433 残念な男ガブロー
子供組の興奮が冷め始めた頃合いになってガブローたちが現実世界へと戻ってくる。
もちろん比喩だ。
本当に別世界に行っていたわけではない。
だが、それくらい彼等の意識は飛んでいた。
それでも脳裏には俺のやらかした光景がしっかりと焼き付いていたようだ。
意識が現実に引き戻されてくるにつれ落ち着きをなくしていく。
その動揺が目や体の動きとなっているために誰の目にもそれと分かった。
『ガンフォールが見ていたら、どやしつけられるだろうなぁ』
それくらいならマシな方かもね。
拳骨が落とされてもおかしくない。
その動揺が極限にまで達すると──
「な、な、な、何なんですか、アレはぁ─────っ!?」
絶叫しながら食って掛かってくる訳だ。
面白いほど予想通りの行動をしてくれるな、ガブローは。
俺としては想定済みだったんだが皆はそうでもなかったようだ。
あまりの煩さにツバキとハリーが顔を顰めている。
子供組などは耳に掌を押し付けていた。
カーラもあからさまではないがムッとした感じの表情である。
ただ1人、彼等に同情的な視線を向けているのがフェルト。
しかしながら顔を背けるかどうかの微妙な感じでだ。
言わんとしていることが丸わかりである。
それを見ていたトモさんは苦笑い。
俺と同じように予測していたのかもな。
「何って俺らの都合がいいように街をつくり変えたんだが?」
「つ、つくり変えたってレベルの話じゃないでしょーっ!」
「落ち着けよ」
言いながら顔面に軽くチョップ。
「っ、何すんですかっ!」
ダメージが入らないようにしたせいか、ガブローの勢いは止まらない。
もっとも、そんなことは織り込み済みだ。
「だから落ち着けって。
お前んとこの爺様なら拳骨ものだぞ」
「うっ……」
ガブローの表情が一気に青ざめる。
それどころか背後にいる連中まで顔色を無くしている有様だ。
そんなにガンフォールが怖いかよ。
まあ、単なる畏怖の対象ではないようだから、どうでもいいけど。
「あれくらいは慣れてくれないと困るな。
ミズホ国では取り立てて凄いことではないぞ」
「そんな無茶苦茶な」
興奮は冷めたらしいガブローが絞り出すような声で応じた。
その表情は「信じられない」と言いたげだ。
後ろのドワーフ連中も呆然としている。
あの様子だと似たようなことを考えていそうだ。
「そう言えば、お前らはミズホシティをまだ見ていなかったな」
「ええ、まあ……」
返事の歯切れが悪い。
「行き来している者から報告は受けていましたが……」
ああ、報告の内容を話半分な感じで考えていたのか。
この様子だと割合的には半分どころか3割にも達しているか怪しいが。
転送門の方がよほど驚きに値すると思うんだけど。
それをすんなり受け入れているガブローの方が驚きだわ。
「時間を作って見に来るといい。
百聞は一見にしかずと言うからな」
困惑の表情を浮かべるガブロー。
「百……なんですか?」
おっと、こっちの世界には該当する諺がないんだな。
「百聞は一見にしかず。
そういう諺だよ。
繰り返し聞くより己の目で確かめた方が理解が早いという意味だ」
「ああ、なるほど。
それは確かに言えていますね」
しきりに感心しているが、話はそれてしまったな。
「ところで、ガブロー」
「なんでしょうか」
「元に戻せというなら戻すが、どうする?」
あえてそういう聞き方をした。
保守的な者なら不便だろうが関係なく戻せと要求しただろう。
だが、ガブローなら実利を取るはずだ。
俺に問われて改めて壁の内側と外側を見比べ始めた。
それだけで終わらない。
「すみません、少し時間をください」
そう言って後ろの連中とも話し合い始めた。
本人たちは声を潜めているつもりのようだが丸聞こえである。
否定的な意見は少ない。
保守的な面子をどう説得するかで頭を悩ませているようだ。
『そんなものは案ずるより産むが易しってやつだろうに』
おそらくは拒否されないぞ。
俺が思うにドワーフの保守性ってのは合理的な発想をしているからな。
だから無意味な変化は望まない。
その代わり納得のいく理由であれば積極的に変化を受け入れる。
今回の街の改造に無意味な部分はないはずだ。
とはいえ、それを助言するつもりはない。
盗み聞きしてると誤解されかねないからな。
そのせいで、そこそこ待たされることになってしまったがね。
彼等の結論は拒否する者を説得する時間がほしいだった。
だから、そんな奴いねえって。
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その日の夕食後に結果は知らされた。
誰も拒絶しませんでしたってさ。
早々にその話題は終了する。
ダンジョンがどうなっているかの方が気になるからね。
