どう説明したもんか
「あずみさん……。知っていたんですか?」
俺の声は震えていただろう。唇が渇き、目が乾く。瞬きの回数は、毎秒増えているのでは? と懸念する程であった。
あずみさんはジルが人魚だと知っている。どうしてだ? あいつとのやり取りの中に、人魚に関する話があっただろうか。
俺は恐る恐る、あずみさんに聞いてみた。
「その話……何処で」
「ああ!? 本人から聞いたにきまってるだろ?」
「人魚だって?」
「ああ」
「信じたんですか!?」
「まぁな〜」
あずみさんはKOOLに火を付け、ぷかぷかと煙で輪を作った。俺はあずみさんの言動に気が抜けてしまった。
「何だよ……。あいつ。あずみさんに話してたならそう言えってーの」
二人に聞こえない様な声で俺は呟いた。言いたくないけど、口にしないとやり過ごせないフラストレーションが俺の中で生まれては死んでゆく。
肺に残った煙を余さず吐き出し、あずみさんは俺に言う。
「まぁ、最近だけどな。ジルちゃんから話を訊いたのは」
「……いつ、ですか?」
あずみさんは銀色の灰皿にタバコを押し付ける。無意識にあずみさんの吐いた煙を目で追った。
「あんたらがケンカしてた時にさ」
「あ、ああぁぁ……はははははは」
俺は笑って誤魔化そうとした。が、あずみさんに通じる筈もなく、俺は言い訳をせずに素直に謝った。
そうだ。あずみさんには迷惑かけたし、世話になっている。ジルが頼ってしまうのも無理ないか。
「話がミエテコナイ……」
楠宮はカタコトになりながら目を回していた。
確かに「ジルは人魚だ」なんて、信じろって方が無理がある。誤魔化しても、意味ないよな。
俺が楠宮に砕いて説明をしようとすると、あずみさんが横からわって入った。
「要するにな、コイツらデキてんのさ」
ええー!? どうしてそうなるんだ!
俺はカウンター席から立ち上がり、必死に説明をする。
「ち、違う違う違う! 楠宮、落ち着け! 俺は決してそんな充実した高校生活を行ってなどいな--」
「……じゅうか」
「え……?」
楠宮が何か呟いていたが、よく聞こえなかった。俺は少し怯えながら、楠宮に「今、何て?」と聞き返した。
「リア充かって言ったんだよー! 何だよ、心友である俺を差し置いて、自分一人でパフパフパフパフ楽しみやがって。
まぁ、あれだよ? 海が受験勉強してるから俺は敢えて彼女を作らなかったんだ! 分かるか? この愛情よりも友情を取った真の男の姿が!
確かに俺はモテないよ。ああ、そうだよ。モテないよ! 逆から読んだら『!よいなテモ』……だから何だよ!
まあ確かに『黙ってればイケメン』とか言われた時期もあったよ……あぁ、あった。それを鵜呑みにして、何日か黙ってたんだよ。そしたらある女子が言ったんだよ。『熱でもあるの? 帰れば?』ってな。
俺は決めたんだ。欲望のまま、俺のまま。素直に生きていこう……ってな。嗚呼、何だか今とっても清々しいよ、海。
生きるって『痛い』んだな。『苦しい』んだな。でも、たまに苦しみの砂漠に現れるオアシス……どんなに小さくても『希望』があれば生きていける。そう、俺の『希望』はあずみさ--」
「付き合わないよ……」
楠宮はあずみさんにバッサリと斬られた。しかし、俺への『怒り』をあずみさんへの『愛情』に変換するとは、こいつ侮れない。下手をすると、こいつはどんな感情からでも、あずみさんに告白してしまいそうだ。
「まぁ、ジルちゃんがピンチなんだろ? こんなタイミングで正体を伝えるって事は、そういう事だよな」
こいつの切り替えが早くて助かった。俺は席に座り直し、ジルのおかれている状況について詳しく話し始めた。
外はもう薄暗くなってきていた。電車の通る音が聞こえている。今の時間帯は帰宅ラッシュで人が多いだろう。
「実は--」
ゆっくりと流れる時間の波に乗る様に、務めて穏やかに、俺は口を開いた。
さぁて、どう説明したもんか……。