435 争っていた訳
「賢者だって!?」
髭もじゃなオッサンは何故だか呆然とした表情になった。
『なんか想定していた反応と真逆な気がするんだが』
こっちが困惑させられるっての。
俺はてっきり「ガキが、なに言ってやがる」みたいに言われるものだと思っていたのだ。
「おいおい、大丈夫か?」
「はっ」
俺が声を掛けたことでようやく我に返ったようだ。
「スンマセンしたぁ!」
唐突に腰を折り曲げて最敬礼するオッサン。
「は?」
『訳が分からん』
誰か説明を求むプリーズな状況なんだが、説明できるのはオッサン1人。
他の連中はぐっすり夢の中だ。
起こしたところで、このオッサンと同じ状態になられる恐れがある訳で。
実に面倒くさい状況になってしまった。
「オッサン、オッサン、いきなり謝られてもな。
俺には何のことだかサッパリなんだが」
そう言うと最敬礼状態から跳ね起きたオッサン。
両手をワタワタと振って泡を食っている。
「落ち着けよ」
「は、はひっ」
返事はするが完全にテンパっている。
「いい年した大人がみっともないだろう」
「はいぃ」
なんで説教する流れになっているのか俺にもよく分からない。
しょうがないので弱めのデバフをかけてからバフをかけた。
一手間かけるのは下手に興奮状態にさせないためだ。
その結果、ようやくオッサンは落ち着きを見せた。
話のできる状態になったので色々と聞いてみたが帰りたくなったさ。
何故に謝るのか。
子供だと思っていたら大魔法使いだった。
それで親父に聞いていた若き賢者だと気が付いた。
若き賢者とか言うくらいだから、俺のことを知っている相手なのだろう。
俺はこのときから『帰りたい』と思い始めていた。
非常に嫌な予感がしたのだ。
それでも質問は続行する。
確かめもせずに放置したら碌なことにならないからな。
必要ならば口止めもしておかなければなるまい。
親父?
自分らを育ててくれた養父です。
ブリーズの街で冒険者ギルド長をしています。
父から賢者様のことは聞いておりました。
話半分に聞いていたのですが、あのような魔法を目の当たりにしては信じる以外ありません。
この回答に俺は天を仰ぎ見たくなった。
魔法を云々ではない。
オッサンの養父が冒険者ギルド長。
しかもブリーズの街の、である。
間違いなく知り合いだよな。
最後に会ってから人事異動でもあったというなら話は別だが。
『面倒なことになった』
つくづくトラブルは俺のことを愛しているようだ。
俺の方はつきまとわないでほしいと思っているのだけれど。
オッサンはここでフェルゼン・バフと名乗った。
「……………」
バフという苗字で確定だ。
間違いなくゴードンの身内である。
世の中は狭い。
あのジジイの関係者となると、予定が大幅に崩れてしまう。
この状況を誤魔化すつもりだったからな。
悪いのは商人たちのようだからオッサンどもに手柄を譲ってとか考えていたのだ。
『はー、面倒くせえ』
チャチャッと登録してダンジョン行こうと思っていたのに。
この調子じゃ予定がずれてしまう。
やむを得ない事情ならともかく、くだらない犯罪者のせいかと思うとプチッときそうだ。
イライラし始めたところでマイクロバスが追いついた。
「こっ、これは!?」
フェルゼンが目を見張って驚いていた。
今回は偽装しないことにしたからな。
王都や別の街などでは輸送機とかも見られているし。
車が見られても構わないだろうとなった。
ぶっちゃけ、いつまでも偽装するのが面倒くさくなったのだ。
そんな訳でこれからは部外者の目に触れることも多くなるだろう。
最初は混乱が生じるかもしれんがね。
フェルゼンのようにな。
馬なしで馬車のようなものが自走してきたとなれば驚きもするか。
「コイツはマイクロバスと言って自走する魔道具だ」
「で、では、賢者様の……」
「バスは俺の所有物だから心配いらん。
乗っているのは俺の仲間だ」
「はあ」
半ば放心状態だが、みんなが降車してくると気を引き締めたようだ。
俺の仲間と言われても最低限の警戒はしているな。
ゴードンが育てただけのことはあるか。
「主、状況は判明したのだろうか」
ツバキが聞いてきた。
皆も興味津々である。
「事情はまだ聞いてる途中だ」
おおよその想像はつくがな。
「という訳でフェルゼンに聞きたいんだが」
「はい」
「向こうで寝転がっている白豚が取り締まり対象の禁制品を扱う闇商人で間違いないか」
「ど、どうしてそれを!?」
「賢者の目は節穴じゃないんだよ」
