守ってやる為に
『となりや』を出た後、他愛ない会話をして、楠宮と別れた。帰り道、楠宮はジルの話をしなかった。アイツなりに気を使っての事だろう。
家までの一歩一歩が重く、長く感じた。
ポケットから携帯電話を取り出し、時間を確認すると、時間は十時を回っていた。
急がないと明日は学校だ。風呂に入って、提出物を片付けて、ベッドイン。よし、完璧だ。
そんな俺のシュミレートは早くもあの男に崩されてしまった。
「やあ、奇遇だね少年」
出た。ジルのアニキだ。こりゃ、今夜は徹夜だな。
俺は覚悟を決めて「どうも……」と軽く会釈をする。
「さて、ここでクイズです!」
やっぱり来たか……。まぁ、俺を待ち伏せていたんだろうから当然か。
ダグ・トールボットは鶴の足のように細い腕を広げ、両掌をこちらに向けて言った。
「腹黒い人は、お正月に何を買う?」
はぁ? 腹黒い人が買う……。お正月……。正月に買うもの……。んー、正月。正月。おっ! 分かったぞ!
「正解は福袋だな! 腹部、黒!」
俺はダグを指差し、自信満々に答えた。ダグは面白くなさそうに首をふるふると振った。
「あー、ところで……ジルの件なんだけれど」
「無視するなよ! 俺の答え正解だろ!?」
「あー、もしもし! 君と話してるといつも長くなってしまうのは……オレの気のせいかな」
気のせいじゃねえよ。しかもお前発進で長くなってるんだろうが。
「まぁ、立ち話も何だし、座りなよ」
ここコンクリートですけど!? しっかり舗装されてるんですけど!?
「やれやれ」と言いながらゆっくりと腰を下ろしてゆくダグに続き、俺もコンクリートに腰を下ろす。
うわぁ、何だか恥ずかしい。
「地上の若者を見習ってみたんだ」
ダグは背もたれにしていた街灯を見上げながら、何と無くつぶやいていた。
「若者が皆、外で腰を下ろすと思わないで下さいね。俺は空気を読んだだけですから」
「恥ずかしがることじゃないさ。オレなんか若い頃は沖縄のサンゴ礁に腰掛けた事もある。今じゃ到底出来ないがね」
それって恥ずかしい行為なのか? 派手な髪色の若者がコンビニにたむろする感覚なのか?
そう考えていると、俺の心を読んだのか、ダグは薄く笑って口を開いた。
「ああ、すまない。向こうでのマナーなんて君達とは無縁か」
「ええ……まぁ」
「マグロに挨拶とかしないもんな」
ええ!? マグロって格式高いのか!?
「マンタにガンつけられたりとか」
はぁ!? マンタって穏やかそうなのに! しかもマナーの話と関係ないし!
「ウミガメとか凄い、チャラいぞ」
嘘だろ!? 出産の涙は!?
「出産の涙あるだろう? あれ『嘘泣き』だからな」
「ええー!? って、海の裏事情はもういいですよ!」
やっぱり話が進まない。
「ふう、やっぱり君と話すと話が進まない」
「…………」
こっちのセリフだ。忌々しい。
ダグは「しかし……」と言って立ち上がり、お尻を二三度ぱぱっと手で払った。
「君と話すと面白いんだな。困った事に」
そう言われても困る。中々話が進まない上に、褒められるなんて。
しかし俺は冷たい空気に鼻を啜って、意を決してダグに言った。
「……貴方は、本気でジルを連れて帰ろうとしていますか?」
ダグは目を薄めながら夜空の星を眺めながら、ゆるりと応える。
「ああ、当たり前だ。兄妹なんだから」
「でも、どこか適当に見えますよ。っていうか適当ですよね」
ジルが、ジルの命が危険だと言うのに……。
「必死だよ。オレだって」
ダグは自分の足先に目線を落としながら、いつもより真面目に、真剣に、真摯に答えた。
「ジルはオレの大切な妹なんだ。地上の、どこの魚の骨ともわかんない奴に、自分の妹が取られるなんて……考えられない。ましてや、命の危険を冒して、だ。
だけどさ、オレの性格じゃあ妹を強引に連れて帰る事は難しいみたいだ。現に、こうして敵であるはずの君と、こんな話をしている。全く、困ったアニキだとジルに笑われてしまいそうだよ」
俺は俯き、しゃがみこんだまま自分の掌を見た。街灯の灯りを浴びながらもぼんやりとした掌を握りしめ、俺は言った。
「ジルの事……。俺がなんとかします。どうにかして……海に戻るように……」
言葉を選びながら、慣れないセリフに詰まりながら、俺は立ち上がりダグを見上げる。こうしてみると十センチは違うだろうか。
「ありがとう。君の理解が早くて良かったよ」
ダグは身を翻し、俺の視界から外れた。無意識に俺は振り返ったが、そこにダグの姿は無かった。
「全く、困ったアニキだ……」
少しばかり馬鹿馬鹿しくなり、笑みが零れてしまう。どうしようもなくなると、人って笑ってしまうんだな。
帰ったらジルに話をしよう。
あいつを、憎たらしい元人魚を、長い金髪が目に眩しいあの人魚を……。
守ってやる為に。




