
「軽量化も構造強化もしてないよ」
ルーシーは瞬間的におおよその強度を推し量ったのだろう。
その上で術式解析を試みたようだ。
そんなもの、ある訳ないんだけどね。
うちの基準で考えれば脆すぎて話にならないから驚くのは当然なんだけど。
それでも大きな地震がなければ問題ないのだよ、君たち。
「石の加工技術はそこそこニャ」
ミーニャはフォローしているようで褒めている訳ではない。
何気に上から目線で失礼だ。
無自覚なのが問題あるよなぁ。
心根が純粋な妖精組は俺みたいなひねくれ者を手本にしてはいけないよ。
俺はすでに完成した状態だから矯正しようがないんだけど。
できるとすれば猫を被るくらいだろう。
ならば、せめて妖精組は悪い部分を受け継がせないようにしないとな。
『へこむわー』
まさか、こんな失敗をするとは思ってなかったからさ。
外に出て始めて分かる俺の至らなさ。
まあ、外に出たのは妖精組なんだけど。
いくらレベルが上がっても人間的に成長できている訳じゃない。
今回はそれを痛感させられた。
『反省&改善だな』
そんな俺の内心を知ってか知らずか、カーラが溜め息をついた。
「あなたたち、はしゃぎすぎですよ」
『お、諫めてくれるのか』
さすがは妖精組のリーダーである。
子供組も素直に従う。
「「「「「はーい」」」」」
「ハルト様が来る前に仰っていたではないですか」
小言は手短にな。
あんまり長いと反発されかねん。
だが、ここはグッと我慢の子。
彼女の手腕を改めて見せてもらう。
『お手並み拝見』
そして今後の参考にしようという目論見だ。
「西方の技術に過大な期待をすると失望感が大きくなると」
「……………」
ソコマデハイッテナイヨ。
控えめに技術レベルは高くないとは言ったけどさ。
内心、ガクッときたよ。
「もう少しマシかと思ったの」
「だねぇ」
「残念だニャ」
「「………」」
無言なハッピーとチーも同意するように頷いている。
もしかして俺がハッキリ言わなかったのがダメだったのか。
『なんだかなぁ』
いずれにせよ思ったことをそのまま口に出すのはやめさせよう。
そう思った俺であった。
ちなみに新婚夫婦も俺の後ろで階段を上りながら建築技術について話していた。
フェルトがずっと森の中で暮らしていたからな。
その上、いきなりミズホ国民になったものだから、西方の標準を知らなかったのである。
『ミズホシティに帰ったら西方の常識も教えないとな』
訓練修了者のうち希望者を西方の冒険者にしようと考えていたけど修正が必要だ。
『ミズホ国の常識、西方の非常識だもんな』
トラブルが頻発しそうで怖い。
修正しだいだとは思うけど。
この後は宿屋で特筆するような出来事はなかった。
部屋割りをする際に1室を新婚さんに譲ったが普通だよな。
小さい方の部屋だけど、それでも充分な広さがあるし。
まあ、その後の食事も就寝も何故か全員がそろっていたけどさ。
トモさん曰く──
「みんなで楽しく過ごす方がいいんだよ」
だそうである。
俺もそれは否定しないよ。
別にイチャイチャするのは帰ってからでもできるからな。
そんな訳で早めに就寝して翌日に備えたのである。
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明けて翌朝。
早い時間に目を覚まし宿を出た。
食事は自前のファーストフードを歩きながら食して済ませた。
宿で朝食をとろうとすると遅くなってしまうのでね。
高級な宿は食事のタイミングが冒険者のそれとは違うからなぁ。
ターゲットとする客層が違うから当然なんだけど。
しかも最上階は食事を部屋に運び込むサービスが標準だ。
というより他の宿泊客と差をつけるため、このサービスがある。
そのせいで余計に食事の時間が遅くなる訳で。
今回の俺たちにとってはマイナスポイントにしかならない。
まあ、無理を言えば用意して運んでくれただろうけど。
そこまでしたいとは思わなかったので朝食は不要と前日に伝えておいた。