休憩のために馬が外された馬車に近付き──
「ほらよ」
人差し指を下からすくい上げるジェスチャーをしつつ理力魔法を使った。
幌なしの木箱を積み込んだ荷車が横倒しになる。
積み荷は果物のようなので派手には転がさなかった。
悪党の荷物がどうなろうと知ったこっちゃないが、食べ物を粗末にするのは良くない。
荷車の底板を外す。
いや、底板というよりはフタか。
この荷車は上げ底になっていたのだ。
パッと見では分からないよう偽装されているお陰で今まで発覚しなかったのだろう。
その代わり大した格納スペースを確保できない。
そこで未だに眠りこけている悪党どもは裏の商品を厳選した訳だ。
嵩張らずに高額の儲けが出るもの。
できれば軽いものが望ましい。
その結果としてもっとも選ばれているのが用途を限定される禁制品の薬物である。
それらが詰められた小さな袋が幾つもこぼれ落ちてきた。
「ヤバそうな匂いがプンプンするね。
まるで危険薬物の密輸をしているみたいだ」
トモさんが冗談めかして言ってくる。
まさか自分の言ったことが正解だとは思っていないのだろう。
「みたいじゃなくて、そのまんまだよ」
「えーっ!?」
俺に言われると目を丸くしていた。
「うわー、マジなんだ。
状態異常を引き起こす合成薬物とか洒落になんねー」
どうやら【鑑定】を使ったようだ。
それが分からないフェルゼンは著しく驚いている。
たじろいでさえいたからな。
「どうしてそれを!?」
「賢者の関係者ってのは、そういうのが分かるんだよ」
「な、なるほど」
あっさり信じてしまったようだ。
『大丈夫かよ』
一瞬、この薬物を使われてしまったのかと思ったじゃないか。
こいつは経口すると、まず幻覚を見ているような状態になるらしい。
量しだいで自由意思を奪われてしまう。
少量でも暗示にかかりやすくなる。
連続で使い続けると最終的に脳神経が破壊されるのだとか。
何処かで聴いたような効果ばかりだ。
『シャレにならん』
常習性がないのだけが救いだろう。
あと材料の入手しにくさと加工しにくさがあって簡単には作れないこともか。
白豚は惜しげもなく使っていたようだが。
暗示をかけて都合の良い操り人形を増やしていたみたいだな。
護衛もその口のようだ。
眠っている護衛連中の大半は暗示の状態異常が表示されている。
異状がない2人はフェルゼンの側の人間だろう。
「お前らにも使われるところだったのは気付いていたのか」
「はい、奴が暗示をかけている所を弟が偶然目撃したので」
気付いたのは偶々だったのか。
まあ、それでも対応して暗示にかからなかったのは大したものだとは思う。
「どうやって防いだ」
「親父から対処法は教わっていたので」
ゴードンの奴は養子たちを、みっちり仕込んだようだ。
この危険薬物は単体で使ってこそ十全に効果を発揮する。
だが、得体の知れないものを薦められてホイホイ口にする冒険者はいない。
それ故に白豚は食事に混入させて使っていた。
これだと急速に効果を失っていく。
早食いが習慣化している冒険者なら充分だったようだが。
フェルゼンたちは、それを逆手に取ったのだろう。
「それで暗示にかかった振りを続けた、か」
「はい、最後にバレてしまいましたが」
「戦闘になったのはそのせいか」
「そうです。
相手も馬鹿じゃなかったということですね」
これで仲間割れのように見えていた争いの真相が掴めたことになる。
「ツバキ、スマンがケニーを連れてきてくれ」
一緒に話を聞いていたから何故かを説明する必要がないのは楽だ。
問題はブリーズの街から距離があることなんだよな。
「心得た」
頷いたツバキが俺たちから少し離れていったかと思うとダッシュで街へと向かった。
「は、速え……」
呆然とした様子でフェルゼンが呟く。
『あれでも控えめなんだけどなぁ』
それを言うと面倒な反応をされかねないのでスルーなんだが。
「さて、俺らも移動するとしよう」
「ハル様、この男をバスに乗せるのですか」
それまで沈黙を守っていたカーラが口を開いた。
部外者を乗せたくないのだろう。
「いいや、荷馬車があるだろ」
「遅くならないでしょうか」
「理力魔法で浮かせて風魔法で移動させる。
名付けて、魔法の絨毯作戦だ」
「目立ちませんか」
「この近辺じゃ今更だな」
「いったい何をしたんですか」
呆れた目で見られてしまった。
カーラは俺がやることには肯定的なんだけどな。
そんな目で見られるのは結構ショックだ。
読んでくれてありがとう。