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437 暗号解読?

遅れました。

すみません。

 昼食に入った店は匂いは良かったがどうにも陰気くさかった。

 店員に愛想がない。

 やる気があるのかと言いたくなるくらい事務的で淡々としたものだった。


 やや遅めとはいえお昼時。

 だというのに客足も俺たちを含めて半数の席が埋まっているかどうか。

 いい匂いをさせているという理由だけで選んだのが間違いだったのかと思った程だ。


 それでも店内の奥まった場所に案内されて今更逃げ出す訳にもいかない状況。

 しょうがないのでメニューを選び店員を呼んで注文した。

 その際に常連客の食べていたモノの正体が判明。

 日替わり定食だった。


 勘のいい者なら、この時点で気付いただろう。

 日替わりだからボリュームがあったのだ。

 結果として他のメニューを頼んだ者は物足りない思いをすることになった。


 追加注文で腹を満たすことになるとは思わなかったさ。

 常連はそれを知っているから日替わりしか頼まない。

 誰も彼もが同じものを食べている時点で気付くべきだったな。

 これで味が悪ければ追加注文などせずに店を出ていた。


「どうだった?」


 食後、皆に聞いてみた。

 特に何がとは言わない。

 味か量かと思うだろうけどね。

 あるいはサービスの質についても言及があるかもと考えてのことだ。


「日替わり定食は不自然に多いと思うんだが」


 トモさんが首を捻っている。

 大盛りが可愛く見えるくらいの分量だったからね。


「ですね」


 フェルトがすかさず同意している。


「私は頼まなくて正解でした」


 夫婦の証言は味とサービスについてコメントなし。


「味は悪くないですね」


 弟子2号のカーラがボソッと一言。

 此奴と子供組は別々の料理を注文して分け合っていた。

 なかなかのコンビネーションだと思う。

 色々な種類を食べただけあって量についてはコメントしようがなかったようだ。


「外に出ていた匂いは煮込まれたスープのようです」


 日替わり定食には含まれないおかずだった。


「匂いは良かったニャ。

 でも、出汁が取れてないニャ」


 ミーニャがダメ出しをしている。

 俺も一口もらったが、確かにコクが足りないと言うか味に締まりがない感じがした。


「沢山の具だけでエキスを出したのかなぁ」


 分析しているのはシェルティーなシェリー。


「足りてないです。

 骨と一緒に煮込むべきです」


 ロシアンブルーなルーシーはシェリーに同意しつつ答えを提示。

 ただし、この場に店員はいない。

 常連客も俺たちが食べ終わる頃には、ほとんどいなくなっていた。


 ますます陰気くさい雰囲気になっている。

 パピヨンとチワワなハッピーとチーは皆が意見を言うたびに頷いていた。

 これといった主張したいことがないということだな。

 つまり、可もなく不可もなく。


「値段はおおむね妥当なところか。

 日替わり定食は安すぎると思うが」


 そう分析する弟子1号ツバキ。


「自分もそう思います。

 これで採算が取れるのでしょうか」


 ハリーが同意すると、ドルフィンが首を横に振る。


『確かにな』


 この店が夜に酒場として営業していてメインの稼ぎがそちらなら話は変わってくるが。

 日替わり定食は夜の客のための宣伝とサービスと考えれば無いとは言い切れない。

 だが、それも可能性があるというだけのこと。

 確率で言えば極めて低いと言わざるを得ない。

 店の雰囲気や店員のやる気を見れば、限りなくゼロに近い。


「ところで主よ」


 ここでツバキが話題を変えようとするかのように呼びかけてきた。


「何だ?」


「食事を持ってきた際に店員が何か言いたそうにしていたが」


「ああ、そのことか。

 俺たちに逃げろと言いたいらしい」


「はあっ!?」


 ツバキが口を開いたまま唖然としている。

 予想外の返答に驚きを隠せないようだ。


「どういうことでしょうか」


 フェルトが聞いてくる。


「壁のメニューを見てみな」


「木札のアレですか?