朝食なしにすれば好きな時間に出て行けるからね。
そんな訳で冒険者ギルドへ赴く道すがらの朝食になったのだ。
幻影魔法で俺たち以外には食べているようには見えないけどね。
メニューはハンバーガーとコーヒーだ。
用意したバーガーは2種類。
前に動画で見た本場物を参考にしたやつは、とにかくドデカい。
本当にテイクアウトで食べることを考慮してるのかよってくらい大きい。
もうひとつは日本発祥の素材にこだわる企業で定番のやつ。
汁気が多いのまで再現してしまったが後悔はしていない。
包み紙は無印にしたけど零さないよう2辺が閉じているのは真似している。
食べる量に応じて選んでもらったら、ほとんどの者に両方とか言われてしまった。
片方だけ選んだのはフェルトだけ。
その気になれば食べられるみたいだけど。
燃費がいいってことなのかね。
別にエルダーフェアリーだからという訳ではない。
単に個人の資質の問題だ。
ちなみに俺は味見をする都合上、どちらも食べたよ。
再現度は高いと思う。
デカい方は本物を食べたことがないので想像で再現するしかなかったけれどもね。
味はどちらも好評だったから次の機会もあるだろう。
そんなこんなで冒険者ギルドにあと少しの所まで来た。
「些か悠長に来すぎたかな」
思わずそう呟くのもしょうがない。
すでに冒険者ギルド内は外からでも分かるくらい活況を呈していた。
早朝から冒険者ギルドに出向くと、やはり雰囲気が違うね。
「朝食は到着した後でも良かったかもしれません」
俺の独り言にカーラがツッコミを入れてくる。
なかなか容赦がない。
Sの気があるよな。
元が山猫顔だからか人化するとエキゾチックな雰囲気が漂う褐色肌の金髪美人なカーラ。
彼女にそう言われるとMな連中は土下座しながら歓喜するかもな。
生憎と俺はM成分を持ち合わせていないので嬉しくはならないんだけど。
なんにせよ、ここで突っ立っていてもしょうがない。
「行くぞ」
冒険者ギルドのドアを開けると、そこは戦場だった。
受付と掲示板の前が人でごった返している。
「おおっ、なんかそれっぽいね」
トモさんは初めての光景に喜んでいる。
「でも、人が多すぎじゃないでしょうか」
フェルトはこういうのが苦手らしく引いている。
逆に子供組は騒ぎこそしないもののテンションが爆発寸前だった。
俺はフェルト派だな。
こういうのは日本人だった頃の嫌なことを思い出すから好きじゃないんだよね。
役所で勤めていた時の繁忙期とか。
大学時代にやった繁忙期アルバイトとか。
二度とやりたくないけどさ。
「主よ、どうする?」
ツバキが問いかけてきた。
このままだと前に進むのも困難なのは明白だからだ。
「俺に続け。
速攻で行くぞ」
通りづらいなら通らなければいいとばかりに跳躍して壁を蹴る。
目立つ?
そんなこと言ってられるか。
どうせ試験で目立つんだ。
だったら今ここで目立っても同じだろ。
さすがに本気は出さないがな。
次々と壁を蹴って俺たちは2階へ上がる。
2階の廊下に着地して下の様子を見てみたが、ほとんど変化がなかった。
目の前のことに集中して俺たちのことが目に入らなかったようだ。
何人かの例外は目を丸くしたり呆然と立ち尽くしたりしていたがな。
「相変わらず無茶苦茶する奴だ」
声を掛けられたので振り向くと顔を引きつらせたゴードンがいた。
ギルド長の部屋からちょうど出てきたところのようだ。
「おはよう、ハンドくん」
「誰がハンドかっ」
ゴードンが朝っぱらから吠えてくる。
そして安定の唾飛ばし。
「汚えよ、唾を飛ばすな」
「お前がそうさせるんだろうがっ」
「真に受けるなよ。
からかい甲斐のある奴だ」
そう言うと威嚇する肉食獣のように睨みつけてくる。
俺の後ろではトモさんが鼻歌でミッションアンリミテッドのテーマを流していた。
子供組も加わって楽しげだ。
元ネタが分からないフェルトが困惑していたけどね。
後で動画を見せるとしよう。
読んでくれてありがとう。