まあ、大した情報はないんだけど。
「それじゃあ入り口付近で徘徊しているような魔物はいないと」
「はい、いません。
報告後は指示通りに入ることを控えていますが」
ガブローの補足説明は意味がない。
確かに安全面を考慮してガンフォールは入ることを禁じてはいた。
それでも1週間ぐらい様子を見た結果ならともかく、数日とたっていないのだ。
活発なダンジョンならともかく、そうそう変化するものではない。
「ベースが使っていない古い坑道なんだろ」
「ええ、そうです」
「だったら最低でも坑道と同程度の規模だよな」
「はい」
「これは俺の推測だが、迷宮核が息切れしたんだ」
「はい?」
訳が分からないといった顔でガブローがこちらを見てきた。
『自分なりに少しは想像してみろよな』
その余裕を失うくらい忙しかったというのはあるだろうけど。
「ダンジョン化する際に出すもの出し切ったと言えば分かり易いか?」
「それって……」
そう言ったきり言葉を失うガブロー。
顔色も悪い。
最悪のパターンを想像してしまったのだろう。
『短絡的だなぁ』
俺の推測通りだったとしても、パターンは色々あるのだが。
「おいおい、坑道が迷宮を拡張したとは限らんぞ。
迷宮核の大きさはまだ確定していないんだからな」
「いえ、それはそうなんですが……」
やはり坑道が大幅に拡張して大迷宮化したと思っているようだ。
確かに迷宮核が著しく魔力を消耗した要因としてもっとも考えられるものだが。
別パターンは考えないのだろうか。
迷宮核が小さくて坑道の迷宮化に全力を使わざるを得なかったとか。
いずれのパターンでも魔物を生み出す余力がなかった理由になり得るのだけれど。
他に考えられるとすれば、超強力なボスを生み出したとかもないとは言えない。
心配性な男としては迷宮核が通常よりも大きい方へ考えてしまうようだ。
その場合、坑道の元の規模を知っているだけに血色を失うのも無理はないか。
俺も大まかな地図は夕食前に見せてもらったけど広くて深い。
あれが倍加したとは考えたくないものだ。
考えたくないからこそ、余計に悪い方へ考えてしまうみたいだけどな。
「迷宮核が小さいとは考えないのか」
「えっと……あっ」
俺に指摘されるまで気付いていませんでしたな顔をしている。
『やっぱりな』
たったそれだけで顔色が良くなるのだから現金なものだ。
しかし、表情はすぐに渋くなる。
最悪のパターンである可能性がゼロになった訳ではないのだ。
さすがは心配性な男。
「ガンフォールなら、きっとこう言うぞ。
最悪の事態は想定して動け。
ただし、それだけに固執するなってさ」
俺がそう言うと若干だが再び顔色を悪くする。
単に「あり得る」と思っただけでなく、拳骨も一緒に貰うことを想像してしまったか。
「固執すると想定外の場合に足をすくわれる、ですか」
「分かってんじゃねえかよ。
いずれにしたって対応するための猶予がある。
そんなに心配しなくても特別ヤバいって感じはしないからドーンと構えていろ」
「はあ……」
ガブローは困惑の表情で答えている。
俺の勘は信じられないようだ。
「見張りはちゃんと立てているんだろうが」
「それは、勿論です」
「だったら発見が遅れるなんてことはない。
最悪、籠城すればしばらくは凌げるさ」
「しばらくでは困るのですが」
ますます困った顔になっていくガブロー。
本当にドワーフの血が流れているのだろうか。
進化しても、その性格だけはどうしようもないみたいだな。
「その間に俺たちが何とかすると言ってもか」
「あ……」
どうやら失念していたようである。
けれども、すぐに納得したという表情にならないのがこの男である。
『どうせ色々と悪い方向へ考えているんだろうよ』
そこまで付き合うつもりはない。
「とにかく明日は新しい面子の冒険者登録に行ってくる。
ついでにダンジョンができたことは報告してくるから対応してくれ」
「は、え?」
完全に不意打ちを食らったような間抜けな返事をするガブロー。
心配事の方へばかり注意を向けていた証拠だ。
『働き過ぎるとここまでポンコツになるか』
後でガンフォールに相談しよう。
でないとガブローが壊れかねない。
「新市街を利用できるようにしておいてくれってことだ」
ここまで言うと急に表情が引き締まる。
人手の手配について考え始めたようだ。
「分かりました。
半日で何とかします」
「……………」
この男は優秀なのかダメダメなのかよく分からない。
普通に考えれば新市街に回す人手を半日でどうにかできる訳はないのだ。
それを言葉通りに実行できるのだから大したものだとは思う。
思うのだが、残念な部分がなぁ。
ガンフォールが「まだまだヒヨッコじゃ」と言っていたのも納得の1日であった。
読んでくれてありがとう。