 特に何も変わったことは無いと思うのですが」


「何かおかしくないか?」


「さあ、どうでしょうか。

 強いて言うなら歯抜けになっているぐらいですが」


「店員がメニューだって言った時に日替わり定食から指していっただろ」


 歯抜けの影響で日替わり定食だけは他のメニューから離れていたんだよな。

 だから指し示すとあからさまなのだ。

 そして、わざわざ日替わり定食から順に最後まで指し示した。

 不自然と思われないギリギリの所作で。


「それは変だなぐらいには思いましたが……」


 フェルトは困惑の表情を浮かべていた。

 一方でツバキとカーラは気付いたようだ。

 視線の動きを追えば分かる。


 まずは[日替わり定食]だ。

 次は、そのひとつ手前の[だいちの恵みパン]。

 そうやって一つずつ遡ると気付くことができるようになっている。

 巧妙に隠されている訳だ。


 歯抜けになっているのも発見されづらいようにしている工夫だろう。

 漠然と眺めているだけでは気付けない。

 逆から順に見ていくからこそ分かるようになっている。


 果たして今まで何人が気付けただろうか。

 あの店員の諦めきった目からすると皆無かもな。

 これ以上簡単にするとリスクが高くなるから、どうしようもないのだろう。


 [リーフバルト大森林産の果物パイ]なんて入手困難な材料のメニューが残っているのもリスキーだ。

 いずれ奥に連れ込まれる客以外にも気付かれるかもな。

 そうなると面倒なことになるんだろうね。

 今のところは気付かれていないようだけど。


 そしてメニューは[カゴ蒸し野菜のサラダ]に[ラビット丸焼き]と続く。

 [にくとやさいのスープ]は店外まで漏れ出していた匂いの元だな。

 [ゲールウエザー風にく詰め]はフランクフルトにそっくりだった。

 最後は[テールにくのステーキ]である。


「確かにメッセージのようですが……」


 ハリーも読み取ったようだ。

 しかしながら店側の意図までは読めないようで困惑している。


 まあ、それは先にメッセージを読み取ったツバキとカーラも同様なのだが。

 俺が遮音結界を使っていることから考えれば気付いてもいいと思うんだけどね。


「ニャッ!?」


 三毛ットシーなミーニャさんが気付いたようだ。


「それはズルいニャー」


 苦笑している。


「そんなに分かりにくいの?」


 シェリーが聞くとミーニャが腕を組んでうんうんと頷いた。


「ハル様のくんいくの賜物ニャ」


『くんいく?』


 何のことか一瞬わからなかった。


『ああ、薫育か』


 【諸法の理】に頼ることなく分かったが難しい言葉を使うものだ。

 俺に徳などあるとは思えないのだが。

 それなら文教と言った方がしっくりくる。

 色々と教えたのは確かだからな。


『けど、ズルいのか?』


 分かりにくくしている事情までは考えていないのかもしれない。

 俺があれこれと考えている間に子供組はミーニャを中心にして話し込んでいた。


「あー、なるほどねぇ。

 それはハル様の教えがなくては無理だー」


 シェリーが納得しつつも苦笑していた。


「それは分からないよぉ」


 ルーシーも同意するように頷く。


「うんうん」


「ズルい……」


 ハッピーもチーも頷いている。

 それを見たフェルトが焦り始めた。


「えっと、どういうことなのでしょう?」


 困惑の表情を浮かべながら聞いてくる。


「文化的にそういう発想がなかったから分からないんだ。

 おそらくだが、今までこの暗号を読み取れた者はいない」


 と、ここでトモさんが手を打った。


「うわー、そういうことかぁ」


 してやられたと言わんばかりに顔を少し顰めている。


「これは日本人でないと分からんだろぉ。

 この店の人は、よく思いついたなー」


「えーっと……」


 周囲を見渡すが暗号を読み取れていないのは自分だけという状況は揺るぎない。

 ますます困惑の色を深めていくフェルト。

 それを見たトモさんが苦笑しながらも解説を始める。


「メニューの一文字目だけを拾って読んでごらん」


「テゲに……?」


「ああ、違う違う。

 日替わり定食の方からだよ」


「あっ」


 話の流れをすっかり失念していたことに気付いたフェルトが赤面して俯く。

 確かに恥ずかしいよな。

 穴があったら入りたい心境だと思う。


「大丈夫だって」


 イケメンが妻を気遣うと、赤面したままではあるが顔を上げた。


「日替わり定食から……」


 己に言い聞かせるように呟き始めるフェルト。


「最初が日で……

 次がだ、その次がリ……」


「左?」


 メニューの掲げられた壁面の左側を見る。

 そこは店の奥、すなわち厨房へとつながっていた。


「そうだよ。

 続けてごらん」


 トモさんが仕事用の声を使って妻を導こうとしている。


『ええい、このイケメン声め』


 こういうところはプロには敵わないよな。


「日だリカラにゲテ?

 左から逃げて……あっ」


 俺が言っていたことを思い出したようだ。


「でも、逃げてってどういうことなんでしょう?

 そもそも本当にこれはメッセージなのでしょうか」


 縦読みを偶然だと思っているようだ。

 確かに逆から読むような暗号チックな部分があるからね。


「間違いなくな」


 俺は断言した。

 入店してから様子のおかしい店員と常連客を観察し続けた末に出した結論だからね。


「俺の読み通りなら荒事になる」


読んでくれてありがとう。

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