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罪な人魚の都落ち  作者: 闍梨
第五章
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守ってやる為に

 『となりや』を出た後、他愛ない会話をして、楠宮と別れた。帰り道、楠宮はジルの話をしなかった。アイツなりに気を使っての事だろう。

 家までの一歩一歩が重く、長く感じた。

 ポケットから携帯電話を取り出し、時間を確認すると、時間は十時を回っていた。

 急がないと明日は学校だ。風呂に入って、提出物を片付けて、ベッドイン。よし、完璧だ。

 そんな俺のシュミレートは早くもあの男に崩されてしまった。


「やあ、奇遇だね少年」


 出た。ジルのアニキだ。こりゃ、今夜は徹夜だな。

 俺は覚悟を決めて「どうも……」と軽く会釈をする。


「さて、ここでクイズです!」


 やっぱり来たか……。まぁ、俺を待ち伏せていたんだろうから当然か。

 ダグ・トールボットは鶴の足のように細い腕を広げ、両掌をこちらに向けて言った。


「腹黒い人は、お正月に何を買う?」


 はぁ? 腹黒い人が買う……。お正月……。正月に買うもの……。んー、正月。正月。おっ! 分かったぞ!


「正解は福袋だな! 腹部、黒!」


 俺はダグを指差し、自信満々に答えた。ダグは面白くなさそうに首をふるふると振った。


「あー、ところで……ジルの件なんだけれど」


「無視するなよ! 俺の答え正解だろ!?」


「あー、もしもし! 君と話してるといつも長くなってしまうのは……オレの気のせいかな」


 気のせいじゃねえよ。しかもお前発進で長くなってるんだろうが。


「まぁ、立ち話も何だし、座りなよ」


 ここコンクリートですけど!? しっかり舗装されてるんですけど!?

 「やれやれ」と言いながらゆっくりと腰を下ろしてゆくダグに続き、俺もコンクリートに腰を下ろす。

 うわぁ、何だか恥ずかしい。


「地上の若者を見習ってみたんだ」


 ダグは背もたれにしていた街灯を見上げながら、何と無くつぶやいていた。


「若者が皆、外で腰を下ろすと思わないで下さいね。俺は空気を読んだだけですから」


「恥ずかしがることじゃないさ。オレなんか若い頃は沖縄のサンゴ礁に腰掛けた事もある。今じゃ到底出来ないがね」


 それって恥ずかしい行為なのか? 派手な髪色の若者がコンビニにたむろする感覚なのか?

 そう考えていると、俺の心を読んだのか、ダグは薄く笑って口を開いた。


「ああ、すまない。向こうでのマナーなんて君達とは無縁か」


「ええ……まぁ」


「マグロに挨拶とかしないもんな」


 ええ!? マグロって格式高いのか!?


「マンタにガンつけられたりとか」


 はぁ!? マンタって穏やかそうなのに! しかもマナーの話と関係ないし!


「ウミガメとか凄い、チャラいぞ」


 嘘だろ!? 出産の涙は!?


「出産の涙あるだろう? あれ『嘘泣き』だからな」


「ええー!? って、海の裏事情はもういいですよ!」


 やっぱり話が進まない。


「ふう、やっぱり君と話すと話が進まない」


「…………」


 こっちのセリフだ。忌々しい。

 ダグは「しかし……」と言って立ち上がり、お尻を二三度ぱぱっと手で払った。


「君と話すと面白いんだな。困った事に」


 そう言われても困る。中々話が進まない上に、褒められるなんて。

 しかし俺は冷たい空気に鼻を啜って、意を決してダグに言った。


「……貴方は、本気でジルを連れて帰ろうとしていますか?」


 ダグは目を薄めながら夜空の星を眺めながら、ゆるりと応える。


「ああ、当たり前だ。兄妹なんだから」


「でも、どこか適当に見えますよ。っていうか適当ですよね」


 ジルが、ジルの命が危険だと言うのに……。


「必死だよ。オレだって」


 ダグは自分の足先に目線を落としながら、いつもより真面目に、真剣に、真摯に答えた。


「ジルはオレの大切な妹なんだ。地上の、どこの魚の骨ともわかんない奴に、自分の妹が取られるなんて……考えられない。ましてや、命の危険を冒して、だ。

 だけどさ、オレの性格じゃあ妹を強引に連れて帰る事は難しいみたいだ。現に、こうして敵(かたき)であるはずの君と、こんな話をしている。全く、困ったアニキだとジルに笑われてしまいそうだよ」


 俺は俯き、しゃがみこんだまま自分の掌を見た。街灯の灯りを浴びながらもぼんやりとした掌を握りしめ、俺は言った。


「ジルの事……。俺がなんとかします。どうにかして……海に戻るように……」


 言葉を選びながら、慣れないセリフに詰まりながら、俺は立ち上がりダグを見上げる。こうしてみると十センチは違うだろうか。


「ありがとう。君の理解が早くて良かったよ」


 ダグは身を翻し、俺の視界から外れた。無意識に俺は振り返ったが、そこにダグの姿は無かった。


「全く、困ったアニキだ……」


 少しばかり馬鹿馬鹿しくなり、笑みが零れてしまう。どうしようもなくなると、人って笑ってしまうんだな。


 帰ったらジルに話をしよう。

 あいつを、憎たらしい元人魚を、長い金髪が目に眩しいあの人魚を……。


 守ってやる為に。

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